第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その46


 適材適所という言葉は好きだ。ヒトには得手不得手というものあるもんだ。ついさっき、キュレネイとククルに『慎重に行くぞ』という発言をしたことを、忘れているワケじゃない。


 レイチェル・ミルラの妖艶さなら、娼婦を100%演じることが出来るからだ。あの二人が女子としてのプライドを刺激されて、娼婦のマネをしようというムチャをすれば?……とても怪しい。


 本職の商売女のエロさなど、男を知らない二人には、まだまだ出せるハズがないのだ。


「……とにかく、オレは君の護衛。君のセクシーさなら、高級娼婦に化けるのも容易いことだろ」


「ウフフ。もちろんですわ。人妻の魅力を、坊やたちに教えてあげます」


「……フリでいいんだよ。本当にスケベなことはしなくていいぜ」


「もちろん。リング・マスター以外とは、寝ない主義なんです」


「知ってるよ。さてと、行くとしよう……カモがいればいいんだがな……いたとすれば下っ端だ。酒盛りが近くなれば……遠ざけられるだろう」


 軍隊ってのは縦社会だからな。貴族社会の軍隊……騎士団においても、同じことは言えるだろう。立場としての上下に加えて、身分としての上下も加わるんだ。砂漠での地獄の騎兵キャンプから逃げ出して来た帝国人の若者の多くは、下級市民の出だろうよ。


 貴族の子息なら、こんな戦功の上げようの無い土地には来ないさ。ここの太守は、皇帝に嫌われているようなヤツだからな……ユアンダートが中心にいる貴族社会の一員ならば、メイウェイの下に着くことは許されない。


 ……メイウェイが、庶民上がりの男という部分も、貴族の連中にとっては許しがたい事実だろうしな。帝国軍は実力主義の社会とはいえ、市民に一国の支配者である太守にまで出世されるのは屈辱的だろうよ。


 メイウェイって男は、間違ったことはしていないが、ヒトの群れってのは、常に正しさを尊ぶとも限らんさ。恥知らずな貴族も、多くいる……おかげで、オレたちにもつけ込む隙ってのが有りそうだ。


 今回の戦は、学べることが多くなるだろう。一枚岩じゃないのは、こっちも同じだが。あちらさんは、もっと深刻に足の引っ張り合いをしたがっている。新しい局面の戦い方を学ぶチャンスだぜ――――っと。


 グシャリ。


 砂漠の砂に潜んでいたサソリを、鉄靴で踏みつぶしていた。


「……サソリだらけの場所に、シャトーを建てるか」


「泥棒避けに丁度よいかもしれませんわね……そして、いい言い訳にもなる。私の馬にサソリの針が刺さりましたの!」


「だから、オレは苦しむお馬さんを楽にしてやるために剣を振り下ろしたってわけだ」


「そうですの。だから、私は高級娼婦なのに、この砂漠を歩かされているのですわ」


「……いいカンジの嘘だな」


「ええ。女の嘘と、男の『期待』が加われば、いくらでも『詐欺』は成り立ってしまうものですもの」


「……少々、怪しくても。君に触れるのならば、兵士は時間をくれるだろう」


「触らせませんわ。触らせない方が、よく喋るんですもの、殿方は」


 美人の手のひらの上で、また若い童貞野郎が踊らされる光景を見られるかもしれないな。何度……騙されたことなのか。若い頃を思い出す。美人ってのは、若い男が何を求めているのかを熟知してやがるんだ。そして、それを操り、クスクス影で笑うもんだよ。


「……リング・マスター。軽装騎兵が来ますわよ」


「……そうだな。さっきゼファーの背から確認した時……見回りの騎兵たちの身なりは良かった」


「ウフフ。ならば、役者が交替しているのですわね。貧しげな服装をしていますわ」


「貴族ってのは、服装にこだわるもんだ。貧しい立場の者には、それに相応しい服を着ることしか許さないもんだよ……いいカモがいるってことだな」


 ……アーレスの魔眼に映るのは、細身で長い槍を持った騎乗の若者たちだった。膝の破けた後がある、着古した服装だな。膝の穴だって、針子の手ではなく、針に慣れない不器用な男の指による修復の跡が見て取れる……。


