第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その40


 ゼファーの羽ばたきは強くなり、青く暗む地上に墓石のような白い石の群れは、すぐに見えて来た。


 アタマのなかに叩き込んだ地図を頼れば、間違いない。


「……『ラーシャール』だな」


「はい。地図上では、そうだと思います。蛇神教の採風塔が幾つも見えます。あれは、宗教施設の証……ヒトの営みが多く行われていることの証ですよね」


 『ヴァルガロフ』にしばらく滞在していたことで、『メルカ』以外の宗教の在り方をククル・ストレガも学べたのだろう。マフィアどもが作った土地ではあるが、戦神バルジアへの篤い信仰心を体現する土地でもあったのだからな……。


 死生観というものは、文化によって大きく異なるものだ。


 そして、『メルカ人』の人生観は、他の土地と大きく異なる部分もあった。男と交われば死ぬ呪い……高度な呪術だか錬金術かにより、魔女の分身である自分たち同士で妊娠し、自分たちの分身を産むという独特な人生があった。


 ……彼女たちは、誰もが魔女の分身という意味では同じであったが、それでも個性を見出すために、己の好きな花を家名に選んでいた……『メルカ人』……『ホムンクルス』として産まれなければ、そんな独特な苦労をすることもなかった。


 閉鎖した自分たち同士による営みから、星の魔女アルテマを排することで、彼女たちは解放された。


 男を愛して、その男の子を産むことも可能になった。もちろん、かつてと同じように自分たち同士の出産を望む者もいるだろう。まあ、それは好きに選べばいいことだ。


 ……とにかく、オレはククル・ストレガの世界が広がっていくことに、喜びを感じているのさ。かつて閉じられた世界から、旅立ったことがある者としてはな。世界を識ることの歓びは、何にも代えがたい感動で心を振るわせてくれるものだ。


「北から吹く風に、砂漠の人々は癒やしを求めたんですね……だから、採風塔を建てて、その涼やかな風を取り込むことを望んだ。そして……その風を生み出してくれる山脈に……とくに、ガッシャーラ山に対して、聖なる蛇神の姿を見た」


「そうだと思うぜ」


「……人は、どんな過酷な環境でも生きていける。それは、きっと、どんな場所にも聖なる癒やしを見つけられるからかもしれません。私たち『メルカ』の民も、青い氷河に永遠の安らぎを見つけたんです」


「死ねば氷河に抱かれて、永遠の眠りにつくんだったな。我が妻ジュナも、多くの花に抱かれて眠ることが出来た。風に融けて、『メルカ』を守っているだろう」


「はい。ジュナ姉さんなら、きっと…………姉さんは、ソルジェ兄さんと同じ時を生きることはなかったけれど……きっと、いつでもソルジェ兄さんが浴びる涼やかな風に宿っているのだと思います」


「愛されているですな、団長は」


「……ククク!まあな」


「夫婦の愛と絆は強いものですものね!」


 レイチェル・ミルラにそう言われると、本当にそうだと納得してしまう。彼女は愛のために戦い続けているのだから。


 星を見上げて、涼やかな風にほほをくすぐられる。生前の同意もなく、オレが強引に娶ったわけではあるが……お前は我が誇りの一つだ。故郷のために全てを捧げた女戦士……その生きざまは、見事と言うほかない。


 しばらく無言のままに飛翔はつづき、ゼファーは『ラーシャール』に近づいてくれる。我々は観察しなければならない。有している情報は多いわけじゃないからな。


 アタマのなかにある地図を完璧にするために、ゼファーとオレの竜の瞳は『ラーシャール』の街並みを見下ろすのだ。ククルの『メルカ・コルン』として強化された瞳と、『ゴースト・アヴェンジャー』の瞳も、この偵察には参加しているだろう。


 ……レイチェル・ミルラは、耳がいい。『人魚』の力は、秘密と不思議が多いものだが、彼女は風の音を聞くことで、竜騎士みたいに空間を認識することが出来るらしい。


 教えてくれないんだよな、細かいコトを訊くと、秘密があった方が女は美しく輝くと言われて、あしらわれてしまう。それに納得しちまって、強く訊くことはオレには出来ないんだよな……。


 ……とにかく、偵察を続けるオレたちに、『ラーシャール』はその風景を見せてくれるのだ。白く塗られた石組みと焼きレンガの街並みだ。砂漠にはあるが、その中央には大きな泉がある……地下水を汲み上げているのか?


 あるいは『カナット山脈』や、ガッシャーラ山が浴びて吸い取った雲海が、あのオアシスの泉となって湧き出ているのかもしれないな。地下水が貯まり込み、圧力の差が生まれたら、豊かな湧き水があふれ出すという理屈は、野蛮人にも想像がつく。


 この砂漠から、水を回収する仕組みは幾つか存在しているからこそ、ヒトはこの広大な砂の灼熱地獄のなかでも巨大な都市を建造することが可能となっているわけだ。


「……あの街は、巨人族たちが多くいるんですよね……?」


「そういうハナシだったな」


「では、旧政権の勢力も、多くいるという認識で正しいのでしょうか?」


「それでいいだろう。人種の構成比率は、権力と直に結びつくハズだ。『ラーシャール』は巨人族主体の国家、『メイガーロフ武国』の主要都市だろう」


「イエス。他の土地よりも、あきらかに巨人族が多いということは、すなわちそういうことであります」


「支配者種族が暮らしやすい場所だった。あるいは、生活を営む上で、有利な条件がそろっていたのかもしれませんわね?……あの大きな泉があれば、この土地であったとしても、水に困ることはないでしょう」


「……そうですね。あれだけ豊かで、しかも使いやすい水源は、この乾ききった国では、かなりの資産になるはずです……」


「あの泉が『メイガーロフ』の支配者の象徴かもしれんな」


「可能性、高いと思います」


『……『どーじぇ』、『どーじぇ』!』


 無邪気な声がオレを呼ぶのだ。


「どうした、ゼファー?」


『あそこのひとたち、おおきなみずがめからね、みずをすくってのんでるみたい!みずが、すきなのかな?みちばたに、おおきなみずがめをたくさんおいているよ!』


「……ふむ?」


 左眼にそろえた指を当てて、ゼファーの視界を同調する。ゼファーが言葉にした通り、大きな通りには無数の水瓶が並んでいるな……かなりの大きさだ。


 ……ふむ。あの水瓶は……素焼きの壺か。どこかで見た光景だな。


「……素焼きの壺の、二重構造か」


「ああ。気化熱で水を冷たくするんですね」


「そうだ。そいつを……旅の商人たちに無償で提供している。なるほど、他の土地でも水をただで使用させてくれるようなお人良しな土地はないものだ」


「あれだけ大きな泉があるのですもの。ケチケチする必要はないということですわね」


「商業的なメリットになるだろう。ただで冷たく新鮮な水が飲み放題。そうなれば、銭勘定しながら旅の空の下を歩く商人どもは、少々の遠回りでもこの街を選ぶかもしれん」


「水の無償提供。これだけ乾いた土地では、かなりのメリットですよね」


「イエス。商人は大喜びでこの街に集まるでありますな」


「それが、この『ラーシャール』の経済的な強みとなっているのかもしれませんわね」




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