第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その16
それはまるで聖なる儀式のようであり、とても残酷で、すみやかに始まり、すぐに終わることとなるだろう。ドワーフの戦士は、合理的なのだ。ムダなことは好まない。敵の処刑に対してもそうだったし、そう在るべきでもあった。
「蛇神ヴァールティーンよ!!異教の襲撃者たちの血を貴方に捧げる!!我らが大穴集落を襲った、邪悪なる者たちの命を、砂漠と荒野の守り神であり、世界を旅する生と死の支配者である貴方に、我らが戦斧の刃をもって捧げるッ!!」
「……オレたちの神に、祈る機会はくれないのか……?」
「……30秒だけだ。神への全霊の祈りなら、それでも十分だろう。お前たちの信心が深ければ、お前たちの神が約束した楽園へと導かれるかもしれん」
「……オレは……信心深かったのだろうかな……わからんが、傭兵として、生きたのは確かだ。戦神バルジアよ……ゴルトンの車輪の導きにより、我々の魂に安寧を……傭兵としての道を、オレは全うすることが叶いました」
「……ううう。慈悲の女神イースよ、ボクに……勇気と……死後での……し、死後での安らぎを…………あ、ああ……か、母さん……こ、怖いよぅ…………っ」
「30秒、経った。さらばだ、異教の襲撃者ども。貴様らのなかに、同胞がいなかったことに、大いなる安心を得た」
「……そうかい。じゃあ、やってくれ」
「……い、いやだああ!!」
一人の男が立ち上がる。若い男だった。母に助けを乞うような男が、民間人を虐殺する仕事をすべきなどではないな。彼はドワーフたちの囲いを破ろうとしたが、ムダだった。素手でドワーフの戦士たちの頑強な方位を突破することなど、よほどの猛者にしか出来ない。
彼はそのレベルには、全くもって足りないのである。
そして、蛇神ヴァールティーンに捧げられる魂たちに与えられる運命は変わらない。ドワーフの戦士が、その泣きじゃくる若い男に対して、鋼を叩き下ろし……その若い男も荘厳なる儀式の一部へと成り果てた。
「……逃げてもムダじゃ。勇敢さを捨てることを、傭兵の神々は気に入りはしないだろうよ」
「……ああ、そうだろうな……皆、見苦しいマネはよせ……オレたちは、すでに死人だ。あとは……美学を見せるのみのことだ」
「う、うう……マッシャーさん……」
「……泣くな。黄泉の世界でも、戦士であることを望め。また……共に戦うぞ、ともがらよ―――」
―――傭兵らしい辞世の句だ。あの世でも、戦友であるか。そういう生きざまと死にざまが結びついているような戦士は、傭兵の神々が気に入るだろう……戦神バルジア。あの多面性のある神も、この男を気に入るかもしれない。
「……いい覚悟じゃ。戦士たちよ!!……断罪の斧を、振り上げよ!!」
「おお!!」
「わかりやしたぜ!!」
戦士たちは斧を振り上げていく。傭兵どもの中には、オレを見ている者もいる。恨みがましい視線だった。彼らの死因を作ったのは、オレたち『パンジャール猟兵団』であるから、その視線は正当な行為ではあるな……。
「……いざ、断罪じゃあああああああああああああッ!!」
ドワーフの長老戦士が死の歌を放ち、死を受け入れる覚悟をした傭兵どもの首に目掛けて、鋼は走り……すぐに終わったよ。百数十人分の傭兵どもの首が刎ねられて、最後まで罪深い傭兵であることを望んだヤツらは、永久の無言の海に沈むのだ……。
……襲撃者の末路としては、上出来すぎるものだ。オレは、もっと、ヤツらのことを火炙りにでもして処刑するのかと想像していたが……『メイガーロフ・ドワーフ』の戦士たちは、ムダな残酷さを好まないらしい。
……だからこそ、『ラクタパクシャ』の罪深さが、浮き彫りになるというものでもある。
