第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その37


 友情を築けたような気がする。やはり、酒は偉大だなと実感するよ。オレはバルガス将軍の瞳に視線を合わせると、友人としてのアドバイスを行う。


「……特攻ってのは、分が悪いぜ。浮き足だった戦士たちは、冷静さを欠く。激しさや勢いはあるが……敵が冷静な守備を敷いている場合は、効果が薄くなってしまうもんだよ」


「ああ。分かっている。揺さぶりが必要だ」


「我々および、『ラクタパクシャ』対策をするために、『ラーシャール』へとメイウェイは北上している。『ガッシャーラブル』においては、『自由同盟』対策もしている……」


「『ガッシャーラブル』では、山賊の襲撃があったそうだぞ。エルフ族の山賊たちに、帝国兵が襲われた」


「……まさか?彼らは、そんな性格をしては―――」


 言葉が途切れていたよ。想像がついたらしい。さすがはオレの新しい友人だってことだな。


「―――君たちか」


「ああ。『太陽の目』の連中と交渉した。『自由同盟』が南下した際、『ガッシャーラブル』で彼らに対する虐殺を帝国軍が行う可能性があるからな」


「近隣の山賊たちにも『協力』してもらったわけか」


「そうだ。帝国軍の意識と戦力を分散するためにな……その工作のおかげで、帝国軍は山賊たちに『自由同盟』が戦力を提供していると考える」


「帝国軍からすれば、山賊たちは君らの尖兵か。自警団的な性格である『太陽の目』よりも、警戒と対策を優先すべき存在となるだろうな」


「『自由同盟』の本隊と連携されたら、厄介だと考えるだろうからな」


「うむ。『メイガーロフ』に陣取る帝国軍は、ベテランが多い。新兵よりも、慎重になり敵の連携にこそ警戒心を露骨にする」


「……バルガス将軍よ。この情報も、有効に使ってくれるか?……襲撃したのは、昨夜だからな。『ラーシャール』にメイウェイがいるなら、彼に届いているぞ」


「……ふむ。メイウェイならば、とっくの昔に反応している頃だな……」


「北に戦力や意識を振り分けると思うか?」


「そうするだろう」


「……『太陽の目』を、あらかじめ虐殺しようと考えるか?」


「……そう、だな…………」


 長い沈黙が訪れる。バルガス将軍はヒゲの生えたアゴ先に指を当てたまま、虚空をじっと見つめて思考を巡らせているようだ。長年のライバルであり、有能だと認めた男……メイウェイ大佐。ヤツがどんな行動を選ぶかを、考えている……。


 緊張感に満ちた時間で、カミラは膝の上に手を置きながらバルガス将軍の言葉を待っていたよ。おしゃべり野郎であるオレも、無言のまま、新たな友の邪魔をすることなく時間が過ぎるのを待った。


 やがて、百秒近く考えた後で、バルガス将軍は断言する。


「……虐殺は、しないだろう。ギリギリのタイミングまでは、待つさ」


「メイウェイの倫理観ゆえにか?」


「それもあるが、彼は、敵を増やしたくない」


「……なるほど」


「あ、あの。どういう意味っすか?」


「メイウェイは、帝国軍内部に敵がいるのだよ、お嬢さん。そして、我々、『イルカルラ血盟団』に『ラクタパクシャ』、あとは『自由同盟』……北部の山賊にも警戒を注ぐ必要がある」


「そ、そうっすね。だから……これ以上、敵を作りたくないってことっすか?」


 自信に満ちているという言葉ではなかったものの、カミラは自分なりの考えを口にしていたよ。


 バルガス将軍は微笑みで答える。


「そういうことだ。彼が恐れる『新たな敵』とは……これまで、彼が友好的な関係を築くことに腐心していた、この土地の民衆に他ならない。『太陽の目』の穏健派どもは、民衆を守って来た。そんな彼らを虐殺すれば?」


