第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その24
……『トラッカー/呪い追い』の準備は完了したよ。
じゃあ、このまますぐに『イルカルラ血盟団』を追いかける―――ということにはならない。腹が減っているんだよ。もう、とっくに昼を過ぎているからね……。
体力も消費しているしな。坑道の探索と、『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』との戦い……まあ、それらよりも、それの解体作業の方が疲れてはいるがな。色々とこなしているあいだに、腹は減ってしまっているのさ。
腹が減っては戦も出来ない。
『イルカルラ血盟団』が、『自由同盟』に対して、どんな態度を示してくるかは不透明である。『自由同盟』に同調してくれる者もいるだろうが―――それらが主流派だと断言するに至る根拠は足りていないからね。
むしろ。
バルガス将軍という男のガンコさを想像するに、彼は自分たち『メイガーロフ人』……特に、『メイガーロフ武国』の旧・支配者層であった、巨人族の軍人階級たちで帝国との戦いを継続したいと望んでいるようだ。
……というよりも、すでに敗北を悟り、有終の美を飾るつもりでいるような気がしているんだよな。露骨に言えば、彼は帝国軍相手に刺し違えて死にたいと考えているんじゃないかということだ。
……彼の哲学として、それは正しいものかもしれない。そして……その行為が、この戦いにもたらす、大きな正の影響も存在しているのは確かなんだよ。
彼の特攻はこの手詰まりな状況において、『未来』を手繰り寄せる最高の手段なのではないかと考えているのさ。
それは悲しい行いだが、この状況では一種の正しさがあるということを、オレは理解しているつもりだ。
バルガス将軍という男が、真の戦士であるのならば……最終的にそれを選ぶかもしれない。軍人ってのは、政治屋だからな。己の悪評と、己の利用価値ぐらい、分かっているような気がしているのさ……。
……腹を決めていそうな彼に、彼が好まないであろう国外勢力である『自由同盟』の傭兵が接触するということは、リスクを伴う行為だ。彼は、オレに対して有効な態度を取ってくれないかもしれない。
……政治的な行為としても、そうする可能性がある。彼は、自分のキャラクターってものを、よく理解していそうだからね。帝国軍との戦いで、敗北を識ったんだ。かつてほど愚直な将というわけではあるまいさ……。
勝利以上に、敗北こそがヒトを磨く。オレはそう信じているのさ。勝利しか識らないあいだは、視野が狭くていけねえ、若造だってことだよ。
「さーて。メシだメシ!!……どうにも厄介そうな交渉相手に挑む前に、カレーを食うぞ!!」
「はい。お腹、空いてしまっていますものね」
「そうだ!!……なかなか、ハードな戦いになる……まあ、連中もせっかく隠れたんだ。日中の内には軍事行動を避けるだろう」
「そうですね。彼らが行動を起こすとすれば、間違いなく夜だと思います。その方が、より多くを巻き込んで死ねます」
巻き込んで死ねます―――か。オレの妹分らしい、いい言葉だ。ククル・ストレガの賢さも、追い詰められた『イルカルラ血盟団』が選びそうな手段を、特攻だと断じているようで安心する。
……彼らは、負ける定めにあるし、バルガス将軍たちも理解しているだろう。オレたちの想像が正しければ、彼らの特攻を止めるのは野暮ってものでもあるかもしれないが……『自由同盟』の使者として、クラリス陛下の傭兵として、生きている間に会わねばな。
「ソルジェさまー!ククルちゃーん!」
カミラがオレたちを呼んでいたよ。ククルと同時に砂漠から目を離し、走ってこの場にやって来るカミラに対して振り返るのさ。
うちの『吸血鬼』さんは、いい笑顔をしていたよ。太陽の日差しを浴びながら、ニコニコとしているんだ。その口元には、長い『吸血鬼』の白い牙が輝いている。健康的な『吸血鬼』ってのを、多くの者は想像することが出来ないだろうが、オレの目の前にいるよ。
