第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その18
三大属性は、『相克』の関係性が働いている。『風』は『炎』に勝ち、『炎』は『雷』に勝ち、『雷』は『風』に勝つように、相性というものが属性には与えられているのさ。
三大属性の法則などと呼ばれ、魔術師や錬金術師であるならば、その法則を重視して物事を考え、行動するようになる。この法則は絶対ではないものの、かなり大きな力を持っている。『炎』使いが『風』使いに勝つには、それなりの策略が要るぐらいにはな。
……『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』が、どんな属性を宿しているか?
ヒトを含め、多くの生物は三大属性全ての魔力を宿しているのだが……より厳密に言えば人類が感知出来ぬ『氷』を含めて……モンスターという生物は、依存する魔力が端的であることが多い。
おそらくは、巨体や異能を支えるにあたって、いずれかの属性を選択的に強化することが適しているのでしょうね……と、我が賢きヨメ、ロロカ・シャーネルは推察しているらしい。賢いロロカの言うことだから、多分、正しいのだろう。
精密な確認が必要される学問世界ではともかく、野蛮な戦士の職場では、ロロカの説を疑う要素はどこにもない。
この赤茶色いの巨大な虫野郎は、『炎』の魔力を宿している。フレイムという名前から察したわけじゃないぜ?
……ちゃんと戦いながら、魔力を探っていてのことだ。コイツは、『炎』の魔力に依存して肉体を動かすように進化した生物なのさ。そいつがコイツに利点となり、欠点ともなる。
ククルはコイツの体質を理解した上で、『雷』の魔力と、『雷』の呪毒を用いているのさ。『炎』の体質を持つ、『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』に対してな。
それは、三大属性の法則で考えてみれば?
『炎』対『雷』であれば、不利な条件である。しかし、この法則は別に絶対というわけじゃない。不利だからこそ、二つ重ねてある。『エンチャント』と『呪毒』による、二重の『雷』属性攻撃……麻痺を発生させるための攻撃なんだよ。
ククルは、その毒矢を『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の顔面に命中させた。射貫いたのは、ヤツのあちこちらから太い毛が生えている甲殻ではなく、不気味かつ武骨な構造となっているアゴの関節の継ぎ目だった。
より深く、矢を差し込むためさ。呪毒を鏃だけじゃなく、矢柄の部分にまで塗りたくっているからな。深く差し込み、より毒で汚染させるためでもあった。もちろん、単純に殺傷力を上げるための選択肢でもあっただろうがな。
ガンダラが腹を攻撃しようとした瞬間に、自分が独自に用意していた矢毒の戦術をアレンジした。殺すことよりも、『強酸のシャワー』を封じることに専念しようとしているのさ。
腹が噴き出すための動力源なら、顔面は噴き出すための穴がどこかにある場所。両面から潰していこうというわけだ。
『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』は、顔面に対する毒矢の一撃に蝕まれていく。アゴが痙攣しているな。
三大属性の法則も絶対ではない。もちろん、毒矢一本だけでは短時間ほどしか効果はないだろうがね。『炎』の魔力にあふれる者は、『雷』の毒も早く分解するものだから。
だが……それでも十分さ。
オレたちは、その隙を逃さない。
「ちゃ、チャンスっす!!みんな、やっちゃええええええええッッッ!!!」
緊急事態における防御要員、カミラ・ブリーズがそんな応援の言葉を放つ!!……そういうのってね、意外とヒトの行動力を押し上げる。少なくとも、かけ声となり、意志と動きを統一し―――より完璧な連携を可能とするのさ。
前後左右、四方を取り囲んでいる猟兵たちは、それぞれの攻撃性を、それぞれの鋼に宿すのだ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああッッッ!!!」
竜太刀と共に、獲物へ向かう!!顔面だよ!!毒シャワーを吐くまでに、ぶっ殺してやれば問題ない!!
銀色の一撃が、頭部の甲殻を断ち斬り、深々とヤツの頭部を破壊していく!!