 3人の騎兵のうち、2人はそんなヤツらだ。年齢も若い。十代後半ってところだろうな。過酷な訓練と、将来への不安、そして亜人種を『ひいき』する一つ上の世代たちへの反感……そんなものが重なれば、騎兵キャンプを逃げ出せちまう年齢だよ。


 背負っているものが少ない若さをした2人が、ベテランの騎兵の後を痩せ馬に乗って歩いて行く……。


「……ベテランの騎兵がいますわね」


「君が口説く相手にするか……?」


「どうしましょうか。若者たちの方がスマートで好みなのですけれど。とくに……暗い顔をしているところに、母性をくすぐられますわ」


「君の母性をくすぐられる彼らが羨ましい」


「リング・マスターにくすぐられるのは、最も深い愛情ですのよ」


「そうかい。そいつは最高の名誉を得た気持ちだよ……で。どう動きたい?」


 レイチェル・ミルラは自分の作戦を好む。他の者からの命令よりも、自分で動いた方が心地よいってタイプの人種なのさ。天才肌というか芸術家気質というかな。命令されない方がいい仕事をするタイプってのは、世の中に少数派ながら存在している。


 彼女は貴重な才能にあふれた美女だってことだ。芸術を司る神々は、『人魚』のことを溺愛しているのだろうよ。


「……そうですわね。リング・マスターは、あのベテランさんと語らうことにしませんか?」


「いきなりなムチャぶりだな」


「大丈夫ですわ。リング・マスターはどこからどう見ても、私に尽くしている雇われ兵士にしか見えませんもの」


「そうなのかよ?」


 ……まあ、下っ端兵士の鎧とかが似合ったりすることがあるからな。


「オレは、もしかして雑兵顔なのか?」


「いえいえ。そんなことはありません。目の鋭さに、まとった空気……戦士の中の戦士の貌をしていますわ。凶暴で貪欲な、獣が宿っていますもの」


 レイチェルは長い腕をセクシーな蛇みたいな動きで、オレの首に絡めてくれる。『人魚』の踊り子さんは、今夜も綺麗だ。褐色の肌に、アメジスト色の瞳……銀色の髪に、豪奢なアクセサリー……砂漠の物語に似合うセクシーな踊り子に、戦士として褒められる。


「……光栄なことだよ」


「はい。ですから、私のことをお姫さま抱っこしてみましょう」


「……演技はスタートか」


「遭遇するまでに、演技の相談も出来ますしね。さあ、リング・マスター?」


「了解だ」


 レイチェル・ミルラのしなやかな体に腕を回す……その動きに合わせるようにして、レイチェルの脚は砂漠の砂を蹴り、オレの腕のなかに浮かぶようにしてやってくる。ああ、美女の香りがする。冷え始めた夜の砂漠で、彼女の体温が、より正確に認識出来た。


「……オレの顔はスケベに歪んでいないか?」


「いいえ。目には、いつもの通り……悲しいものを見つめる貴方の慈悲が輝いていますわ」


 頬を撫でられる。やわらかく、しなやかで、良い香りを帯びた指たちに。


 ……オレの瞳には、レイチェルへの慈悲が輝いているそうだ。そんなつもりは……いや、あるんだろう。レイチェル・ミルラは嘘をつかない。間違ったことも、たまにしか言わない女だからな。


 スケベさよりも、彼女への同情が勝っているか。


「……まあ、それでいいんだろう?……スケベなだけの戦士よりも、悲しげな瞳で君のケツを抱きながら唇を緩めている男の方が、君に仕えてもらえる資格があるような気がしているからな」


「ウフフ。難しい言葉を使う貴方も好きですよ、リング・マスター」


「キスでもされそうだ。でも、するなよ」


「ええ。大人同士ですものね。それに……今はお仕事の時間ですもの。星と月の光に照らされながら、砂の海で『人魚』とスケベな騎士さまの演目を始めましょう」


「ククク!……ああ、スケベな騎士さまとして、がんばるとするよ」




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