「……おう。どうした?」
「カレーが、今一番いい状態に至ったらしいっすよ!」
「レイチェルもカレー・マニアなのか」
「意外とカレーが好きだったみたいっすね。たまにしか作らないみたいっすけど。地元じゃスパイスたっぷりの料理が多かったみたいっすよ?」
「……『人魚』の地元って、スパイスが豊富に取れるのか?」
「……意外ですね!」
……意外というか、なんか冗談なのかもしれない。からかわれているような気もするなあ……。
「とにかく!これから15分以内に食べて欲しいというのが、レイチェルのメッセージなんすよ!!」
「そうか。そいつは楽しみだな!」
「はい!楽しみです!」
「さあさあ、こちらへどーぞ、二人とも!」
カミラに手を引かれて、オレとククルはレイチェル・ミルラ特製カレーを食べるために、移動を開始する。
……捨て置かれた拠点とはいえ、数週間まではヒトが使っていた場所だからな。炊事と食事を行うに適した施設は残存している。オレたちが錬金術をしていた小屋と同じようにな。
東側の斜面にあるのが、かつての鉱山労働者たちのための宿泊施設……この大きめの小屋で、食事を作り、睡眠を取っていたようだ。そして、『イルカルラ血盟団』にとっても、それは同じだったようだ。
損傷が少ないし、あちこちに手直しがされている。
この小屋の居住性は、かなり高い。どこまでも快適だとは言わないし、あちこちから砂が大なり小なりは侵入して来てしまっているが……十分な清潔さはある。少なくとも、傭兵や旅人の感覚としては十分にキレイな施設だよ。
今では、ここが『人魚』、レイチェル・ミルラの臨時レストランとして機能しているのさ。
キュレネイとガンダラも来ているな。6人全員、レイチェル・カレーの『旬』を逃すことなく味わうことが出来そうだよ。
「さて。皆さま、この瞬間に間に合ったこと、さすがに幸運に恵まれていますわね」
「幸運か」
「悪運をも凌駕して、今まで生き抜いてまいりましたので。私たちは幸運なのですわ、リング・マスター」
「……たしかにそうだな。こうして、オレには『家族』と呼ぶべき者たちが周りにいてくれるのだからな」
「ウフフ。そういうことですわ。やはり、カレー・ライスは家族で食べるべき料理です。サーカス団でも、よく作りました」
「サーカス団も『家族』だろうからな」
生業として技巧を磨き、それを披露する―――強い絆がなければ、その集団生活には耐えられないだろう。
「とにかく。今は、一刻も早く食べていただきたいですわね、このトマト・カレーを!」
天才サーカス・アーティスト、レイチェル・ミルラは基本的にドヤ顔で日々で過ごされているのだが、今はそのドヤ顔がいつにも増して情熱的というかな。自信がみなぎり、力にあふれているというか……?
相当に美味いのだろうな……レイチェル特製のトマト・カレー。
彼女は鍋のフタをあけるよ。さすがは天才アーティストだ。その所作まで美しく見えたよ。そして、スパイスたっぷりのカレーの香りが、レイチェル・レストランに広がっていく!!
いや。スパイスだけではない。トマトの酸味も感じるな……新鮮なトマトを煮込んだ時、それは爽やかな酸味を放つもんだよ。
カレーのスパイシーで食欲を刺激する香りの中に、たしかな爽やかさが存在していたのさ。それが、よく煮込まれたトマトだ。いや、ただグツグツと煮込めばいいわけじゃない。鮮度を損なわない程に、絶妙なバランスで煮込まれたそれがある……。
レイチェルは米の入った皿に、そのトマト・カレーを注いでいく。カミラも手伝っていたな。キュレネイの皿には、最初から大盛りであるのは我々の間では周知徹底された約束事であった。
「……おー。美味しそうであります」
「ああ、ムチャクチャ美味そうだよ」
「リング・マスターの仰る通りですわ。さあ、皆さまどうぞ召し上がれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます