第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その47
美しい高級娼婦を腕に抱きながら、スケベさに顔面を緩ませながら、オレは『イルカルラ砂漠』の川底にある砂みたいに柔らかな砂を踏んで歩くのさ。
軽装騎兵の見張りたちへと堂々と近づいていく。視界は良好だからな、彼らだってオレたちの影に気づくことが出来た。
「……誰だ!?」
「……怪しい者じゃないさ!」
「動くんじゃないぞ!」
「慌てるな。笛でも吹いたら恥をかくぜ」
「……いいから動くんじゃないぞ!今から、そっちに行くからな!」
軽装騎兵の三騎全てがこちら目掛けて走って来る……悪くない馬術ではあるな。この砂漠を走り慣れた馬に、砂漠を走り強く上下する馬上でも、兵士たちは上手く体を使いこなしてバランスを保っている。
……目立つのはベテランの兵士よりも、他の冴えない若者たちの動きの方か。馬術の腕前が、若者たちの方がいい……いや、この砂地に慣れていると言えばいいのか。やはり、砂漠で行われているという騎兵の鍛錬から逃げ出して来た兵士たちだな、あの若者は。
「……動くなよ!」
「動かないさ。このレディーが見えないのか?」
「……ん?」
「うわ。スゲー美人っすよ、トムさん!」
「ホントだ……っ。あんな美人、初めて見たかも……っ」
「ウフフ。ありがとう、坊やたち」
妖艶な笑みを浮かべながら、レイチェル・ミルラはオレの腕のなかで若者たちをからかうのさ。ああ……こんな美女のスマイルか。宴会から追い出されちまって、砂漠を彷徨いながらの警備だもんな。
……騎兵の鍛錬から逃れて、貴族の私兵と成り下がったのは、こんな目に遭うためじゃないって、ついさっきまで考えていやがったんだろう。そんなときに、美女にやさしい笑顔をもらえば?……ガキなら、一瞬で有頂天だよ。
……まったく、かつてのオレを見ているかのようで、涙腺がうるみそうだ。男という獣の悲しい習性だよ。美女に弱い、どこまでも。
「おい!お、オレ、笑ったもらえたぞ!!」
「違うって、オレだよ、オレさ!!」
男同士で話してやがる。そうじゃないだろうにな、美女が声をかけてくれたんだから、男同士で会話している場合じゃないだろう。お互いを出し抜いて、さっさと美女にあいさつの一つでもするのが、正しい男の反応だっていうのにな。
「……そのレディーは、一体?」
ベテランのつまらないトコロだな。浮かれる若者どもとは異なり、彼は職務を忘れていない。それなりに長い期間を、アルノア伯爵に仕えて来たタイプの男かもしれない。たしかに、レイチェル・ミルラの誘惑にも勝るかもしれないな……。
「聞いてないないのか?……『内海』から届いた真珠だよ」
「真珠?」
「表現だよ。彼女の美しさを評価する言葉さ。真珠姫って呼ばれているんだ、『内海』の大きな酒場じゃ、彼女を知らない酒呑みはいない」
「踊り子か?」
「そうだ。そして、美しい声で歌も奏でる。もちろん……ベッドの上での仕事も超一流だよ」
その発言に、若い兵士たちが顔を見合わせていた。ああ、想像していやがるのさ。顔を赤らめている。まったく……なんて、情けない動物なんだろう、男ってのはよ。だが、気に病むな若人どもよ。オレも、そんな恥をさらした日だってあるんだよ。
「……ふむ。貴様たちは、査察団の宴のウワサを嗅ぎつけたのか?」
「ええ。貴族の方は、お金になりますので」
「娼婦は、足りているハズだが……」
「おいおい、娼婦は数か?……質も大事だろうがよ。騎士サマたちを心の底から楽しませてやれるような美女が、この乾いた砂漠にどれだけいるっていうんだよ?」
「……たしかに、な。そこのレディーならば、誰もが納得するだろう」
「当然だ……ん。レイチェル?」
