第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その25


 我々の豊かな昼食が始まる。


 キュレネイ・ザトーが先陣を切るのさ。どこからか取り出した、マイ・スプーンを銀色に輝かせて、湯気と香りが立ち上るトマト・カレーにスプーンを突っ込んでいたよ。


 カレーとライスの合わさった、その素敵な場所……カレーとライスが5対5のところさ。キュレネイはその最も美味しいであろう部分にスプーンを突っ込んで、ゆっくりと持ち上げて行く。


 風に香りが乗る。ああ、クミンの香りが強くていい。食欲がそそられて、胃袋が可愛らしく、キューっと鳴いてしまうよ。


「いただきますであります」


 丁寧な言葉と集中力を用いて、食いしん坊美少女さんであるキュレネイ・ザトーは、そのトマト・カレー・ライスを口へと運んでいた。


 パクリ。


 キュレネイはモグモグと幸せな動きで、それを味わい始める。いつも無表情な彼女は、この瞬間も無表情ではあったが―――オレには分かるよ。彼女の団長だからね。キュレネイの瞳が輝いているのさ、『大いなる感動に私は遭遇した』……瞳でそう語っているよ。


「美味しいでしょう、キュレネイ?」


 常にドヤ顔モードで生きている、天才『人魚』サマは、勝ち誇った表情で美貌を輝かせていたよ。


 キュレネイは、うなずく。


 モグモグしていたものを飲み込み、語るのだ。


「とんでもなく、美味いであります。コレは、もはや店で出すべきレベルであります」


「ウフフ。そうですわね。それぐらいは、美味しいですわよ、私が作ったトマト・カレーなのですもの」


 圧倒的な自信に満ちたセリフを耳にして、オレの食欲はガマンの限界であった。


「食べるぜ!」


「ええ。どうぞ」


 猟兵たちはトマト・カレーへとスプーンを伸ばしていく。ああ、このカレー……香ばしい。食べる前から絶対に美味いを分かるレベルのシロモノだし、キュレネイのグルメ鑑定で『プロ並み』と称されたのだから、当然に美味い。


 野蛮人としては、ガマンが出来るはずもない。スプーンに乗っているカレー目掛けて、噛みつくような勢いで食べちまうのさ。


 ……まず舌が感じ取ったのは、スパイスの辛さだった。そして、次に来るのがトマトの豊かな酸味だ!!


 辛さを通り越すように、酸味の波が口の中に広がっていく。分かるよ、思い知らされるのさ。無水のトマト・カレーならではの、圧倒的な酸味。そいつが舌を痺れさせて、豊かな酸味がもたらす美食の衝撃が心の奥にまで届いていく。


「むちゃくちゃ、美味いぞッ!!」


「ウフフ。素直なリング・マスターですわね」


 『人魚』の美女には賞賛が似合うものだけど、オレは本当に頭を地につけてでも彼女を讃えてやりたい気持ちになった。実際にやると、レイチェルが女王サマ・モードとかになっちゃいけないからやらないけどさ。


