第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その15


 オレとレイチェルと、そしてキュレネイ。三人の猟兵は鋼の嵐へと化けた。傭兵どもを斬り捨てて、敵陣深くまで抉りに抉っていく!!


 戦況は大きく変わった。すでに数の上で傭兵どもを上回っている。数で勝り周囲をドワーフの戦士に包囲されつつある傭兵どもに対して、オレたち三人は、その中心を攻撃することで殲滅を仕掛ける。


 猟兵が敵を屠るごとに、ドワーフの戦士たちへの圧力は減る。オレたちは攻撃力であり、囮であり、盾でもある。


 強さを使えるのは、そう長い時間ではないが……戦を終わらせるためのタイミングとしては、使う価値があるのだ。


 傭兵どもから圧が消え去っていく。戦線を維持するだけの戦力も気力も失い、彼らはゆっくりと後退するしかない。この長時間の戦いで、傭兵どもにはもう一つの不利が現れ始めていた。大穴集落は、かなりの暑い場所だ。


 熱気がこもりやすい大穴の中で、『メイガーロフ』に体が慣れきっていない外国人集団である傭兵どもは、体力を大きく消耗してしまっている。地の利が、ドワーフの戦士たちを祝福し始める時間帯になった。


 疲れ果て、心も猟兵の強さに砕かれる。そんな状況に陥ってしまえば、百戦錬磨の傭兵どもも戦うことをあきらめてしまう……。


 それでもドワーフの戦士たちは容赦しなかったが、やがて……鋼がぶつかり合う音が自然に静まっていた。


 死屍累々であり、炎まで放たれている、この地獄のような大穴集落の底で……オレたちは、どちらからともなく戦いを停止する。傭兵どもには、戦う力は残っておらず、ただ心身共に疲れ果てた貌を晒しながら……ドワーフの戦士たちを睨んでいた。


 ドワーフの戦士たちも体力の限界だった。このまま戦いを続けることになれば、さすがのドワーフもぶっ倒れてしまいそうだ。


 ……そんなドワーフたちの中から、白く豊かなヒゲを持った老戦士が現れる。彼に敵と味方の視線が集まる中、彼は深呼吸をした後で、瞳に睨みを利かせると、大きな声で宣言する。


「……襲撃者どもよ!!よく聞け!!今なら、降伏を受け入れるぞ!!……お前たちには強制労働を科す!!鉱山を3年のあいだ掘り続けて、我々への謝罪とすると誓うのならば、その命だけは助けてやろう!!」


 3年の強制労働か。それで命を落とすことになる可能性は、かなりある。だが、今日ここで確実に死ぬことと選べるのならば、ヒトによっては地獄の3年間を選ぶ者だって出て来るだろう。


 傭兵どもの目が、右に左にと泳いでいた。目配せしながら、語り合っているのさ。自分たちが、どちらの選択をするのかを、相談したがっている。


 しかし、相談する時間をドワーフの長老は与えるつもりはないらしい。白いヒゲを荒々しく震わせながら、長老は再び、包囲して敵に向けて叫びを使い問いかけるのだ。


「……どうする!?虜囚の身になることを選ぶ者のみ、武器を捨て、前に出て来るがいい!!……その者だけを助けよう!!……そうでない者は、これから、我々の戦斧により死を刻みつけられることになる!!魂を、その疲れた身体ごと叩き割ってやろう!!」


「……オレは……死ぬのは、ゴメンだぜ」


 傭兵どもの中から、地獄の3年間を選ぶ者たちが出始める。彼らは、鋼を大地に捨て去って、両腕を上げたまま、自軍の奥底から歩いてくる。疲れ果てた顔に、3年間の強制労働の過酷さに対する怯えの冷や汗を垂らしながらも……生きることを連中は選ぶ。


 傭兵の生きざまとしては、正しくもある行動だと評価することが出来る。


 死ぬぐらいなら、生きるべきだ。


 それは動物として正しくもある。


「……ほら、ドワーフよ……拘束しろ……オレたちは、もう戦わん。アンタらの勝ちだよ……」


「ああ。手を出せ。枷をつけてやろう」


「……クソ……竜騎士か。人間族の裏切り者め……」


「我らが恩人を侮辱するなら、その舌を引き抜くぞ」


「……ちっ。いいさ……黙っていてやる」


 ドワーフに投降することを選んだ傭兵どもは、どいつもこいつも、オレに対して恨みがましい視線を向けて来やがる。だが、オレはそんな視線で気分を悪くするほどの可愛げがあるような性格はしていない。