「若い子と話してあげたいのよ、護衛さん」
「ククク!そうか、ガキども、美しいレイチェル・ミルラに興味を持たれたようだぞ!光栄に思いながら、彼女を口説く言葉を頭に浮かべておけ。胸の一つぐらい、触らせてもらえるかもしれんぞ!」
「ま、マジか!!」
「や、やった……っ」
そういう態度を晒しているうちは、本当にいい女に触れさせてもらえる機会とか無さそうだな。まあ……別にいいんだが。レイチェルは、彼らの心を適当に弄んでくれるだろう。情報を聞き出すことも出来るかもしれないな。
さてと。オレは、背伸びをしながが首の骨を鳴らす。長らく彼女を抱いたまま歩かされた護衛の傭兵サンを演じてみるわけだ。こういうちょっとした細かさが、演技に深みを出すんじゃないかって考えている。
馬上のベテラン兵士は、オレをじっと見つめたままだ。細身の槍も『構えている』。分かりやすく振り上げてはいないが、腰をわずかに引きながら、重心を用意しているのさ。いつでも槍を振り上げながら、馬を突撃させられるように、彼は備えていた。
「……オレは敵じゃないぜ。ただの傭兵だ。アンタら、娼婦だけじゃなくて、傭兵も探しているんじゃないのか?」
「伯爵の護衛は、十分足りている」
「ククク!……あんな若造たちを連れていてか?」
「未熟だが……」
「ああ、すまんな。彼らは才能がある。いや……よく砂漠に慣れているようだな。彼らはこの土地の子ではあるまいが……長らく、鍛錬をしていたのだろう」
「詮索はせぬことだ。アルノア伯爵は、そういう輩を嫌うぞ」
「いいじゃないか。有名だぜ?……第六師団の再建を、メイウェイとかいう『亜人種びいき』は企んでいるってな」
帝国人アピールをするのさ。『亜人種嫌い』を演じるわけだ。心が痛むが、まあ、演技だから許して欲しい。オレがどれだけ亜人種を愛しているのかは、ヨメに訊けば証明してもらえることだしな。
「流れの傭兵に、高級娼婦か」
「そうだ。レイチェルとは、色々と縁があってな」
「ふむ……しかし、貴様たちは、どうやってここに来た?」
「走ってだとでも思うか?……10キロ以上あるだろ、『ラーシャール』からは。もちろん、馬で来ていたが、サソリかな。いきなり、ヒヒンと鳴いて、走らなくなっちまったよ」
「なるほどな。私も、この砂漠にはまだ不慣れだが……砂に脚を取られた瞬間に、馬の脚に針を刺すサソリもいるようだ。困ったことに……そうなれば、毒が回って走らなくなる」
「……星と美女に見とれていたからな。オレも、注意し損なっちまったぜ。馬をダメにしちまったのは残念だが……泡を吹きながらのたうち回るもんでな……久しぶりに馬の首を刎ねることになった」
「馬の首を刎ねるか。その背の大剣で?」
「ああ。それぐらいの腕はあるからな。『黒羊の旅団』の分隊長格と、殺し合ったことだってあるんだぜ」
「『黒羊の旅団』とか。傭兵団の大手だな」
「そうだ。数だけは多いし、それゆえに幹部クラスはかなりの腕前だよ。アンタたちが仕えている帝国貴族サマたちも、彼らを使うことはあるんだろ?」
「……まあな。統率の取れた集団という印象を持っている。その分隊長に、勝ったと?」
「嘘だと思うか?……だとすればあんたの目は節穴に近いぞ。オレを素直に評価すれば得だぜ?……あんたらの親玉は、腕の立つ傭兵を探しているんじゃないのか?」
「……どこで、そんなハナシを聞いた?」
「かなり数を集めているだろ。フリーの傭兵ってのはな、雇ってくれる客を見つける力が無ければ、腕が立とうと食えないんだよ……情報をくれないか?オレは、アルノア伯爵に雇われたいと考えているからこそ、レイチェルの護衛をして、こんなに物騒な砂の海まで来たんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます