第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その49


 ……レイチェル・ミルラは若い兵士の馬に乗っているな……一人はデレデレとしているし、選ばれなかった若者は露骨な口惜しさを細めた瞳でガマンしているな。罪作りなことだ。


 レイチェルもこの短い時間で色々と聞き出しているだろうさ。男ってのは、美人の前では多弁になりやすく出来ているし……レイチェルはそうなるように仕向けることが出来る技術の持ち主でもある。


 男は彼女に可能な限りの自慢をするだろう。自分の有能さだとか、どんな有名人と知り合いなのだとか、どんな任務をしているとかな……話せる限りの自慢をして、自分を少しでも大人物であるかのように装うのさ。


 メスの鳥にモテようと、必死になって、さえずりの歌を喚き散らす未熟な若鳥と同じようなもんだよ。彼らは多弁であっただろう、美しいレイチェル・ミルラに話しかけられたなら、ああいう青少年たちは競うように自慢をするし、迂闊にも情報を漏えいする。


 レイチェルはそういう漏えいして来た情報に対して、敏感な選択と鋭い追及をするだろう。かなりの情報を手にしているさ。それは状況証拠程度のものにしかならないかもしれないがな、オレたちには、敵サンの腹を探るための大事な情報になる……。


「……さて。それでは、二人のどちらが優れた騎兵なのか、見せてもらえますか?」


 ハナシがどう転んでいたのやら、彼らは男としての優劣を競うために、己の騎兵としての腕をレイチェルに見せることになったらしいな。自分をあのアルノア査察団どもが居座っているシャトーへと送り届ける係を、決めさせるつもりなのかもしれない。


「やってやるぜ!!」


「うるせえよ、オレのが前々から馬の扱いは上だっただろう!?」


 レイチェルは馬の背を降りて、砂漠の砂を踏みながら若い兵士たちを見て微笑んでいる。魔性を感じさせるな、さすがは『人魚』サンだぜ……砂の海でも、彼女の美しさと圧倒的優位な序列は変わらん。バカな男は、彼女のような美しい女のためにマヌケを晒すが運命なのさ。


「砂丘を二つ越えてから、またここに戻って来る……それでいいな」


「ああ。レイチェルさんを運ぶ名誉にありつくのは、オレだってことをお前に教えてやるぜ」


 案の定の約束事に縛られているようだな。さすがはレイチェル・ミルラだ。若い騎兵のプライドの在処なんて、とっくの昔に把握済みということらしい。彼女はいがみ合う二騎の前に踊るように軽やかな足取りで現れた。


 いつの間にやらマントを脱ぎ捨てて、いつもの露出の多い踊り子の服へとなっていた。星と月の輝きを浴びて、銀に光る髪に、金を放つアクセサリー、そして色っぽい褐色の肌と来ている……いい女だな。『人魚』ってのは、砂の海も似合いやがるよ。


「それでは、私の腕が降りた瞬間が、スタートですわよ」


「ああ!!」


「任せてください!!」


「……おいおい、お前ら、何をしようってんだ……まあ、察しはつくが……」


「ククク!いいじゃないか、男には美女の香りを嗅ぐ機会を巡り、技巧を競い合う夜の一つや二つなければな。十代の若者らしいマヌケた行いではないか」


「……そうかもしれんがな……おい。いいな?馬をケガさせるんじゃないぞ?それらの馬の脚一本一本が、アルノア伯爵の財産であるということを忘れるな」


「忘れちゃいませんよ!!」


「オレたちは、このイルカルラ砂漠で、さんざんしごかれたんだよ!!……馬の脚を折るようなヘマはしません!!」


 虚勢ではないな。たしかな自信が生まれるほどには、彼らは長く過酷な鍛錬を行って来たようである。


 鼻息の荒い若手は嫌いではないがな……我々、『パンジャール猟兵団』の敵であることを選んでしまった、その選択を残念には思うよ。有能でやる気のある敵の兵士など、オレたちにとっては邪魔な存在でしかない。


