第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その23
錬金術について教えてくれるククルは、その説明をどこか楽しんでいるようだった。『メルカ』の『ホムンクルス』たちが継いで来た叡智を披露することが、誇らしいと感じているのかもしれない。
もしくは、彼女の言う通りに、オレとその叡智を共有することに喜んでいるのかもな。
光栄なことだと思いながら、蛮族のアホな頭にムリをさせる。がんばって、『星の魔女アルテマ』の遺した錬金術の秘技の一つを理解しようとしたよ。
……細かなことまでは、分からない。
もちろん、そりゃそうだ。錬金術の専門家ではないのだからな。それに、現代の本職の錬金術師たちでも、ククルの理論についていける者がどれだけいるのだろうか?
……難解な説明に圧倒されつつも、助手としては忠実に行動してみせたよ。どれぐらい秘薬を計量するだとか、十回かき混ぜて、とある秘薬を一滴だけ投入するというパターンに従って、錬金釜をグルグルしてみたりとか。
本当に忠実だった。
有能な助手であったとまでは、胸を張って言い切ることは難しいだろう。並みの錬金術師でも、オレの5倍ぐらいはククルの出す指示の意味が分かったはずだからな。
それでも、とにかく命令に対しては忠実だった。全て完璧にこなしたつもりであったが……。
「……オレの手伝いは、及第点か?」
「えへへ。花丸あげちゃいますよ、ソルジェ兄さん」
……花丸もらえたようだから、とりあえず満足してはいただいたようだ。
「これで完成か?」
「そうですね。あとは、しばらく煮込みつづけていると……呪毒が浮いて来ます」
「その呪毒を、毒と呪いに分離する?」
「はい。毒を削ぎ落として……瞬間的に高純度の魔力にします……ソルジェ兄さんをその魔力の構成を魔眼で見て認識して下さい。呪毒の中にも、『トラッカー/呪い追い』が反応することが出来る呪術が存在する……そういう状況把握を行えば、きっと……」
「……わかった。挑戦してみるよ」
集中する。
呪毒を見つめる。一般的な呪術もそれだが……呪毒は、さらに魔力の量が少ないものさ。呪いの『属性』ってのも、イマイチ掴みにくい魔力の構成となっているし…………いや、愚痴っている場合じゃない。
わざわざ、モンスターの肉が煮崩れる時に放つ悪臭に耐えながら、この作業を貫徹したわけだからな。
……モノにしてみせるぜ。
『トラッカー/呪い追い』を作るための情報は、色々と集めちゃいるんだよ。『イルカルラ血盟団』が疲弊していること……おそらく、ヤツらは遠くには逃げちゃいないこととかな。
ゼファーは、候補を幾つか見つけている。ここから半径20キロ以内に、怪しげな古い遺跡や放棄された廃村があるんだよ。そのどれかにはいるだろう。どれもを調べているヒマはないがな……。
……気の強く有能な罠使いの存在も知っているし、ナックスのことも知っている。ドゥーニア姫というカリスマのことも、バルガス将軍から感じる不器用さもな……そして、君らが滅びの道にあり、特攻を選ぼうとしているんじゃないかという気配も肌に覚えている。
……『風』の呪いを、ミナリカの茎とアルシアの花蜜で作った睡眠毒に混ぜて、この呪毒を作ったということもだ。
グツグツと煮立つ錬金釜の液体……その表面に、緑色の薄い層が分離して浮上する。
「コイツだな」
「はい。これが呪毒……モンスターの細胞の全てから遊離させて、毒と呪いが絡み合っているだけのシンプルな構造にまで分解した状態です」
「……これを、さらに砕くんだな」
「はい。この霊薬を一滴垂らせば、即座に分解されて無効化されてしまいます。その瞬間に、観測して下さい」
「……了解だ」
眼帯を外したよ。魔眼ってのは、こうしてしばらく使用していない方が、能力が冴えてくるからな。眼帯をしている意味も、『カッコいい』っていう以外にもちゃんとあるわけさ。
……集中する。強く深い金色に、この魔法の目玉を輝かせるんだよ。
「準備はいいぜ」
