第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その18
『ヒギャガアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!?』
『諸刃の戦輪』は今日も残酷なまでに素晴らしい切れ味を発揮していた。
もちろん切れ味だけじゃない。回転しながらの左右の戦輪による斬撃、そのアンバランスな曲芸攻撃で鋼のように硬い『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の甲殻を斬り裂くほどの膂力……『人魚』の身体能力の高さを思い知らされるな。
レイチェルと腕相撲をしたことはないし、彼女はそういう汗臭い男の遊びなんて気ほどの興味もなさそうだが……意外と、オレといい勝負してくれるのじゃないだろうか?……シアン・ヴァティと並ぶ腕力を持っていそうだよな。
とにかく、呪いの鋼とレイチェルの技巧は斬り裂いた。頭頂部に並んでいた二つの眼球をな。そして、それだけだは終わらない。空中で膝を折り曲げたレイチェルは、その飛翔の軌道を変えて、『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の背中に着地した。
強い脚でその赤茶色の甲殻を蹴り、宙を駆け抜ける彼女は呪いの鋼による一閃を毒針を持つ怪物の尻尾へと叩き込んでいた。
甲殻に覆われた肉厚の尻尾……そこに迫る脅威をヤツは察することも出来なかったのかもしれない。レイチェルの速さと鋭さは、疾風迅雷を地で行くのだからな。
ズギャシャアアアアアアッ!!
呪いの鋼にヤツの甲殻は斬り裂かれ、内部にある肉の線維を斬り裂いていた。再び痛苦の悲鳴をあげる『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』だが……。
「浅かったですわね。想像以上に強い肌をしていますわ」
怪物サソリの背後に降り立ったレイチェルは、己の攻撃に対して満足という素振りではなかった。まあ、あれだけ曲芸的な攻撃だ。ヤツの巨大な尻尾を一撃のもとに斬り裂くというのは、さすがにムリがあったさ。
でも、問題はない。
むしろ、最高の仕事と言える。
ヤツの目を潰し、最大の武器である尻尾に手傷を与えたあげくに……背後を取ったのだからな。
……そうさ。コイツは一対一の戦いではない。オレたち『パンジャール猟兵団』と『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』との多対一の戦いだ。
生存競争に反則はない。ここはルールに守られた競技の場ではなく、全ての悪意が形と成ることを許された戦場なのである。
猟兵たちは動いていた。
キュレネイは『戦鎌』による斬撃で、怪物の前から二番目の右脚を軽々と叩き斬る。『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の脚は、前ほど小さい。巨大過ぎる尻尾とハサミのせいで、その形状であることが重心を保つためには必須の形状なのだろう。
二番目の左脚を斬り裂いたキュレネイは、ドワーフみたいなスピンの足運びを用いる。『戦鎌』は360度回転し、今度は四本目の最も大きな左脚に刃を突き立てていた。
一刀では斬り裂けやしない。それを分かっていての攻撃だ。分厚い甲殻を穿ち、内部の筋繊維の束を部分的にも断裂させれば十分。動きを大きく抑制する。
さらに、キュレネイの細くて軽いが体重と……『ゴースト・アヴェンジャー』としての強靭な腕力で引っ張れば、拘束力としてはそれなりの効果もある。単独では細身のキュレネイでは、大した重りにはならないが―――我々はチームで戦っているんだよ。
「はああああああああああああッッッ!!!」
ガンダラが気合いに震える叫びと共に、その巨人の腕と巨人用ハルバートの長大さを合わせることで生み出したリーチを使い、深く腰を下ろしながらの猛烈な突きを叩き込む!!