 ……まあ、コイツらが離脱したということは……砂漠でトレーニング中の第六師団再建用の騎馬軍団は、メイウェイと同じように亜人種びいきか、そういう哲学を受け入れることに抵抗がない連中か……どれだけ、離反者が出ているのかは不明だが……。


 残っているそいつらは、メイウェイの支持者という目線で見ても間違いではない。メイウェイが苦境に立てば、必ずやメイウェイのもとに集まる……5000人の全員がヤツの味方ではなかったとしても、かなりの戦力がヤツのもとにつくか。


 混沌を広めなければ、『自由同盟』にも『イルカルラ血盟団』にも不利なことになりそうだな……そして、敵の戦力は、少しでも奪うか……オレはレイチェルに視線を向ける。夜の闇に隠しながら、ガルフ・コルテスが創り上げた指でのサインを伝達するのさ。


 美しい『人魚』さんは微笑み、静かに頭をおじぎさせる。流麗の動作でな。


「……さてと。見物だな。どっちが勝つと思う?黒い馬のガキと、茶色い馬のガキ」


「……茶色い馬の方が脚は速いが、乗っているヤツの腕前は黒色の方がいい」


「馬術に対する哲学で決まりそうだな、どっちに描けるのかは」


「お前、オレと賭けをしようってのか?」


「アンタはレイチェルに振られちまっているからな。オッサン臭くて、レイチェル・ミルラの騎士役には不適らしい」


「そいつは残念だ」


「アンタには妻や家族はいるのか?」


「……いるが、遠くだ。息子は第一師団の兵士になるんだって、毎日猛稽古していると手紙が届いた」


「そうか。単身赴任はさみしかろう」


「まあな……」


「……そういうさみしさを紛らわすために、大人は酒を呑んだり、賭け事をして遊ぶんじゃないか。どうだ?……オレと賭けをしようぜ」


「……ふう。お前から、決めていいぞ」


「そうか……オレは、黒い馬に賭ける」


「乗り手の技量を取るというのか」


「それもあるがな、黒はオレに幸運を運んで来てくれる色だから、好きなのさ」


「……オレは、茶色だな」


「黒に賭けたかったか?」


「いいや。馬を信じる哲学だ……結局、お前と似た哲学で選んでいるがな」


「未熟な乗り手には、あまり興味がない」


「……いや、腕も悪くはない。砂漠においてだけは、かなりのモンだ。砂漠の騎兵キャンプでも上位20%ってところには入っていた」


「水準以上か。これは、捨て置けんな」


「ん?」


「職業上のライバルになるかもしれない。帝国軍の戦いってのは、帝国軍ともやるものなんだろ」


「……ああ。超大国の軍隊ってのは、そんなのもだよな……」


「……さてと。ライバルくんたちのお手並み拝見と行こう。レイチェル、こっちはいいぞ!!」


「ウフフ。分かりましたわ。それでは、2人とも……スタートですわ!」


 レイチェル・ミルラの美しくて長い腕が、夜を斬り裂くように縦に振られていたよ。


 若者たちは性欲とか見栄とか、実に若者らしい感情のために、この下らなくも青春らしさにあふれた戦いに集中していた。


 そのスタートには、駆け引きがなかった。真剣勝負というだけじゃなくて、正々堂々まで行おうってわけだ。いい熱さだな。男ってのは、そういうバカをやらなきゃ嘘だぜ。


 2人はお互いしか見ちゃいない。


 あとは、スタートを告げる、美しい腕だけを見ていた。


 その腕が振られちまったんだから、その集中力は馬へと伝えるために歌へと変わる。


「うおおおおおおおおおおおッッ!!」


「走れええええええええええッッ!!」


 プライドと美女を賭けた、若者たちの戦いが、今、始まっていたのさ。




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