「はい。それでは、カウントダウンしていきますね」
「おうよ」
「……では。5、4、3、2―――」
―――目玉と顔の筋肉に力を入れて、錬金釜の表面にある緑色を凝視するのさ。久しぶりに使うぜ、我が呪眼……『ディープ・シーカー』。
「1、0ッ!!」
ククルの手が持つ薬瓶から、一滴の霊薬が垂れていく。
瞳術が機能を発揮して、世界から全ての色彩が失われると同時に……時の流れが遅くなっていく。一瞬が間延びして、数秒になるんだよ。この能力ならば、『ディープ・シーカー』ならば、一瞬の反応さえも見逃すことはあるまい。
灰色となった滴が、本当にゆっくりと落下していくのさ。
魔力を感じる純然なる呪毒の層に、その霊薬の滴は触れた。
錬金術の反応が始まる。
時を遅くして観測しているというのに、その反応は素晴らしく早いものだったよ。煮立つ泡が、瞬間的に膨らんで……呪毒の成分から、魔力が乖離していくのが分かる……。
そうだ。
この乖離していく魔力……膨らんだ泡から、弾けるように飛び散っていく『風』を多く構成に含む魔力……。
それこそが……それこそが、呪毒に刻みつけられた……極小の呪術。純粋な呪術ではなく、毒に多くを頼っている、みじめで不完全な呪術さ。
そいつは、すぐに消滅していく。
空気に触れると、それがまるで激しい罪だと言わんばかりに、素早く千切れて、霧散していくのだ。
それを見ていたよ。細部まで細かく。ヒトの目には見えない魔力の崩壊を、呪毒が燃え尽きる終焉の反応を、オレはしっかりと凝視していた……。
……『ディープ・シーカー』の時間が終わる。
時の流れが加速し始めて、色彩がどんどん回復してくる。
やがて世界はいつもの通りの状態に戻って、オレは大きく息を吐くんだよ。
「はああ。ちょっとばかし、疲れたぜ」
「ソルジェ兄さん、何か、特別な瞳術を使っていましたね?」
「ああ、『ディープ・シーカー』、拡大と時間の経過の延長……全てのことがゆっくりと見えるようになる、強い瞳術だよ」
「スゴいですね、竜の力と、ソルジェ兄さんの才能。そんな能力を、後天的に使いこなせるなんて……やっぱり、天才です」
「ほめられ過ぎると、恥ずかしくなるぜ。失敗しているかもしれんだろう?」
「大丈夫ですよ。一瞬でも、ソルジェ兄さんならば反応するハズだと考えていました。だから、ゆっくりと観察する余裕まであったのならば、絶対に大丈夫なんです」
……妹分からの篤い信頼が、どうにも照れくさくなってしまう。ニヤニヤが止まらないねえ。オレは猟兵らしい、どこか凶暴な貌で笑いながら、認めたよ。
「ああ。余裕だったぜ。見えたぞ、呪毒から分離された呪いの煌めきが、その構造までもがな」
「ですよね。じゃあ、今、『トラッカー/呪い追い』は?」
「……うん。見えている。細くて薄い『糸』なんだがね、魔物の肉に残存している呪毒から、砂漠に向かって、細い赤い『糸』が伸びているよ」
魔物の肉にある『風/睡眠』の呪毒からは、細い呪いの『糸』が続いている。そいつを追いかけるようにして、オレはこの錬金術の小部屋から外に出た。
砂埃を多く含む、『イルカルラ砂漠』の風を浴びながら……オレは『糸』の示す方角を見つめたよ。そいつは、西南西の方角である。
瞳を閉じて、魔法の目玉をまぶた越しに押しながら、ゼファーと心を通わせる。
……なあ、ゼファー。西南西の方角には、何かあったか?
―――うん。あちこちにね、いろいろとあったけど。そっちのほうがくには、こわれかけの、おてらみたいなのがあった。いわのかべがあってね、そこに、『おおきなへび』がほられていたよ。
ふむ。蛇神ヴァールティーンの神殿か……?岩壁に囲まれた場所であるのならば、敵から身を隠すのには打ってつけそうだ。
「……ソルジェ兄さん」
「ああ。見つけたようだぜ。おそらく、これでオレたちは『イルカルラ血盟団』と接触することが出来るだろう」
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