「……メイウェイへの見方が、ずいぶんと変わってしまうっすね」


「そうなるだろう。民衆がメイウェイへ抱いていた信頼は消え去る。メイウェイを信じられなくなれば、この国の民は反乱を企てるだろう。それこそが、メイウェイが思い描く最悪のシナリオだ。『メイガーロフ人』の一斉蜂起……その旗印は、私ではなく―――」


「―――ドゥーニア姫か」


「そうだ。彼女ならば、君らからも、より多くの戦力を引き出せるらしいしな」


「ああ。間違いなくな。彼女とならば、『自由同盟』は共存することが出来る」


「ハハハ。やはり、逸材だな、あの子は。私が見込んだだけのことはある。私よりも、はるかにこの国に貢献することが出来ている」


 バルガス将軍にとっては、ドゥーニア姫は自分が育てたような存在なのだろう。弟子であり部下であり、ガミン王政権の大臣の娘……そして、『メイガーロフ人』に人気のある『狭間』か。


 ……バルガス将軍が、見出し、育てた。あるいは、もっと露骨に言えば、バルガス将軍が『作り上げた逸材』……当人の人気は悪いが、政治的な手腕が低いだなんてこと、言えやしないな。


「……彼女は、どこにいるんだ?」


「ここにはいない。現在は、別行動中だ」


 本当だろうか?


 一瞬、疑ってしまったよ。だが、まあ、その言葉が真実だろうが虚構だろうが、問題はない。伝えておくべきことを、伝えておけば問題はないさ。


「……いいか、バルガス将軍。状況次第では、彼女を……ドゥーニア姫をオレたちに託せばいい。オレたちには、竜がいるんだ。数時間の内に、『アルトーレ』にいるクラリス陛下の元へ、彼女を運ぶことも容易い。彼女の安全は、絶対に確保することが出来る」


「……考えておく。しかし、彼女は『メイガーロフ』から出たがりはしないさ」


「この土地を奪還することに、命を賭けているわけか?」


「……まあ、そういうことだな」


 ……なんだか、それ以外にも理由がありそうな口ぶりだったが、追及することも出来ないか。バルガス将軍は、話したくないことを口にするような男ではない。それぐらいは、オレには分かる。


「さてと。オレの伝達事項は、もうこれぐらいかな」


「ああ。私のような『嫌われ者』と話すべきではない。『自由同盟』の交渉相手は、次のリーダーでる、ドゥーニアと行え。そうすれば、『自由同盟』も我々を、ただの盾として消費することは出来なくなるようだしな」


「お互いの組織のためには、それがベストだろう」


「……素敵な言い回しだよ」


「……ああ、オレの感情は、含まれちゃいない言葉だ」


「さすがは、私の『友人』だよ。私のことを考えてくれるのならば、そういう対応をして欲しいものだ」


「アンタには、協力要請を無下に断れたように見せかけるさ。実情は、クラリス陛下には伝えさせてもらう。アンタは……『メイガーロフ』のためだけに生きた、真の戦士だとな」


「ハハハ。真の戦士か。まったく、ストラウス卿と話していると、よく笑うことが出来るものだな」


「そいつは良かったよ」


「ああ、とても良い出会いであった」


「……死ぬなと言いたい。だが、止めておくよ。アンタの生きざまを全うさせてやるのも、オレの仕事かもしれないしな」


「そう言ってくれると、実に助かる」


「……だから、オレにしてやれることは一つだけだ」


「何かな?」


「アンタたちの特攻を、手助けしてやろう。竜の機動力があれば、オレたち『パンジャール猟兵団』は、どこでも自在に攻撃することが可能だ」


「……ふむ」


「止めやしない。決意やプランが固まっているのなら、特攻の邪魔もしない。しかし、オレは友にだけ特攻させるほど、薄情者でもない。せめて、それぐらいは手伝わせてもらうぞ。アンタたちへの手向けとしてな」




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