 でも、本当に美味い。


 賛辞のための言葉が、頭から消えちまうほどだ。コイツを表現するには、たった一言で十分で、それ以外に相応しい言葉も見つかりはしないだろう。


 美味い。


 それに尽きたよ。


「……水を使わずに、トマトだけの水分で作るのが美味しさの秘訣ですわね。ケチらずにトマトをドーンと使うのです」


「たしかに、トマトの酸味がとても濃厚です。カレーのコクを、とっても深くしてくれているというか……っ。ちょっとした、感動ですよ、レイチェルさん!」


「レイチェルでよろしいのですわよ、ククル?」


 ……余談だけど、レイチェル・ミルラは若く思われたいらしく、年下の女子にでも『さん付け』を禁じていたりする。


 まあ、ククルはマジメだから、敬称を使わないってのは、難しそうだな。ちょっと困った顔になっていたよ。


「は、はい……レイチェル……さん。ああ、やっぱり、言っちゃいます、すみませーん」


「まあ、おいおい慣れてもらいましょう。しばらくは、さん付けを許可してあげますわ、ククル」


「は、はい。慣れたら、そう呼ぶようにいたします……でも、本当に、美味しいです。このトマト・カレー」


「ありがちですけれど、蜂蜜とヨーグルトを入れるのも秘訣です」


「蜂蜜!……あー、『メルカ』の懐かしい気配を感じられたのは、それのおかげなんでしょーか……っ」


「ククルは蜂蜜が好きだと、カミラから聞いていましたので。少し多目に入れるようにしましたわ」


「ええ!!私のためにですか!?あ、ありがとうございます、レイチェルさーん!!」


 ククルは感動しているな。これで、レイチェルと呼び捨てにする日が遠ざかったような気がするよ……。


「いいんですのよ?……私のレシピの研究にもなりましたから。トマトとヨーグルトの酸味も、すべてはコクを強く舌に感じさせるため……いい修行になりましたわ」


「さ、さすがです、これが『パンジャール猟兵団』の猟兵たちの向上心……っ。スゴいです、レイチェルさん!!」


 なんだか、そこで感動してしまうと、我々、『パンジャール猟兵団』が料理家の集団のようにも見えてしまうな。


 でも。


 本当にこのトマト・カレーは美味い。


 辛さと甘みと酸味とコクと……本当に全てがそろっている。調和の取れたカレーだよ。ああ、感動するし……ちょっと嫉妬もするな。レイチェルめ、料理の腕も天才的だな。オレの方が、より多く料理を作っているんだが……センスの違いか。


 スプーンに舌を押し当てながら、オレもこのカレーをいつか再現してやるぞと心に誓いを立てていた。料理は、日々を楽しく暮らすために必須な技巧だよ。安くてマズい食材でも、努力次第ではそれを口にしていることに感動することだって出来る。


 殺伐とした日々を過ごしている、オレたち『パンジャール猟兵団』……殺意と悪意の渦巻く戦場を住み処にしているオレたちだからこそ、『日常』ってものには執着するべきなのさ。


 美味い料理を舌で味わっているとさ。


 感じられるだろ?


 生きていることの喜びってものを。


 ……戦いばかりに心を奪われていては、殺すことでしか幸せを感じられなくなってしまいそうでな―――いや、本当のことさ。現に、昔のストイック過ぎたオレは、帝国人を斬り殺すことでしか、笑みを浮かべられなくなっていた時期があるのだからな……。


 あの時のオレは……間違っている。


 そう感じられるようになったよ、ガルフ・コルテスに導かれて、戦士という存在の暮らし方を教えてもらったのさ。


 復讐者ではあるが……それだけがヒトの全てじゃない。オレたちは、色々な側面を大事にしながら人生を楽しむべき動物なんだよ。そうでなくては、周りの者たちを不幸にしてしまう。自分も含めてね。


 そういうことを、オレは『白獅子ガルフ』に教えてもらった。あの酒呑みで、とても器用なジジイにね……ガルフほどには、まだ自由さを得てはいないが……『パンジャール猟兵団』の二代目団長としては、なかなか上出来にやれているんじゃいかな。


 ……『家族』を作れたよ、ガルフ。


 戦場での強さだけじゃなくて、戦場以外の場所でも、オレたちは幸福を楽しめるようになっている。ある意味では、オレよりも深い復讐に取り憑かれていた、あの踊り子さんも、こうしてカレーを作って笑えているんだからな。


 そういう笑顔を作れたのって、なかなか大した仕事を成し遂げた証だって思えるんだよね……。


 ククク!!


 ……こんな美味いトマト・カレーを食っているというのに、しんみりしていては勿体ないというものだな!


 オレはトマト・カレーにスプーンを運び、口にその至極の味を運んでいく。ああ、舌と歯が、美味しさの波に揺さぶられてしまうよ。


 本当にいい昼食だ。皆が、笑っているのだからね―――。




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