第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その41


 ……『ラーシャール』という街が持っていそうな、商業的有利は大きそうだとオレたちは納得する。納得しながらも、オレは鉄靴の内側をつかい、ゼファーをより高い場所へと舞い上がらせる……。


 あちこちに見張りがいるからな。ゼファーの黒い体は夜の闇に紛れるが、その巨体であまりに低空飛行をしていると、帝国兵の見張りに見つかるかもしれない……そうなれば、オレたちの戦術的な優位が失われる。


 少しでも、優位でいるべきだろう。オレたちは、存在を隠すことで強さを得られる。竜が運ぶ、猟兵たちの襲撃だ。そんな強力な攻撃を、奇襲で行えるとすれば?……誰も、その脅威に抗える者はいないのさ。


 ……少数での行動だ。敵に見つかっても良いことは一つだってありはしない。戦場に混沌を与える。それが、少数が多数と戦をすることにおいての、鉄則なんだよ。マトモに多勢とぶつかるのは、戦術としては間違いだからな……。


 ゼファーはオレの鉄靴の意味を悟り、砂塵の混じった風を翼で叩きつけて、100メートルほど上昇する……地上から、これだけ離れたらもう安心だ。ケットシーの見張りであったとしても、一瞬で過ぎ去る黒い竜の姿を認識することは出来ない。


『……たかさは、これでいいかなー?』


「ああ、十分だぜ、ゼファー。偵察もそれなりに行えた。地理は把握したな?」


「はい。十分です。アタマのなかに、刻みました。まあ、さすがに、建物の中身までは見通せはしませんが……道はアタマに入れました」


「夜間であったのは、好都合ですわね。『ガッシャーラブル』のように、大量の天幕を張られていては、ゼファーからの偵察でも、地上を観察することは出来ませんでしたもの」


「イエス。幸運に恵まれたでありますな」


「……そうだな。その幸運を利用するとしよう。地理を把握しておけば、やれることも増えるだろう……敵の本拠地も、見つけられたしな」


 古竜アーレスの魔力が宿るオレの魔眼を舐めてはいけない。望遠の力だけでなく、魔力の動きも見つけられる。兵士が放つ、独特の戦闘意欲を反映する魔力の影……オレはそいつを見つけている。


 もちろん、魔眼なんていう力を頼らなくても、生の視力と経験値と、ほんの少しばかりの推理力を発揮することで、兵士の詰め所の位置ぐらいは分かる。


「街の東西南北の城門近くに、兵士の詰め所があるな。見張り台と連動している。山賊があの街を襲うのは、かなり困難な仕組みと言えるだろう」


「イエス。なかなかの警備でありますな……兵力は、5000近くはいるかもしれないであります」


「メイウェイは、『ラクタパクシャ』を討伐しようと動いているわけですものね。安定している南側よりも、中央の『ラーシャール』に戦力を集めている」


「そういうことさ。そのメイウェイの動きを、嘲笑うかのような襲撃だったわけだ、大穴集落への攻撃は」


「……まさか、メイウェイの責任にするために?」


「ありえるでありますな。幾つか、アルノア伯爵にとって、有利に転がる状況があるであります」


「……そうですわね。この土地の亜人種たちは、メイウェイに対して、信頼を深めていますもの。それは、メイウェイに成り代わろうとするアルノアには、よくないコトですわね」


「忠誠心とまではいかなくとも、メイウェイに対しては一種の尊敬を『メイガーロフ人』は持っているからな……」


 太守が変わろうとすれば、抵抗するかもしれない。そんなときに、メイウェイの失態を指摘することが出来るような事件が起きれば?……メイウェイの人気を下げることも出来るだろう。


 有能な軍人であったメイウェイには、『メイガーロフ人』は武人としての期待を大きく抱いてもいる。期待されているだけに、失望もまた大きくなるわけだ。


 ……印象を操作するのも、姑息な政治というモノの一つだ。真実ではなく、嘘であろうとも声を大にして用いれば、ヒトの心を操ることは可能である。ヒトってのは、悪口が大好きだからな。


 『メイガーロフ人』だって、第六師団とメイウェイには恨みを持っているというヤツは大勢いるだろう……メイウェイの悪口を言える機会を作ってやれば、メイウェイと亜人種のあいだで対立を生むことが可能となるわけだ。


 貴族らしいし、政治屋らしい発想でもあるよ。そして……たしかに、合理的でもある。メイウェイと亜人種の対立や混乱を招けば、そのあいだに『ラクタパクシャ』を使って、次々と亜人種の集落を破壊して回ることも出来るだろう。


 亜人種と帝国兵のあいだの対立を煽れば、とくに若い兵士たちはアルノアのように、反・亜人種の考えに傾倒していくはずだ。ヒトってのは、弱いし、若者は正誤を判断するほどの経験値は持っちゃいないもんだ。


 元・第六師団のベテランたちとは異なり、若い彼らは……よりユアンダートの示す人間族第一主義に反応してしまうだろう。


 排他的な意識に、『正義』を見出す。老人でもやるだろうが、若者は……かつてのように人間族と亜人種が共に在った世界を、あまりにも知らなすぎている。ユアンダートの語る『正義』に、洗脳されてしまうだろう……。


「……アルノアというヤツは、なかなかに嫌味な策士かもしれんな」


「はい……人の対立を煽ろうとしている。ある意味、上手なのかもしれませんが、あまりにも性格が悪いように思います……っ」


「……そうだな。そう思う」


「今夜、出会えるといいですわね。そうなれば……とても手っ取り早いことになるのですけれど」


「まったくだよ」


 ぶっ殺す―――いや、違うな。半殺しにして、クラリス陛下に渡してしまうのがベストだな。アルノアがユアンダートとそれなりに親しい立場であるというのなら、帝国に対していい交渉材料だ。自分に近しい有力貴族を無視するわけには、ユアンダートも出来はしないだろう。


 貴族たちの求心力を削ぐことになれば、それは有力貴族が率いている幾つかの侵略師団に対して、ネガティブな影響を与えることになる。皇帝と貴族……血による支配を絶対的なものにしておきたいと願うのならば、貴族の顔色伺いもしなければならんということさ。


 ……まったく。


 こんなに重要な獲物だと知っていれば、もっと、下調べもしていたというのにな。だが、運命がオレたちを大穴集落への襲撃に導いてくれたことを、感謝すべきかもしれない。


 ただの偶然の産物かもしれないが、オレたちは滅び去るハズであったドワーフたちの集落を一つ壊滅から救い出すことが出来たのだ。命を救う……殺し合いばかりしているオレたちには、滅多とあるチャンスではない。


「……ゼファー、西へと向かうぞ」


『もう、ていさつはいいの、『らーしゃーる』の?』


「ああ。ゼファーが、あと二回は上空から偵察することが出来るからな。いいな?北側と南側、二つの角度で『ラーシャール』を偵察するんだ。そうすれば、オレの魔眼にも伝わる」


『りったいてきな、ちずもつくるんだね?あたまのなかに!』


「そういうことだ。敵の見張りが、時間帯でどれだけ変わるのかも把握することが出来るわけだ。十分な偵察量だよ。あとは……アルノア査察団の拠点に対して、時間を費やすべきだろう」


『りょーかい!それじゃあ、ぜんそくりょくで、にしにむかうねーっ!!』




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