第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その38


 バルガス将軍と『イルカルラ血盟団』のベテランたちが特攻するというのなら、それが変えられないというのなら―――せめて、彼らには大勢の敵を巻き込んでから散ってもらうことにするさ。


 それが戦士としての最高の名誉だということを、ガルーナの野蛮人であるオレは理解しているんだよ。


「どうだ?……オレたちの攻撃力と、潜入能力はアンタたちの援護をしてやれるハズだ。恩に着せるつもりじゃない。あくまでも、オレたちのためというのが本音なんだ。帝国軍の被害は、『自由同盟』のメリットなんだからな」


「……確かに、その通りだな、ストラウス卿よ」


「オレたちは、あくまでも公式には接触してはいない。これは公的な記録には残らない作戦だ。アンタの評判を上げも下げもしないだろう……帝国軍に対して、最適の嫌がらせを何か知らないか?高度な潜入能力と、少数精鋭による破壊工作。それを何処にでも仕掛けられるとしたら……?」


「……もちろん、ある」


「それはどこかな」


「……この地図を見てくれ」


 バルガス将軍はそう言いながら、卓上に一枚の羊皮紙を広げていく。それは『メイガーロフ』の地図……しかも、『イルカルラ砂漠』の地図だったな。


「……砂漠の地図……っすか?」


「ああ。そうだよ、お嬢さん。あまりにも殺風景で、あまりにも特徴が少なく、地元の民ですら遭難することも少なくない、『イルカルラ砂漠』のそれだ」


 特徴が少ない、か。


 まさにその通りだったよ。川や森や丘だとか、道さえも無い。平坦な描写と、距離を表す数字が書き込まれた地味なものである。


「平らが過ぎる。地図というよりは、もはや海図に似ているな……」


「……その考えは正しいだろう。『イルカルラ砂漠』は、広く……平坦だ。まるで、海のようだとは、南から来た者たちの口からよく聞く言葉だな」


「『内海』から来た連中か」


「私の祖先も。伝え残している。彼らは奴隷船から逃げ出して来たのだ」


「……そうだったな。ここは、逃亡奴隷たちが多く逃げ込んで生まれた国だった」


「ああ。武国が在りし頃は、先祖たちの苦難に応えるために、『内海』で盛んな奴隷貿易に対しての攻撃も行っていたものだし……彼らの逃亡を助けて来たが……今は、もうその『正義』を行う余力もない。情けないことだ」


「気負いすぎることはない。帝国軍と戦っているだけでも、亜人種の奴隷を誘拐しようとする帝国人は減っているさ」


「……そう願う。まあ……かつての任務については、今は語るべき時でもない」


「貴重な歴史を聞けた気持ちだが、その通りだな」


「メイウェイという男は、人心掌握に長けている。この『メイガーロフ』の歴史も把握しているからこそ、彼は奴隷制度をこの土地に導入することはなかった」


「奴隷さんたちで作られた国っすからね。そういうコトをすれば、皆が反発したわけっすか……」


「彼は、そういう細かな気遣いを政策に反映できる、器用な政治家だ。いや……政治というよりは、たんに彼の性格なのかもしれない」


「亜人種の奴隷制を嫌うか」


「……アインウルフが率い、メイウェイが所属していた帝国軍の第六師団には、多くの亜人種の兵士たちがいたと聞く。戦友たちを裏切る行為はしたくないのだろう」


「……この国の民に好かれる性質は持っている」


「そうだ。彼は、おそらく善良な帝国人だ。しかし、それは現在の帝国人の主流な考え方とは、大きく異なっている」


 人間族第一主義。そういう考え方とは、たしかに真逆な男だな。それゆえに、メイウェイは政敵に対して貧弱なトコロが存在しているわけだ。


「メイウェイの部下からの支持は強固なものがあるが、帝国本国や、悪帝ユアンダートの主張に共鳴した若い人間族からの支持は薄いものがある……私は、そう分析している」


「オレもだよ」


「……ストラウス卿もそう考えているとすれば、おそらく私の予想は外れてはいまい」


「……こんなハナシをするということは、帝国本国からのメイウェイに対する評価を下げる方法でもあるのか?」


「そうだ。『ラーシャール』の西に12キロ……ここには、帝国本国から派遣された査察団がいる」


「……査察団?」


「『メイガーロフ』地域の人種政策の『出来映え』を評価しようという、メイウェイにとっては目の上のたんこぶのような連中だ」


 人種政策の評価か……『メイガーロフ』の全てを見て来たわけではないが、少なくとも『ガッシャーラブル』では人種は共存しているように見えた。帝国支配地域では、亜人種のことを毛嫌いする人間族であふれているというのにな……。


「……人種の共存について、否定的な調査結果を出すための組織ということか?」


「そういうことだ。帝国本国からすれば、この『アルノア査察団』……ああ、アルノア伯爵という人物が団長をしているんだ。とにかく、この『アルノア査察団』は、メイウェイの太守としての政治活動の全てを否定するために、帝国からやって来た存在だ」