オレは、傭兵の死にざまよりも、虜囚として罪を購う道を選んだ男どもの前へと向かう。抜き身の竜太刀を右肩に担いだまま、手足を枷に挟まれた男どもを睨みつける。
「……端的に問うぞ、お前たちが『ラクタパクシャ』だな?」
「……ああ。そうだ。オレたちは、『ラクタパクシャ』の一員として雇われたんだ」
「誰に、雇われたという?」
「……そいつは、秘密―――-」
舐めたマネを許すつもりはない。オレは竜太刀でそいつの首を叩き落とす。
「ひいいっ!!」
「……ひ、ヒデえ……ッ」
「いいか!捕虜ども。オレが知りたいことに答えろ。貴様らは重罪人だ!!この大穴集落を襲撃し、女も子供も殺して、家屋に火を放った!!……生かしてやっているのは、貴様らを労働力として使うためだ!!オレと対等に話せると思うなよ!!」
「は、はい!!」
「わ、分かりました、竜騎士さまッ!!」
「……あ、ああ……なんて、ことだ……っ。いつ殺されるか、分かったもんじゃねえよう……っ」
「その通りだ。生殺与奪の権利は、こちらにある。それで、素直になった口で教えてもらえるか?……貴様ら、どこの誰に雇われたんだ?」
オレの金色の炎を宿す瞳と目が合ってしまった男は、ガタガタと震えながらも、そのヒゲだらけの口を素早く動かしていた。
「あ、アルノアです!!……お、オレたち……『ラクタパクシャ』は……あ、アルノア伯爵に組織された、傭兵集団です……っ」
「ふむ!……アルノアと言えば、『アルノア査察団』とかいう、帝国本国からやって来たという連中のことか……」
ドワーフの長老戦士が、白いヒゲをもみながら、そう訊いてくる。
「ああ。そうらしいな」
「じゃが、どうして……?」
「……『メイガーロフ』の太守に任命されている、メイウェイの評判を落とすための工作だろう」
「メイウェイの評判を落とすか……なるほどな。その後、メイウェイの太守の座を、掠め取る気なわけだ、アルノア伯爵とやらは……」
「は、はい。おそらく、そんなところだと思います……お、オレたちは……とにかく、金で雇われただけの傭兵なんだ……ッ。山賊のフリをして、商隊を襲撃すればいいと言われた……商隊の護衛や、スケジュールについては、前もって、教えられていたんだ」
「メイウェイの部下の帝国兵にも、アルノアの野郎と通じているヤツらがいやがったらしいな……」
「そいつは、きっと若い補充兵どもだろう!……ヤツらは、メイウェイと長い付き合いじゃねえらしいからなあ。ワシらと戦った、アインウルフの軍勢では、無いヤツらじゃろうて……」
「……付き合いが短いから、メイウェイを裏切ることに罪悪感が軽かったわけだ」
第六師団としての結束は、固いものがあるらしいが……若手は違うわけか。帝国の若者ほど、人間族第一主義に染まっているというのも、関係があることかもしれないな……。
とにかく。
大きな情報が手に入った。
『ラクタパクシャ』を操っていたのは、『アルノア査察団』の、アルノア伯爵……その理由は、おそらく、メイウェイ大佐を失脚させて、自分が新しい太守の座におさまる……そんなところだろう。
「……竜騎士殿、他に、コイツらに訊きたいことが、あるのか?」
「……『ラクタパクシャ』の残党が、どこに潜んでいるかは知りたいところだが……長くなりそうだし、『メイガーロフ』の地理に詳しくないオレよりも、アンタたちが尋問してくれた方が、手っ取り早そうだな」
「ああ。そうじゃろう。ならば、それについては、ワシらに任せてもらえるか?」
「わかった。そうしよう……そもそも、オレはコイツらじゃなくて、アンタたちに用があってこの大穴集落にやって来たわけだしな」
「ほう。なんじゃろうな?……なんでもいいから、言ってみい。ワシらは、たいがいのコトを、アンタのためにはしてやるつもりだぞ」
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