第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その25


 さてと、ここで左折するような冗談を使うことはなく、ちゃんと右折するよ。これ以上、レイチェルにからかわれるのもイヤだし……そもそも、体を洗いたいという願望だってあるんだ。血には呪毒が紛れていることもあるしな。


 不健康で怠惰な傭兵の血など、清潔さから最も遠い穢れの一つでもある。


 岩をくり抜いて造られた道を、歩いて行く。鼻が硫黄のにおいを嗅ぎ取ったよ。温泉らしいな……近くに火山でもあるのか、それとも地下深くから熱泉を呼び込んだのかもしれない。


 ドワーフの王国には、そういう文化だってある。地下深くには、狂ったように煮えたぎる灼熱の溶岩の海があるそうだ。ドワーフの王国は、それを防御兵器として使うことさえあるし……単純に温泉の源しても使うことがある。


 ……いつだったか、個人営業の温泉宿に立ち寄ったこともあったな。そこのドワーフは、自力で穴を地下深く目掛けて掘り続けて、温泉を作った。彼曰く、どこでも深く穴を掘り進めれば、熱いお湯が湧いてくるそうだ。


 ずいぶんと乱暴な理論ではあるが、地下に精通したドワーフが言うのだから、それほど間違いでもないのだろう。とにかく、そのドワーフは自分の腕力と知恵だけで、地下から温泉を無理やりに呼び寄せていた。


 ミスリルで鋼管を作り、その密閉されたルートを灼熱の地下源泉に突っ込むことで、圧力だか熱が持つ勢いだかを利用して、数百メートル地下から自在に温泉を取り出していたわけだ。


 ……ここの大穴集落の『メイガーロフ・ドワーフ』たちも、そんなことをして温泉を呼んだのだろうか……?


 ……いつかヒマが出来たら、『メイガーロフ・ドワーフ』たちに質問をぶつけてみようと思う。もしも、あの温泉宿のドワーフと同じ理屈を使っていたとすれば、大層、驚いてくれるだろう。


 ハナシが弾みそうだな。ああ、ギンドウ・アーヴィングもその場にいれば、話題が弾むかもしれないな。飛行機械に憧れているギンドウは、高熱に温めた水が起こす動き……それを魔力で強化すれば、強烈な動力源になるんじゃないかとか、不思議なことを語っていた。


 オレのような野蛮人の脳みそには、正直、何を言っているのか理解することは出来ないんだが、あの理屈は時々、賢いヤツらとかドワーフの職人の心を魅了しているからな。可能性があることなのかもしれない…………。


 目の前に木製の扉が現れた。


 岩をくり抜いた通路の先には、ドワーフ仕様の小さな扉か。オレは、身を屈めながら、ゆっくりとその扉を、ガラガラという音を立てながらスライドさせて開けた。


 温泉の香りが、より強くなる。硫黄くさいとも言われるが、温泉好きのガルーナ人としては、心がウキウキしてしまう香りでもあるんだよな。


 ザクロアの温泉に、わざわざ竜で出かけてしまうような一族だしな、ストラウス家ってのは。


 思えば、壮絶な長旅じゃあるな……アーレスとその子たちは、今のゼファーよりも、風を選ぶ力に長けていた。こればかりは、空を200年飛んだ翼に宿る経験値を超えることは不可能だからな。


 才能あふれる『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』であったとしても、経験値を短期間で稼ぐことは難しい。才能を凌駕する経験値や熟練など、この世の中には幾らでもあるのだからな。


 ……そして。


 何よりも、竜の編隊飛行が、アーレスの長旅を支えてもいた。


 何匹かで隊列を組むように飛ぶことで、竜はその翼にかかる負担を大きく減らすのだ。風を斬り裂く先頭は、なんとも疲れるのさ。その先頭が作った翼跡に引きずられる風に乗れば、他の竜たちは楽に飛ぶことが出来るんだよ。


 そうやって、先頭を交代していくことで、竜の翼は疲れることを知ることもないまま、どれだけ遠くにだって素早く移動することが出来る―――その技巧も、竜がストラウスの血族を選んでくれた理由の一つだった。


 群れることで。


 ヒトと……ストラウスの剣鬼と組むことで、自然を生きる竜以上の能力を引き出す。それが、竜が竜騎士とつるむ、最大の理由なのだ。


 ……今は……ゼファーと同じ、『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』である、ルルーシロア……あの子を、ストラウスの竜にして……ミア・マルー・ストラウスに与えたいのだがな。


 竜騎士の才能を、下手すればオレよりも多く持っているのが、我が二人目の妹、ミアである。『風』の使い手でもあるし、竜も空も恐れぬ心を持っている。そして、竜と共に在ることを、自然なことだと受け入れてくれる、やさしさもあるのだ。


 ミアならば、おそらく最高の竜騎士になるさ。ゼファーとルルーシロアの翼を競わせるようにして、大陸の空を飛び回り……アーレスとその息子たちが作り出した記録よりも早く、ザクロア・ガルーナ間を飛び回ってみたいもんだぜ。


 可能だ。オレとゼファー、ミアとルルーシロア。猟兵竜騎士と、『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』なのだから……。


 ……そんな妄想をしながら、オレは浴室へと向かう。足下は、木の板が敷かれているな。湿気に水浸しにならないように、床の上に、組まれた板を置いてあるようだな。


 右手を向けば、洗濯場があった……風呂に入るのもいいが、まずは竜鱗の鎧を洗っておくことにする。錆びるような素材じゃないが、血なまぐさいのはゴメンだからな。


 竜鱗の鎧を脱ぎ捨てて、洗い場にある大きな桶に放り込んだ。地上からこの場所に向かって降りて来ている鋼管の先にある蛇口を捻ると、冷たげな水がドバドバとあふれ出す。竜鱗の鎧に大量の水が降り注ぎ、その鋼から『ラクタパクシャ』どもの穢れた血を浮かせていく。


 ついでに、服も脱ぎ捨てて、その桶に一緒に放り込んでいた。荷物入れから、『血溶かし草』の根を素材とする、錬金薬を取り出す。その小瓶に入った錬金薬を、一滴ほどオレの装備が入った桶に垂らしちまえば、洗濯はほぼ完了だ。


 血と脂肪とか、肉っぽいモノは、この錬金薬で分解されてしまう。傭兵稼業には、昔から重宝されて来た、伝統ある錬金薬だ。


 ……帝国軍の兵士を殺しては、その装備を回収して売り払っていた数ヶ月前までのオレたちには、本当に日々の暮らしを楽にしてくれた、ビジネス・パートナー的な錬金薬であったりするのさ。


「……とりあえず、これでいいだろう。こびりついたヨゴレは、あとでこすって落とすとして……オレも……髪の間に入った血を、洗い流すとしよう」


 竜騎士姫から受け継いだ、ストラウス家伝統の炎のような赤い髪に、下等な雑兵の血の色が混ざっているのは、大きな間違いではあるはずだ。血が乾いて張りついてしまう前に、さっさと洗い流すに限るさ。




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