第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その50


 美女の隣りにいられる権利を賭けて、青年たちは技巧を披露する。夜の砂漠を二頭の馬たちが、砂を蹴りつけ疾走していく……。


「……自信に違わない腕前じゃある。まあ、馬の鍛え方が良いんだろうがな」


「そうだ。馬も乗り手も、かなりのものだ……『メイガーロフ』の砂漠での鍛錬は、騎兵にとっては大きな財産となるということだな」


 オレたち『自由同盟』にとっては、良くない知らせではある―――まあ、逆転の発想をすることで気分を良くすることも出来るがね。


 ……この土地を我々側の勢力として迎え入れることが出来たなら?……最良の騎兵訓練場を手にすることとも言えるじゃないか?


 世の中ってのは悲観的に捉えすぎるよりも、前向きな価値観で考えていた方が、より多くの可能性を心に描けるもんだと思うよ。ガルフ・コルテスって男が、その生きざまで、その事実をオレに見せてくれたからな。


 ……まあ、いいさ。


 今は躍動する馬と、青年たちの意地を見物するとしよう。美女のためだけじゃなく、ヤツらのプライドってのもかかっているさ。身近な者と競うことってのは、勇気がいるもんだ。ちょっとした決闘みたいにな。


 序列ってものを決めてしまうからな、男は自分と対等以下の能力しか無いヤツのことを、どうしたって軽んじるもんだよ。


 こういうちょっとした競走ってのは、なかなか全力で挑まざるを得なくなるものさ。男ってのは、バカだろ?……そういうトコロが可愛いって笑ってくれる女子は、モテるよな、男にな。


 もちろん、レイチェル・ミルラは演技などではなく、自分のために競走するバカどもを微笑みと共に見守っているのさ。応援のために声を歌みたいに放ちながらな。


「がんばりなさい!己のプライドのために真剣になれない者に、素敵な人生を歩む権利はありませんわよ!」


「了解だよ、レイチェルさん!!コイツを倒して、オレが偉大なヤツだってことを、示してやる!!」


「うるせえ!!負けねえって言っているだろ!!」


 夜に冷やされた砂漠の空気のなかで、馬も、青年たちも白い息を砂漠の空気に吐きつつ、風に挑むみたいに速く走っていたよ。


 彼らの技巧は高い。馬の背骨に自分たちの重心を融け合わせるようにしてやっている。馬の能力に頼り、引き出すための基本的な姿勢だな。まずは、『大人しい荷物』になる。馬のためにな。それが、馬術の基礎だ。馬に運んでもらうのさ。


 そして。


 それが出来るようになれば、技巧を加えていくもんだ。


 手綱に手のひら、かけ声だっていい。馬との合図を作り上げ、それに従うように馬を調教し、己がどんなヤツなのかを馬にも知ってもらう。竜に乗ることと、かなり一致している点があるな。


 竜に乗るにしろ、馬に乗るにしろ、それらとのあいだに信頼関係を構築することは肝心だ。そして、お互いに何を考えているものかが伝わるようになれば……あんな技巧を使ってもいいわけだな。


 黒い馬の乗り手は、かけ声と共に体を前に振らす。砂地を駆ける馬の脚に、重量を与えてやったのさ。その反動のおかげで、馬の脚はより深く確実に砂を固定し、瞬間的な加速を得ていた。


 並ぶ。負けかけていたが、黒い馬に己の重心による加速を与えてやった。あんなことは一瞬しか出来ないもんだが……それでも良い。黒い馬の性格ってものを、あの青年は知っているのさ。


「いい判断をする」


「傭兵よ、気づけたかい?」


「舐めるな……アイツは、黒い馬に茶色い馬の目を見せやがった。気の強いオスの軍馬ってのは……ガンつけられることを嫌うもんだ」


「そうだ。実力で劣ったからといって、それで素直にあきらめるほど、オス馬ってのは賢い動物なんかじゃない」


 黒い馬は、泡を吹く唇を裏返して白い歯を見せるのさ。そして、血走った眼で相手を睨みつけている。


 心が無力?