「全てを否定するためっすか?……何か、調査して決めるとか、そういうのでは?」


「悪帝ユアンダートは人間族至上主義者で、その他の種族を嫌悪している。それが政治的な原動力となり、彼を支えているんだ。アルノア伯爵は、熱心なユアンダート信者の一人。強烈なまでの、差別主義者だよ」


「……それだと、マトモな調査とかしなさそうっすね」


「……困ったことに、メイウェイは有能な支配者でもあるからな」


 巨人族の単独支配であった武国の時代よりも、商業を栄えさせている部分もある―――もちろん、クラリス陛下が『アルトーレ』を陥落させたことで、帝国商人の撤退という状況にはなってしまったが……亜人種の民衆にまで支持されている帝国人政治家なんてのは、初めてだ。


「正確な調査結果を提出しても、悪帝ユアンダートも、帝国の政治家どもも納得はしないだろう。自分たちの政策では成せない、偉大な結果を貴族出身者でもないメイウェイは出してしまっているのだから」


「……自分たちにとって邪魔だから、文句をつけるためだけの査察団を寄越したわけっすね!」


 カミラはその卑劣で政治的な行動に対して、嫌悪と義憤を隠せないようだ。腕を胸の前で組み、鼻息が荒い。


「帝国は悪人ばかりっす!」


「……そうだね。だが、ユアンダートの政治力を維持するため、ユアンダートの支配体制を盤石とするためには……ある意味で、妥当な考えでもある」


 ……バルガス将軍は客観視になれているというかな。『アルノア査察団』における『効果』が具体的な有効さを持っているということを、彼は認めているんだよ。


 なかなか、感情が邪魔してしまうことだがな。邪悪なる手段が、正常な行為よりも力を持ち、悪意が事実を歪めてしまう―――それは、あまりにもアンフェアではあるが、政治というのは権力と金の取り合いでしかない。


 公平さなどにかまけて闘争に負ければ、権力と金を失う……善良な者が勝利することは難しい仕組みではあるな。戦と同じで、ヒトを利益に確実に導く感情は、善意よりも悪意だったりするものさ。


 ……ムカつくがね。それも、世界を構成する事実の一つじゃある。


「……さて、我が友、バルガス将軍よ。オレに、『アルノア査察団』のハナシを聞かせてくれたということは?」


「もちろん、君たち『パンジャール猟兵団』には、彼らを襲撃して欲しいからさ」


「で、でも。査察団って、役人とかなんじゃないっすか?……そんな連中を倒しても、将軍たちのサポートになるんすかね……?」


 カミラの質問は的を射ている。だが、オレは査察団を攻撃することが、バルガス将軍たちの特攻を援護しないとは感じていなかった……まあ、本人の口から答えを聞かせてもらえればよいことだ。


 黙ったまま、目玉を動かしてバルガス将軍を見つめる。彼の乾いた唇が動いたよ。


「査察団と言うものの、文官はいない。調査結果など、最初から決まっているのだからな。かなりの戦力を有している。有能な騎士が30人ほど。そして、その護衛として、メイウェイが自軍の兵士を20人派遣している」


「50人の有能な戦士たちか」


 護衛としては、十分な戦力じゃある。というか……少々、多すぎるような気もするな。騎士30人。一人頭の食い扶持を払うのだって、大変な出費だろうがな……政治屋ってのは、そんな無駄金を支払いたがるものだろうか?


「精鋭ぞろいだ。こいつらを処分してくれるだけでも、十分な戦果とも言えるし……ここを攻撃してくれたら、メイウェイは戦力を割くことになる」


 『アルノア査察団』は、アルノア伯爵とやらが指揮している集団だからな。帝国貴族を守ろうとする義務は、帝国軍人には存在している。過剰なほどの戦力を、『ラーシャール』から『アルノア査察団』の拠点に派遣するだろうな。


 腹は読めてきたよ。


 戦術の基本は、戦力を集中させることだ。その逆をやろうとしているんだよ、バルガス将軍はね。


「帝国軍を分散させる。メイウェイは、我々、『イルカルラ血盟団』、残虐なる『ラクタパクシャ』、『自由同盟』と組んだ可能性のある北部の山賊に加え……自分たちに否定的な『アルノア査察団』の防衛という仕事まで与えられる」


「嫌いなヤツらを、自分の手で守るのか。このクソ忙しい時期に」


「ああ。士気も体力も削られるだろう……全滅させろとまでは言わない。『アルノア査察団』を攻めてくれるか、ストラウス卿よ」


「もちろんだ。たかが、50の敵戦力……オレたちなら、全滅させることは難しくはないだろう」


「……分かった。それほど余裕があるのであれば、アルノア伯爵を生きて捕らえるといいだろう」


「帝国貴族を人質に取ると」


「……あの男は、査察団以外の政治工作もしているかもしれん」


「……『ラクタパクシャ』の首謀者だと踏んでいるのか」


「可能性はある。アルノア伯爵が来てから、ヤツらは活性化した。そして、アルノア伯爵は巨人族を嫌い、『ラーシャール』から離れた砦に住んでいるが……その補給物資を運ぶ商人たちは、『ラクタパクシャ』の攻撃を受けたことがない。カジム殿のハナシではな」




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