『ぎゃしゅううううううううううッッッ!!?』
『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』が悲痛な叫びを上げて、ガンダラの攻撃がどれほどの重さと威力を持っているのかを、久しぶりに思い出させてくれたよ。暴れ牛の頭部を一瞬で粉砕する。ガンダラの全力での一撃というのは、それを軽く行うのさ……。
……敵の数が一体だからこそ、ガンダラも最初から全力を出せる。連携の賜物でもある、キュレネイの攻撃の直後にそれは行われていた。オレに睨みつけられたまま、強くて恐いレイチェルに背後を取られたままでもある。
前後左右、誰に集中力を注ぐべきなのか迷ったまま、ハルバートの一撃を喰らったわけだ。さっき、コイツが上げた叫びは、悲痛ではあるが……悲鳴であったとは思っていないよ。
さっきのは、恐怖由来の音ではない。ガンダラの突きは、ヤツの甲殻を破壊しながら深々と内臓を打撃していたんだ。叫ぶための器官に対して、内臓を深く圧迫された衝撃により、体内の空気が移動して無理やりに声を上げさせたに過ぎない。
悲鳴じゃなく、臓腑が潰されたから出た音なんだ。悲鳴よりも、ある意味ではずっと『悲痛さ』を感じるものじゃないか?……少なくとも、オレにはそう感じるよ。無理やり鳴くこと強いられたわけなのだからね。
……ああ、ちなみにガンダラってのは賢い。キュレネイに合わせて脚を破壊しなかったことにも正当な理由がある。脚を破壊すれば、『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の動きを、より封じられたけどな。
……ガンダラがしたかったことは、それよりも敵を絶命させることを優先した―――わけじゃないんだよ。
ちがう。ガンダラの狙いは一種の研究とか分析……というか、オレたちのためにやさしいガンダラは、オレたちが最も対応しにくいであろう『武器』を封じにいったのさ。
……ガンダラの頭の中には、この『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の知識がある。
この怪物は、『追い詰められると、頭部の腺から強酸を噴き出してくる』らしいからな。その言葉の意味することは二つある、追い詰められないと実行しない、それは怪物にとっても気楽に行えない行為ということ。自分にもダメージがあるか、やたらと疲れる。
もう一つは、噴き出すためには動力が要るってことだな。
年から年中、強酸を噴き出しているモンスターならば、それ専用に特別な進化をした内臓みたいなものがついていてもおかしくはない。だが……違う。頻繁にやれない行為だというのならば?……専属の臓器や器官はないんだろうよ。
無理やり強酸を吐くのさ。一メートルや二メートル先に吹きかけるだけなら、強酸をためた袋の周囲にある筋肉で、無理やりに絞り上げたら飛ぶかもしれない。だが、ヒトはそんな間合いでコイツの顔面と向き合わないさ。
もっと遠くにいる獲物に強酸をかける必要があるだろうな……どうすればいいのか?
……この怪物を解剖したわけでもないから、確かな情報ではないけれど……人類で言えば肺腑のような臓器を使うのさ。呼吸の圧力を用いて吹く。あるいは、内臓を無理やりに圧迫して上げる『咆吼』の原理を、応用するだろう。コイツには、それらのどちらかがあるよ。
ガンダラは、『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』が『強酸のシャワー』を放つための臓腑を破壊するために、腹部を破壊したわけだ。
叫び声を上げたとき、コイツの腹は柔軟さを見せつつ動いていたからな……『強酸のシャワーの動力』は、腹にあるとでも予想したんだよ。
まあ、その予想が外れていたとしても、腹部に大穴を開ければ、深刻なダメージとなるのは当然のことだしな。
まったくもって、ガンダラらしい緻密な攻撃のデザインだと一瞬のあいだに感動していたよ。オレなら、一瞬で事象を理解することぐらいは出来るけど、そいつを一瞬で考えて、行動として実現するのは難しい。
頭がいいヤツはズルいよ。オレみたいなアホな野蛮人の低脳ぶりが、恥ずかしくなるほどだ。
『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』は追い詰められてはいたが、強酸を吐く素振りは見せない。まだ戦えると考えているのか、ガンダラの攻撃により、それを成すための臓腑が破壊されたのかは分からん。
しかし、まだ我々は連携する。巨大なモンスターの脅威は、我々の予想をはるかに超える生命力だからな。やり過ぎることはない。首を刎ねるか、急所を壊すしかないが、とくに虫型のモンスターってのは、いまいち急所がどこなのか想像がつきにくい。
全力で破壊しちまうのが、最良の攻略法ではある。
……そして、ガンダラが示すように。戦いにおいて知性というのは重要な武器になる。計画的な攻撃ほど、能力以上の打撃を相手に与えてくれるものだからな―――。
―――『星の魔女アルテマ』の叡智を継承する、我が妹分ククル・ストレガ。彼女は知恵も知識もあるし、『メルカ・コルン』としての優れた夜目と身体能力を持っているのさ。
何かするだろ?
そう信じているオレの頭の左側を、ククルの矢が飛んでいく。『雷』の魔力を感じるし、独特のにおいも嗅覚に触れる。ああ、『雷』の『エンチャント』に、『雷』属性の麻痺毒薬を塗り込んだ矢というわけだ。
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