第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その84


 戦場に動きが見え始める。南に陣取っていた600の戦士たちが、ゆっくりと間合いを詰めるために北上を開始していた。


 ゆっくりとした歩調だが、巨人族の一歩は大きい。戦争用の奴隷として彼らが重宝されて来た歴史を持っているのは、彼らが強靭な戦闘能力を持っているからだとか、その巨体を活かして、大量の荷物を運ぶことが出来るとか、色々とあるもんだが。


 ……あの巨大な一歩があることも、戦には向くな。


 合戦の始まりってのは、ゆっくりと歩きながら敵に近づくものだ。走っていくのは、ある程度は間合いが詰まってからのものさ。何故か?……疲れるからに決まっている。全力疾走した直後に敵と殺し合いなんて疲れることは、やれないからな。


 歩く速さがあるということは、戦場では有利になる。休みながらも移動する能力が高い、ということになるからだ。地味だが、戦場ではそれもまた有効な武器になる。サイズがデカいってのは、色々と有利なことが多いものなのさ。


 バルガス将軍は……最前列にいた。馬に乗って、巨大な槍を構えている。


 しかし、最も危険な先頭に踊り出るか。


 戦術の指揮よりも、あきらかに士気を重視した行動だな。戦士たちに死を覚悟させる動きでもある―――ナックスの姿も、彼の近くに見つけた。伝えるべきことは、伝えてくれているハズだ。


 突撃し、乱戦になったあとは、ドワーフたちの領域へと逃げる。そのプランは皆に伝わっているわけだ……どうあれ。敵を打撃しなければならないからな。多くの戦士がこの突撃の果てに死ぬことになるのは事実だ。


 ……戦の始まる前の、張り詰めた空気。肌は冷たくなり、その奥に流れる血は熱く感じる、あのいつもの空気をオレは感じ取る。


 脚のあいだにいるミアも、ミノムシ・モードを解除して、特殊手甲をスリングショット・モードへと変化させたよ。


「ソルジェ」


「ああ」


 声と共に、エルフの弓姫の繊細な指が、オレ用の弓を背中の後ろから手渡してくれる。その弓を受け取った。ガルーナ式の、強い弓だ。頑丈さに長けて、パワフルな矢を放つことが出来るものだ。


 リエルの弓ほどに、金や素材や技巧を注いでいるわけではないが、安っぽい鉄の鎧ごときなら、この一撃のもとにその鉄板を容易く貫き、中身に対しても残酷な死を与えることが可能となるのさ。


 リエルの整備のおかげで、弓は完璧にオレの指に適合してくれている。竜太刀こそが、竜騎士にとっての最良の武器であることには間違いないが、この弓にも自信はある。エルフの弓姫ほどではないにしろ、200メートル先にいる獲物を外すほどには鈍くはない。


 ……さてと。


 両軍の間合いが詰まっていく。待ち構えることを選んだメイウェイの軍は、動くことはない……。


 両軍ともに、どんな結果になるのかを理解している。一種のリスペクトでもあるかもしれない。メイウェイは、『イルカルラ血盟団』の突撃に対して、待ち受けることを選んでいる。


 バルガス将軍の策に従う気だな。


 今のところ、ヤツらに陣形以上の作戦は見つけられない。受け止めて、包んで、仕留める。それだけしかデザインしてはいないだろう。夜間の戦闘だし、戦力に余裕はあるからな。


 複数の作戦を与えて、混乱させるよりはマシだ。勝ち目が十分にある戦いなら、シンプルな作戦を選ぶほうが良い。


 そちらの方が、もしもの事態が起きたとしても、それぞれの部隊が独立した判断で行動が出来るわけだしな。


 作戦ってのは、あまりにも細かく組み立て過ぎてしまうと、スケジュール通りの動きでなかった時に、あちこちで破綻しちまう。


 守る戦いをする時は、シンプルな作戦で対応して、予定外の事態に対しては、あらかじめ徹底させている組織哲学に従う、自由な動きであたるのが王道ってもんだ。


 メイウェイは守りに適した形を選び、バルガス将軍は攻撃に適した形となっている。戦ってのは、後出しが有利なんだよな。だから、バルガス将軍たちの方が、このままでは不利なことになるわけだ。


 ……仕事のし甲斐があるってものだよ。


 オレたちの活躍次第で……あるいは、ヘタレた仕事をしてしまえば―――結果は良くも悪くも転がることになる。


 弓に矢を番え、砂漠の夜風を吸い込んだ。


 バルガス将軍率いる、『イルカルラ血盟団』は突撃のための熱量を帯び始めているのが、上空からでもよく分かったよ。こちらにも伝わるのだから、メイウェイの軍勢にも当然ながら伝わっている。それでも、よく訓練された帝国兵どもは動かない。


 戦闘開始直前だというのに、この落ち着きと余裕と来たか……訓練量と、指揮官への信頼をうかがわせる態度だ。


 評価してやるよ、メイウェイ。


 お前の作り上げた軍隊には、つけ込む隙などない。


 だからこそ、バルガス将軍もまた、突撃という最もシンプルな選択をしたわけだ。シンプルな対決こそが、お互いにとって最良だという形に帰結した。お互いのことを知り尽くしていたようだ。長年の対決が生んだ、相互理解ってものか。


 ……まったく。


 邪魔するようで悪いが、介入させてもらうぞ。


 メイウェイよ、確信した。お前は打撃しておく敵だ。お前とその軍勢を自由にしておくことは、『自由同盟』には、とんでもない脅威となる。砂漠とこの土地に慣れた軍勢が相手は、『自由同盟』の戦士たちでも分が悪い……。


 ……数で押して勝つことも出来るだろうが、それでは、帝国との戦には勝てなくなる。オレたちがは継続して戦い続けなければならんのだ。


 ……この戦を、全力で邪魔させてもらうぜ。


「槍を構えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 地上でバルガス将軍の歌が響いていた。


 彼の歌に従い、戦士たちはそれぞれの鋼を構える。


 敵兵を睨みつけているな。『メイガーロフ』の巨人族は、他の土地の巨人族と比べて闘志を剥き出しにしている。『内海』の奴隷商たちから逃亡して来た、反骨心のある巨人族たちの直径の子孫だからかもしれない。


 血筋か、文化か。


 亡国・『メイガーロフ武国』の兵士たちであった古強者たちは、冷えた砂漠を走る死線に恐れを感じることもなく、ただ全力で突撃してみせるだろう。


 戦場の闘志が昂ぶり、帝国人どもの馬が、わずかに足踏みを始める。浴びせられた闘志に、馬が怯えている。騎兵は、それを優れた技巧で落ち着かせていた。軽く前後に首を伸ばさせて、馬に砂を踏ませる。草を食う獣は、足踏みすると落ち着くもんだ。


「……ゼファー、用意しろ」


『うん。いつでも、いける!!』


 こちらの準備も万端だ。さて、バルガス将軍、メイウェイ大佐。戦を始めよう。




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