第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その48
傭兵らしく振る舞うのさ。野良犬みたいに尻尾を振ることは出来ないがな、オレはすべきことを理解している。フリーの傭兵らしく振る舞い、『営業活動』ってヤツをやり遂げるのさ。
「……お前を雇うか」
「そうだ。腕前を見せてやろうか?」
「……気配だけでも、相当な腕だっていうのは分かる」
「気持ちが良くなる言葉だ」
「……しかし、身分を保証するものがなければな」
「レイチェル・ミルラの証言では物足りないか?」
「足りないな。高級娼婦の言葉では、傭兵の腕の何を証明出来る?」
「男としての強さとか?」
「ハハハ。そんなものを知ったところでな」
「だろうな。酒の強さも知っているぞ、レイチェルとは、それなりに長い付き合いなんだよ」
「……腕を試す方法があればな」
「アンタが戦ってみればいい。殺すつもりで来ていいぞ。オレは、それなりに手を抜いてやる」
「……断る。乱暴者の傭兵は、手加減というものを知らない。オレの腕を切り裂いたところで、殺してはいないだろ?……なんて言われてはたまらないからな」
「ククク!……オレの腕を信じているじゃないか。戦士としての誇りを曲げてでも、オレとの戦いをイヤがる程にはな」
「……っ」
「……悪口になってしまったかな」
「……いや。構わない。実際のところ……アンタと戦うのはイヤだな。伯爵さまが戦えと言えば戦うが……そうでない時に、お前と戦い命を賭けることはしたくない」
彼の勘は正しいだろう。オレは、馬上にいる彼のことを一秒以内に斬り殺すことは可能だ。彼の細身の槍が振り上げられるよりも早く、馬の首ごと彼の脚を斬り裂いてしまうことだってな……。
「……そういう目で見るなよ、片目の傭兵」
「……ああ。すまんな。まあ……要するに、腕前ではなく身分を証明するものがあれば良いということか?」
「そうだな……得体の知れない傭兵を雇うことは出来ない。伯爵さまの周囲に置く護衛についてはな」
「あの若い衆たちよりも、オレの方が信用もないか……なるほど、彼らはやはり」
「……そうだ。第六師団を再建するための、騎兵の候補者たちだった」
「引き抜き工作だな。良さそうなヤツを、アンタが選んだのか?……砂漠には慣れていなさそうだが、馬術も槍術もかなりのもんだ」
「……まあな。お前の読み通りに、いい兵士が必要だったんだ。それに……彼らは、メイウェイ大佐の指揮下にあることに不満を抱いていた。それは当然だろう」
「彼はいい支配者に見えるが、帝国の貴族たちとは異なる価値観で動いているわけだな」
「亜人種びいきさ。メイウェイは、帝国人の若者ってものを知らないんだよ。時代は、変わっていくもんだ……」
「アンタは不満か?」
「いや。別に……不満なものかよ。亜人種は好きじゃない。オレたちよりも、邪悪で野蛮だ……でも、かつての暮らしも悪くない。帝国軍には、多くの亜人種の軍属がいたもんだ。彼らは……たしかに頼りになった」
「そうか」
「……だが、時代ってのは変わったんだ。ファリス帝国は、亜人種とは決別をした」
「……だから、人間族の戦士がいる」
「まあな。我々のような人間族だけの軍隊がいるのさ……そういう戦をしているんだ」
時代は変わったか……。
悲しい言葉に聞こえるな。もっと良くなるように変わることだってあったはずなんだが……オレの9年間の敗北の連続が、世界をオレにとって住みにくいものへと変貌させている。勝利でしか、世界は変えられない……まったく、この9年間の敗北は手痛いものだ。
だが。無為に敗北の時間を過ごしてきたわけでもない。敗北の痛みから学ぶことだって、それなりにはあるもんだ。少なくとも、今のオレには、9年前には出来なかった芸当が出来る。
「……なあ、オレの身分証明についてだが、こういうのがある」
「……ん?」
ベルトに下げている雑嚢から、スクロールされた羊皮紙を取り出すんだ。それを、馬上の兵士に手渡していた。ベテランの兵士は、星明かりを頼ることで、その羊皮紙の中身を読んでいく……。
「……こいつは……帝国貴族からの、紹介状か……?」
「帝国軍とも、帝国の貴族とも、それなりに仕事をこなしているからな。貴族の一人に、今後の生活をしやすくするために、そいつを書いてもらったことがあるんだ」
「そうか……これならば、お前は雇われると思うぞ」
「商売気が強すぎて、格調を失いつつある男爵殿に書いてもらったモノだが、アルノア伯爵殿に呼んで貰える価値はあるわけか?」
「帝国貴族の名を、帝国貴族は軽んじたりしないものだ。これがあるなら、大丈夫さ。ただし……」
「……ただし?何か問題があるのか?」
「今夜は難しいだろう」
「どうしてだ?……宴会があるだけなら、オレも参加させろよ?レイチェル以外にもいい女がいるだろうし、酒もある。これから同僚となるヤツらと、女と酒を楽しんで親睦を深めるのも悪いコトじゃない」
「そうなんだがな……この書状が有効な方が、いないんだ」
「……ほう。つまり、アルノア伯爵殿は不在なのか……」
「ああ。伯爵に読んでもらわなければ、その書状は効果を発揮しない」
「他の騎士たちは意地悪か?」
「……彼らはプライドが高いからな。そして、ライバルを嫌う。身分の低い、腕の立つ傭兵のことなど……受け入れることはないよ。下手すれば、その紹介状だって、取り上げられてしまうだけかもな」
「嫉妬深い男たちだな。同僚にするには、少しばかり厄介そうな気がするよ」
「……そうかもしれないな。まあ、今夜は止めておけ。せっかくの腕前が……『つまらん方』の部隊に回る」
……『ラクタパクシャ』のことか―――という言葉は使わないさ。それよりも、手に入れたい情報があるんだからな。
「……明日には、戻られるか、伯爵殿は?」
「……そうだと思う」
「……ふむ。遠くに行かれているのか。護衛もつけずに?」
「護衛はつけてあるよ。凄腕の少数精鋭を」
「今、シャトーに残しているのは、つまらん戦士ばかりか?」
「悪くはない。水準よりは、はるかに上だ。しかし……伯爵の周りを固める凄腕たちに選ばれることはない連中だよ」
「アンタもか?」
「……悲しいがな、そういうことだ。オレよりも、ずっと腕がいい。だが、お前ならば、その部隊に入れるかもしれない」
「地位は関係ないのか?」
「確実とは言えないがな。貴族の紹介があり、腕前を紹介すれば、道は開くだろう」
「……それぐらい、戦力を集めようとしているのか?……戦の気配が漂っているな」
「……あまり詮索はするなよ。そういう勘の良いヤツを、嫌うヤツだっているんだからな」
「ふん。隠すことはないさ。戦を画策しているということだろ?」
「……だろうな」
「ならば、今夜の宴は、戦の前のハメ外しといことか」
「まあな……お前のような新参者が歓迎されることはない。彼女は、オレたちが届けてやるから、今夜は素直に『ラーシャール』へと戻れ。伯爵がいる時に、顔を出せ」
「……ふう。そういう時間も無いことが悲しいな……」
「急ぐことがあるのか?」
「ああ……色々と都合というものがあるんだ」
……オレは、砂漠へと視線を向ける。弓を構えた二人の猟兵が、砂漠に身を伏せているのが見えた。さてと、コイツらをどうするかな。情報はそれなりに入手することが出来たな……生かしておく必要も、ない。
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