第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その20
『コウモリ』からヒトの姿に戻り、オレたちは死に絶えたばかりの『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』を、距離を保ちながら見つめる。死んだばかりの巨獣には、近づかない方が無難である。
死んだフリをしているかもしれないし、何かの弾みで心臓が動き、一瞬だけ死体が動く可能性はある。
モンスターほどの強靭な生命力は、常識というものを覆すことがある。たとえば、この『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』だって……心臓が一つじゃなく、二つか三つあったとしてもおかしくはない。
これだけの巨体だしな。
虫型モンスターというのは、急所が分からない。死んでから、筋肉の繊維が変質して、いわゆる死後硬直みたいな原理で周囲に毒をもう一度ぐらい撒いたとしても、モンスターらしいの一言で片づけられなくもないんだからな。
「カミラ。あいつの血はどうなっている?」
「……はい。あのサソリさんの血の流れは、完全に止まっているっす」
「そうか。魔力の動きも完全に止まってはいる……」
「では、死亡してはいるわけですね?」
ククルが確かめると言わんばかりに、弓で矢を放つ。八つある目のうちの、頭頂部にある二つ……レイチェルが『諸刃の戦輪』で斬り裂いた甲殻の裂け目に対して、深々と鋼の矢は突き刺さっていく。
生物の急所は、基本的には体の正中線上にあるもんだ。つまり、真ん中に急所はありがちだ。虫型の場合は、そこらもよく分からない。頭を半分斬り裂いても動く蟻型モンスターもいるらしいしな。
ククルの放った矢も深々と突き刺さりつつも、ビーンと揺れている。揺れるような技巧を使って放った。ああすることで、甲殻内部にある組織がえぐれて、より深いダメージを与えられるのだ。
死者に鞭打つ行為ではあるが―――安全のためならば、しょうがないことだった。生者では無視することの出来ないダメージではあるはずだが、ヤツはそれでも不動。死んでいるし、体の動きも発生しないかもしれん。
だが、もうしばらく待つことにする。ヤツの血液は体から漏れ続けているしな。
「……追い詰められなければ強酸を吐かないという理由が、分かったでありますなー」
細身の体をストレッチしながら、水色の髪の少女はヒマそうにトーンで語った。呪いの鋼についた虫の肉を、霊水でキレイにしながら踊り子サマが返事する。
「そうですわね。この虫けらは、酸を吐く……けれど、その半分近くは自分も浴びてしまう……自爆行為ですわ」
「ええ。ですが、それで死ぬわけではない。己の甲殻を焼くことになっても、強酸の霧を放つことで、相手を怯ませ撤退するのでしょう。本来は……」
「何というか、とんでもない生物っすね」
「……『イルカルラ砂漠』の厳しさを感じますね。己の身を削るような戦い方を、この土地にいる生物は強いられる」
ククルは感慨深げであった。
それは虫型モンスターに対しての考察だけではあるまい。『イルカルラ血盟団』に対して、オレたちが行った分析というか、予想……追い詰められた戦士が、最終的に取る手段というものは何なのか……。
特攻。
命がけで戦う。
命を捨てて、自己表現を行うのさ。
この世界に対しての拒絶と、己が情熱と信念と哲学に裏打ちされた『正義』をただただ示すために―――。
―――ヒトの想いとは、儚いものである。
多くの『正義』が帝国軍と戦い、破れ、無意味な概念として歴史の灰燼と帰すのを見て来たよ。負け犬の遠吠え……全ては、そんな評価しかされることはない。誰しもが正しく生きてやろうと試みた結果に過ぎないが、敗者に歴史は冷たいものだ。
……流れた血が、砕かれた『正義』が、消え去った命が……注がれるべき『器』が要る。オレたちの生きざまで世界を変えるための大いなる依り代が。
オレとしては、その『器』こそ……『自由同盟』であると考えているのだがな。全ての反・帝国組織の『正義』がそうであるとは言い切れない。敵の敵も、敵。そういうことだってある。
一つの『正義』と、それ以外の『正義』ってのは、なかなか折り合いがつきにくいところがあるものさ。それでも……勝てる『器』を作らねば、全ての戦いが、全ての抵抗が、全ての死者たちが……無意味なままの負け犬として処理される。
そいつは、とても悲しいコトだとオレは考えているのさ。
