第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その17


 戦場で培った絆は、政治的な束縛が薄いため、長期間の絶対的な約束を築くことには、正直なところ向かないだろう。


 国家や集団は、政治的な根拠に基づいて行動を選んでいる。戦場で築かれた戦士同士の絆というものは、あくまでも個人の約束であり、集団の全ての総意を代表しているわけではない。


 大穴集落のドワーフたちは、人間族の『ラクタパクシャ』に襲撃された。人間族であるオレを無条件で信じてくれる者は少ないだろう。


 ただでさえ、ドワーフは疑り深く、一途でガンコだ。自分たち以外の存在を認めることは、かなり稀である。


 ……オレたちヨソ者を信じることを、リスクだと彼らの半数以上は考えているだろう。グラーセス王国の貴族戦士だという言葉では、疑い深くなっている彼らを説得するこは難しい。


 オレと大穴集落のドワーフたちを結びつけるのは、先ほどまでの血なまぐさい戦闘であげた武勲のみか……戦場の絆。短期間だけは作用する、その瞬発的な輝きを持つ信頼に、全てを託すほかない。


「……長老よ。実はオレは、この大穴集落に住む『メイガーロフ・ドワーフ』たちの力を借りに来た」


「……ふむ。我らは山賊だということを、理解しているな?」


「元々は、『メイガーロフ』の自警団でもあるわけだろ?」


「まあ、そうじゃがな。しかし、ちゃんと山賊稼業もしている。我々の縄張りを侵そうとする者に対してのみ……だがな。山賊としては、かなり良い子ちゃんかもしれんな。我々を、どう使いたい、竜騎士ソルジェ・ストラウス殿よ?」


「……『イルカルラ血盟団』に対する助勢だ。彼らの助太刀をして欲しかった」


 『イルカルラ血盟団』、その単語に、長老の大きな白い眉毛はピクリと反応していた。どういう意味がある反応だろうかな……。


「ほう。『イルカルラ血盟団』とな?……『メイガーロフ人』ではないそなたが、どうして連中の協力を願い出るのじゃ?」


「オレたち『パンジャール猟兵団』は、『自由同盟』のリーダーの一人、ルード王国の女王、クラリス陛下に雇われている」


「……ふーむ。『自由同盟』……ルード王国のクラリス女王か。強固な要塞都市であるアルトーレを、たった一晩のあいだに陥落させた猛者だな」


 クラリス陛下の武勇は、かなり広範囲まで轟いているようだ。『自由同盟』の名が広まれば、各地の反帝国勢力に勇気を与えることになるだろうし―――政治的な交渉能力も、クラリス陛下の名は帯びることになる。


 オレたちのような、『自由同盟』のスパイ……『非公式な外交官』としての行動力も増すというわけだ。


 もちろん、全てが良い方向に働くとは限らない。クラリス陛下の武勇が強まるほどに、彼女への警戒心も高まりはする。


 クラリス陛下が、反帝国の組織や土地、あるいは国家を、ルード王国の傘下に吸収しようとしているのではないか?……そんな不安を抱える者たちも現れ始めるだろう。強すぎる力には、誰しもが大なり小なり怯えるものだ。


「……そうだ。オレはそのクラリス陛下のもとで、『自由同盟』をより強大な同盟に組み上げるために、動いている……」


「なるほど。クラリス女王は、『メイガーロフ』で組むべき相手を、『イルカルラ血盟団』だと選んだわけか?」


「いや。陛下ではない。オレが、この土地に来て集めた情報に依存している」


「……さすがは竜騎士殿だな。『自由同盟』の盟主の代行者か」


「そんなに大きな力はないさ。だが、現実問題として、『イルカルラ血盟団』しか、この『メイガーロフ』で帝国と表立って戦い続けて来た組織はいない」


「ああ。我々は、メイウェイと交渉した。自分たちの土地の自治を認めさせたのだ。その代わりに、ワシらは適性な税金と鉱石を収め……帝国軍は、この土地への関与を避ける」


「理想的な交渉だな」


「そうだと思う。現実的に、それ以上の交渉はない。我々は、『ラクタパクシャ』の襲撃なんぞに苦戦するほどの戦力しか有してはいない。メイウェイは、『メイガーロフ』の安定には尽くして来た」


「……彼を評価するんだな」


「まあ、な。おかげで……この数年は、かつて巨人族どもが行っていた政治よりも、マシだったのだ。巨人族は、合理的な仕組みを好むが……ドワーフは、自由を愛している。反りが合わんところは、どうしたって出て来るんだ」


 メイウェイの評価は、どこに行っても高いと来ている。


 たしかに、彼は名君なのかもしれないな……帝国人とは思えないほど、亜人種たちに甘く、彼らの自由と自治を許してきた。それが『メイガーロフ』の安定に貢献してはいるが……その政治は、帝国人としては異端である。


 それゆえに、帝国の主流派には嫌われていて……今では、アルノア伯爵の策略に踊らされているのだが……。


「……過去の経緯はともかく。『イルカルラ血盟団』は、バルガス将軍は……この土地から帝国を追い出すために戦い続けて来たのは事実だ」


「……そうじゃな。それは、認める。バルガスめは、愚直なまでにマジメな男だ。軍人としては正しいが、それゆえに、我々、異なる勢力の力を取り込むことは不得手であったよ……」


「その点は、メイウェイの方が上手そうだな」


「残念なことにな。バルガス将軍は、生まれる時代を間違えたのだ。平穏な時代であれば……秩序の番人として国を安定させたのだろう……」


「乱世には、向いていない指導者だと?」


「……乱世の『メイガーロフ』にはな。我々のような血の気の荒い者たちでさえも、『イルカルラ血盟団』に合流することはなかったのだ」


「不器用な生きざまを貫いている男か」


「そうだ。だが……ソルジェ・ストラウス殿は、彼を評価しているようだな」


「ああ。帝国に屈せず、戦い抜いた男には敬意を支払うさ。その結末が、さほど素晴らしい結末でなかったとしても、その過程を貶すことは、オレには出来ん」


 大陸の95%だ。そんな広大な土地を支配するファリス帝国に対しては、そもそも勝利する方が困難なことなのである―――バルガス将軍は、戦い抜いた。そこに、彼の価値はある。


「……我々に、どう動いて欲しいと考えておるのじゃ、ソルジェ・ストラウス殿?」


「……今夜、バルガス将軍たちの一部は……主に、疲れ切った古参兵たちがだが、彼らは『ザシュガン砦』に対して特攻を仕掛ける」


「……バルガスめ。とうとう、死ぬ気になったか」


「そういうことだ。バルガス将軍は、その特攻で帝国軍を叩くつもりだ。状況次第ではあるが、メイウェイの首も狙う」


「『イルカルラ血盟団』の古強者どもが特攻か……それならば、メイウェイの首に手が届くかもしれんな」


「可能性はある。しかし、不確実だ」


「……その特攻の手伝いをしろと?」


「ああ。『メイガーロフ』を、『メイガーロフ人』の手に取り戻そうとする大義ある戦いだ。参加する勇者を募ることは、見当外れの行いではなかろう?」


「たしかにな……しかし……」


「……ああ。あまりにも、大穴集落の被害は大きい。君らの助力を得ることは、困難なのではないかと考えているよ。君たちほど、頼りになる戦士はいないのだがな……」




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