 そんなことはない。物理的な現象となって、心は力を持つものさ。少なくとも、闘争心ってヤツは、馬の体に限界以上を与えてくれるのだからな。


「ヒギュルルッ!!」


 分厚い馬の唇を怒りに震わせて、冷めた空気に言葉にならぬ歌を放ち、黒い馬は茶色い馬を睨みつけたまま走っていく。


 悪くない手だったな。限界を超えさせるためには、ヒトも馬も、心を使うことが肝要だ。他の手段には、オレは心あたりがない。


 竜や馬の本能というものを把握して、その心を操ってやることも、良い乗り手の技巧の一つであると信じているよ。技巧ってのは、体や重心の動きだけじゃない。もっと、深みのある総合的で多面的な行為のことを言うものだ。


 ……だが、全ての技巧が使い手の願いだけを叶えるとは限らないものさ。


 勇敢なことをオレは好む。多くの戦士がそういうものだろうと考えているが……勇敢さだけが強さを生むとも限らないのが、現実が持つ複雑さってことだな。


「……茶色い馬は臆病だ」


「そうだな。だからこそ、速く走れる」


「皮肉なもんだな」


「そうかもしれない。だが、馬ってのもそうだし……人もそうだろ?臆病だからこその逃げ足の速さってものもあるんだよ、傭兵よ」


「知っている。臆病さが、弱さに直結するとも限らん」


 そうだ。怯えてからこそ、速く走る馬だっている。馬ってのは、基本的に草食の動物だ。屍肉を喰らうヤツも、戦場ではよく見かけるが、一般的には草ばかり食べる穏やかな獣であり、そういう獣の脚に宿る本質は、肉食の獣から逃げるという哲学から成る。


 怯えた茶色い馬は、黒い馬から離れようと、より実力を出してくれるのさ。


「いい馬だが、乗り手を甘えさせてしまうな」


「そういうことだよ、傭兵。良いこともあれば、悪いこともある。選ばれ託された馬に、若い乗り手の技術ってもんは成長の形を左右されてしまうもんだ……世渡り上手な馬を与えられた乗り手は、実力以上の力を、自分のものだと誤認する」


 そういう価値観は、他人からの指摘では修正することが出来ないもんだ。


 そして、そういう愚かさも、ヒトに自信を与えて、成長のための踏み台になることもある。だから、指導者は困るもんだ。臆病で器用な馬に自信を与えられることも、馬が乗り手にくれるプレゼントの一つじゃあるのさ。


 自信過剰でなければ、身につけることの出来ない力というのもあるもんだ。どっしりと背骨に座り、馬に自分を任せる力……そういう能力だってある。技巧を振るったところで、馬の地力がそこまで大きく変わることはない。


 臆病な茶色い馬は、ある意味で自分の乗り手を『調教』しているとも言えるのさ。自分にとって、『最適な荷物』としてな……なかなか、自分じゃ気がつけないし、気がついた時は、化ける時だろう。


 馬に全てを委ねるだけで、自分と馬は速く走れると理解したら、あとは馬任せゆえに現れる余裕の振り方を考えればいい。馬のためにその余裕を使えば、より速くなるだろうし……騎兵として、鋼を振るう腕にそれらを捧げるのも良いわけだ。


 馬の力を引き出させる技巧と、馬に頼り任せる才能……そういう相反する概念を両立させることが出来れば、ヒトってのは一流になるものさ。アイツらは、好対照で良い騎兵どもだということだ。


 だからこそ、このベテランはアイツらをセットにしているんだろう。彼らがお互いから意味と出所の異なる力を学び合うことを期待しているってわけさ。さてと……馬たちが戻って来る。


 ……いいレースだった。一進一退の、意地の張り合いだ。面白い戦いを見せてもらたえたが……そろそろ、仕事の時間も近づいている。ゼファーを感じるよ、オレたちは、そろそろ次の仕事に取りかかっても良い頃合いじゃあるのさ。




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