「……ガンダラよ。警戒すべき時間は終わったと思うか?」
「そうですね……」
「……コイツは、叫ぶ能力があった。威嚇?……そんなムダなことをするほど、コイツはやさしげな性格はしていなかったな」
「ええ。威嚇などを行うためのものではないでしょうな」
「アレは、オレの考えとしては、『仲間を呼ぶ行為』だと思う」
「……はい。私も同意見ですな。これだけのサイズの肉食性モンスターが群れを作ることは生存競争上、不利だと考えます」
あまりにも多くのエサが必要となる。砂漠なんぞで、コイツらほどの巨体が……つまり大食いの連中がつるむってのは、ランニングコストがかかり過ぎる。ガンダラはそう分析しているのさ。
オレも同意見。
コイツらは単独行動が基本のモンスターだと思う。だが……そんな連中でも例外な時期というものが一つだけあるのさ―――。
「―――繁殖期ならば、つがいを呼ぶのかもしれません。この個体の色は、赤茶色です。雄の『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』は、もっと体色が赤いそうです。それこそ、名の如く炎のように」
「では、コイツはメスなんすね?」
「おそらく。オスは、もう一回りぐらいは大きいのかもしれませんな」
「……つがいで行動しているのでありますか?」
「その可能性はある。コイツは、最初、意味のない叫びを放ちやがった。アレは、獲物を見つけた合図……」
「……それだと、『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』がやって来ているのでしょうか?」
「あるいは、子供かもしれない。子育てする虫もいるからな」
たとえば、ヤツと同じ毒虫ではムカデとかな。もっと有名なところでは蜂。それに、蟻もらしいぜ……。
「我々を殺して、幼虫どものエサにしようと考えていてもおかしくはない。そういう幼虫ならば、ここに来るにもかなり時間はかかるでしょう……そして、数は多い可能性もあります」
虫型モンスターの特徴の一つだな。数十とか、数百とかの卵を産むことがある。あるいは、もう一つか二つ上の桁であることも。
幼虫ってのは、貧弱であり、他のモンスターや獣、ときどき人類なんかに捕食されることもあるが……この狭い空間で数百の個体と戦うことに、死の危険はおそらく発生することはないはずだが、いかんせん確実に疲れるな。
「……では、そろそろ、解体に入るか。魔力に敏感な個体だ。成虫ならとっくに現れている。つまり、オスは不在らしいし、サソリのガキの群れを相手にするのもつまらん」
「はい。肉を回収して下さい。呪毒があれば、それから分離することが可能です」
「どこの部位がよろしいのですの?」
「そうですね、とりあえずは肉厚の尻尾あたりが良さそうです。このサイズのモンスターを意に反して拘束し、罠に使うには……『風』属性の睡眠を誘発する毒がベター」
「イエス。尻尾の肉は多く、そこに呪毒を打ち込んでおけば、コイツを休眠モードにすることが出来るかもしれないであります」
「ええ。私もそう思います。ですから、肉が多い部分。尻尾の肉なら、最適です。毒を打ち込み蓄えておくのは、筋肉が最適ですからね……それも、可能なら心臓から遠い部分にある筋肉が……」
つまりは尻尾ということか。
「さすがはククルだな」
「団長、私も賢さを発揮していたでありますが?」
「もちろん、キュレネイもさすがだ」
「イエス。正当な評価でありますな」
無表情のドヤ顔を見せつけながら、キュレネイ・ザトーは薄い胸を張っていたよ。さてと、モンスターを解体して、情報を集めるとするか。まず、竜太刀を構えて……ドヤ顔ガールに命令するのさ。
「オレの番犬よ。右はオレが斬り裂く」
「イエス。ならば、団長の特別な犬である私は、左を斬るであります」
『戦鎌』を構える。それでいいのさ。オレとキュレネイは同時に走り、死んで脱力した『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の脚に対して、斬撃により斬り落としていく。一瞬のうちに、その処理は終わる。
これで、ヤツは動けない。ハサミと、八本の脚の全てが斬り落とされているからな。動けない物体なら、岩を斬るのも同じこと。超がつくほど強い。それが、我らが『パンジャール猟兵団』の水準ってものさ。
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