第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その24


 『メイガーロフ・ドワーフ』は地下に風呂を作るらしい。岩をくり抜かれた大きな通路が左右に分かれている。中央には、蛇神の巨大なコブラの石像が配置されている。覗き見しようする者には、ヴァールティーンの罰が下されるのだろうか?


 しかし、蛇神の石像というのは、人々の暮らしのなかに融け込んでいるようだな。


「右手が男湯。左手が女湯だ」


「了解だ」


 ギィン婆さんはニヤリと意地悪そうな微笑みをシワだらけの顔に浮かべると、こちらにそそくさと駆け寄って、手招きでオレの左耳を呼び寄せる。しゃがんだやってオレの耳に、老婆のしわがれた小声が響いて来る。


「別れていて残念かい、ストラウス殿?」


「……全ての男が皆、スケベだと考えてはいけない」


 ヨメを三人もらう前は、たしかに女湯を覗こうとした過去があるが、それもまた過去の出来ごとに過ぎない―――今のオレは、それほどまでには飢えていないのだ。


「そうかい?美女ぞろいだってのに?……まあ、ドワーフの美女の基準からは、少し違うんだけどねえ。太めじゃないと、ドワーフの男にはモテないもんだよ。アンタたちは顔は美しいが、体型がドワーフの男にはウケないねえ」


 ドワーフ族の美的な価値観ってのは、ちょっと独特なところがある。スレンダーであることを女性の多くが喜ぶもんだが……ドワーフ族にとって、痩せていることは、美醜のどちらかでというと、完全に醜い方に属するらしいのだから、価値観というのは色々だった。


「まったく、口惜しくないでありますな」


「え、ええ……そうですね……」


「ウフフ。キュレネイもククルも、ドワーフの男性に愛されたいワケではないですものね!!」


「ああ、なるほど。そーいうことかい」


「……ふむ。バレてるようでありますぞ、ククル」


「ええ!?そ、そんな、キュレネイさんだって、バレバレなのに、私にだけ押し付けないで下さいよう……っ!?」


「ハハハ。ああ、若い娘たちの色恋のハナシは、キラキラしていて腹が立つ」


「腹が立つのでありますか?」


「まあね。自分がずいぶんと年寄りになっちまったなあって、気にさせてくれるんだからねえ……さてと。とにかく、風呂に入ればいい。浴場に隣接する形で、洗濯場もあるから……セルフサービスで服を洗うといい」


「いたせりつくせりでありますな」


「なるほど。『メイガーロフ・ドワーフ』の浴室には、洗濯場も併設してあるのですね。なんというか、合理的な作りだと思います」


 好奇心を満たしたククル・ストレガは、納得したように頭をウンウンとうなずかせていた。知識が頭に描き込まれていくことを、我が妹分は好むのだ。我がヨメ、ロロカ・シャーネルとハナシがムチャクチャ合っているときもあるな……。


 ……そういう場面は、あまりにも賢さがあふれすぎていて、ガルーナの野蛮人は参加することが出来ないのが、なんとも悲しいところだった。


 オレも、ちょいちょい勉強用の本は読んでいるのだが……ロロカやククルのレベルに頭を良くするのは、百五十年ぐらいかかりそうなんだよな……比喩じゃなく、本当にそれぐらいはかかるかもしれない。


 大きな大学の図書館の本を全て読んだとしても、ロロカやククルほどには賢くなれるとは思えないんだよ……。


「……さてと。それじゃあ、オレは右手だったな?」


「そうですわね。リング・マスター。それでは、私も右側に参りましょうか?」


 色っぽく体をくねらせながら、『パンジャール猟兵団』の踊り子はオレをからかうんだよ。


「だ、ダメですよう、レイチェルさーん!!」


「あら。ダメなのかしら、ククル?」


「そ、そりゃあ、ダメでしょう!?お、男のヒトと、お、女のヒトが、い、いっしょのお風呂に入るなんて……え、エッチですから!?」


 赤面しながら、ククルはそう宣言する。本当に、マジメな言葉であったな……。


「ウフフ。そうですわね。たしかに、それはエッチ、ですものね?」


 からかいの対象をククルに変えたようだ。レイチェルは、ククルに近づいて行く。


「……でも。どんな風に、エッチなのですか?」


「ふえええええっ!?そ、そ、そんなこと、わ、私には、言えませえええええええええええんんッッッ!!!」


「ハハハハ!!……ああ、女の子たちの会話は面白いねえ。うちはガサツな男ばかりだから、こういう楽しげな甲高い声を聞くのは、久しぶりだ……でも、とっとと風呂に入っちまいな。敵の血のにおいなんざさせてると、意中の男を釣り上げられないよ」


 ギィン婆さんは、大笑いしながらキュレネイとククルの背中を叩いた。


「ふむ。そうでありますな」


「そ、そうですね……まあ、私は……返り血というか、焦げ臭いですね。ゼファーちゃんといっしょに、煙を浴びてしまいましたから……焦げた木の臭いがします」


「では、とにかく急いでお湯につかるとしましょう。それでは、リング・マスター。私たちは左側ですので。もし、よろしければ、お越し下さいまし」


「はわわ!?そ、ソルジェ兄さん、そ、その、あの……あ、あまりエッチなことは、しちゃ、ダメなんですから……ね?」


「イエス。我らが猟兵女子には、団の風紀を司る、リエル・ハーヴェルがついていることを忘れるなであります。リメンバー・リエル」


「……覗かないから、ゆっくりと入って来やがれ」


「あら。それはそれで失礼ですわよね?もっと、こう、やる気を出していただかないと?美女が三人もいるのですわよ、リング・マスター?」


「どうしろと言うんだ?……とにかく、風呂に入ろうぜ」


「そ、そうですね」


「ほら。行くであります、レイチェル」


 キュレネイに背中を押されて、レイチェルは左の通路の奥へと運送されていく。


「あら……もっと、リング・マスターで遊べましたのにー?」


 やはり、オレをとことんからかって遊ぶつもりだったらしい。レイチェル・ミルラはあいかわらず、オレのことをオモチャにするのが好きなようだ。


「で、では、ソルジェ兄さん。わ、私も入浴してきます!!」


「ん。ああ、しっかりと体をキレイにして、休ませようぜ」


「はい」


「メシの用意はしておいてやるよ。なにせ、アンタたちは、この大穴集落を救ってくれた、英雄サンたちなんだからね」


「助かります、ギィンお婆さま!」


「いい返事だよ。さあて、風呂に入って来な。焦げて臭いをさせていたら、モテたいヤツにモテないよ」


「は、はい。そーします。そ、それじゃあ、ソルジェ兄さん……あの、の、覗いちゃ、ダメですから、ね?」


 そんな警告を残して、ククルもまた左の通路にパタパタと走り去っていった。


「……ふう。騒がしい子たちだこと」


「……こんな時に、すまんな」


「いいんだよ。ドワーフは、湿っぽいのが嫌いだ」


「そうだったよな。では、オレも風呂をいただくとしよう」


「そうしな。悪人の血になんざ、いつまでも汚れているべきじゃないさ」


「たしにかにな」




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