「ウフフ!!今度こそ、その尾、断ち斬らせてもらいますわ!!」
レイチェルが『諸刃の戦輪』をブン投げた。宙で踊るイルカよりも速く、強靭な『人魚』の舞いから放たれた二つの呪いの鋼たちは、レイチェルに斬り裂かれかけていた尻尾に命中する。
刃が刺さったら、あの呪われた鋼は、ギュリギュリと蠢きながら回転して、ノコギリみたいに肉を切り裂こうとするんだ。
今日もあの呪いの鋼の刃どもは、邪悪で凶悪な運動を開始して、『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の尻尾を切断しにかかるのさ……。
「畳みかけましょう、キュレネイさん!!」
「もちのろんであります」
キュレネイはタイミングを待っていた、痛みにたじろぐ怪物の脚が動いて、その腹を見せる隙を。
『戦鎌』が下からかち上げられるような勢いで、刃で『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の腹を大きく斬り裂いていた!!
血潮が爆ぜて、ハルバートに壊された右の腹につづいて、左の腹も深々と斬り裂かれてしまった。
もちろん。
ガンダラも活躍している。
「仕留めにかかりますよ!!」
ハルバートの乱れ突きを放ち、怪物の壊れた腹をさらに深々とえぐっていく。さすがのガンダラも、この虫型モンスターの急所までは知らないのさ。
深手の痕跡を甲殻に多く残しながらも生き抜いて来たこの『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』……コイツは、本来ならば重傷を負った時は、躊躇わずに撤退する性格を持っていることの証明でもある。
オレに対して尻尾の毒針攻撃を断念したときの動きを見ても、後退するための瞬発力は大したものさ。
ハサミに毒針に、頭から吹くという強酸。
武器満載の生物ではあるが―――その本質は、生きるコトに強い執着を持つ、熟練なる慎重派の戦士ということだ。
そいつに対しての総攻撃が始まる。
皆が攻撃を続けるのさ。
オレも竜太刀で、ヤツの頭部を切り刻んでいく。もちろん、強酸のシャワーにある程度は警戒しつつもな。だが、安心もしている。ククルの矢が再びヤツに命中したからだ。同じシリーズの毒矢だ。『雷』の麻痺毒と、『雷』の『エンチャント/属性付与』。
キュレネイの『戦鎌』は暴れまくり……深々と尾を斬り裂いたあげく、レイチェルを斬り裂こうとした『諸刃の戦輪』たちを、『人魚』の舞姫は容易くその手に掴み取り、今度は投げではなく、腕に持ち、踊りながらの連続斬撃を叩き込んでいく。
二人の猟兵女子たちの攻撃は、これまた精密だ。動きを封じられている『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の甲殻の『隙間』……そこに目掛けて斬撃を叩き込み、ヤツの甲殻ではなく、筋肉を斬り裂きダメージを与えていく。
肉を断つことの利点は?
敵の動きを殺すことが出来ること。
そして、もう一つある。
筋肉の繊維というのは、いわゆる赤身だ。オレたちが食する肉の部分。赤いのには理由がある。細い血管が多いとことであり……そのため、そこを斬れば血が出やすい。
二人の猟兵女子は、この怪物から血を奪い去ろうとしている。サソリ型モンスターの太い動脈の場所までは、二人だって分からない。オレだって分からんよ。
だからこそ、無数の傷口を作ればいい。腹と尾は大きく破壊しているのだ。それでも、コイツが生きているのなら、より多くの血を失わせるか、急所を壊すのみだが……後者ではなく、前者を選んだわけだ。
……どうあれ。
オレたちはまるで飢えた肉食の獣のように、強打をもって目の前の獲物を殺しにかかる!!……『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の魔力が消失して行くのを感じる……。
ほとんど抵抗することも出来ないまま、勝負は決するかに見えた―――しかし、ヤツも偉大な名を与えられたモンスターの一体。最後の意地と言わんばかりに、一暴れした。そして……オレ目掛けて、頭部から強酸を吐きつけてくる。
『風』での迎撃も考えていたが、影がオレを守ってくれる。『コウモリ』に呑み込まれながら、オレとカミラはその強酸の雨を容易く回避していたよ。
その攻撃が外れたことを知らぬまま……モンスターはその場に崩れ落ち。ビクン!と大きな痙攣を一つ残して、その命は尽き果てていた。
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