 敵がそんな貌をするのなら、誇らしく受け止めるのが戦士の在り方だ。オレはニヤリと唇を歪ませながら、勝者らしく大きな態度になって投降する敵どもを見物していた。


「……団長、失礼なヤツを何人か見せしめにするでありますか?」


 キュレネイが物騒な言葉を使う。さすがは、『ヴァルガロフ・マフィア』の元・護衛ってところかもな……見せしめ。何ともマフィア的な単語であった。


「いいさ。ドワーフの強制労働で、たっぷりと酷使されるのも、ヤツらにはいい罰だからな」


「……イエス。それなら、見せしめはやめておくであります」


「そうだ。ドワーフの戦利品だからな、あいつらも」


 ドワーフ基準の『過酷な労働』……そんな日々を3年も送る頃には、ヤツらはボロボロになっているだろうさ。二度と、鋼を振り回せるような状態にはなっていない……。


 まあ、コイツらの『本音』は、近いうちに帝国軍がこの土地の亜人種たちを滅ぼすのを待とう……というは腹づもりなんだろうがな。


 生き残っていた傭兵どもの半数が、ドワーフたちに投降していった。残りの半分はガンコ者だったり、ドワーフの約束を信じていない連中ばかりだ。


 比較的、若い世代が多く見える……オレは疑問を口にしていた。


「……お前らの多くは、帝国人か?」


「……そうだ」


「帝国軍から脱走して、『ラクタパクシャ』に入ったのか?」


「……お前に、話す必要は無いだろう」


「それは無いがな。せっかく、戦って死ぬ覚悟を決めたついでに……お前たちが何のために戦ったのか、どこの誰かぐらいは言い残せ。戦士として、何も残さず死に絶えることは辛いだろう」


「……っ」


「……若いヤツらを、たぶらかさないでくれるか、竜騎士ソルジェ・ストラウス殿よ」


 傭兵どもの中でもベテランの男が、深手から流れる出血のせいで、すっかりと青ざめてしまった顔を、オレに見せつけながらそう言ってくる。


「余計なお世話だったか?」


「……まあ、そんなところだ」


「これから殺されてしまう傭兵が、守秘義務を貫く必要もないだろう」


「……そうだが、どうせなら……すぐに殺せよ。話していたら、迷いが出る。オレたちが投降しないのは……ドワーフを信じられないからだ。オレたちが出した被害を考えれば、オレたちの命を奪わないとは、考えられない……」


「我々、『メイガーロフ・ドワーフ』は、約束を守るぞ、襲撃者。死にも等しい苦しみを与えてやることで、我々の心は癒やされもするのだからな」


「……その労働の果てに、潰れるように死ぬのも……傭兵みたいな生き方をして来たオレたちには辛すぎるんだよ。どうせなら、戦場で死にたい」


「……悪くない発想だな。ソルジェ・ストラウス殿よ……詳細は、コイツらからではなく捕虜どもから訊くとしよう。それでも、いいだろう?」


「ああ。コイツらは、『良い傭兵』として死にたいらしいからな。死に方ぐらい、選ばせてやってもいいさ。それぐらいの慈悲は、オレにもある」


「そうか……ありがたい……いいな!!若いヤツら!!……傭兵ってのは、依頼主の命令を全うして、大金もらって殺すんだ!!……死ぬときも……こちら側に残ることを選んだお前たちならば、傭兵としての忠を示せ!!我らの命を買った金に、誠意を捧げろ!!」


「了解です!!」


「オレたちは、最後まで……傭兵であることを、選んだんだ!!自分で、選んだ!!誰の命令でもない。オレたちは、オレたちの生きざまを、見せつけたんだ!!」


「……そうだ。それでこそ、傭兵らしい死にざまだ……さあて、ドワーフ諸君……やるがいい。オレたちには、もはや戦う力は残っていない。どうせ死ぬのなら……君ら敵の振るう武器で、死にたいのだ」


「良い心がけじゃ。皆の者!!鋼を構えろ!!……傭兵どもに、死を与えてやるぞ!!最後まで、傭兵として生きて、死ぬがいい!!邪悪なる襲撃者どもよッ!!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る