第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その16
モンスターをトラップに使う。古典的な手段ではあるが、それを実行するのは中々に難しいものだ。モンスターを自在に操る手段は、基本的に存在していないからな。
それは制御不能の罠であり、多くの場合は自滅を招く。
……自分たちが居住しないダンジョンに放置することに関しては、自滅については心配ないがな……。
さてと、凄腕の罠使いに、後ろ歩きをさせた理由かもしれないヤツか。かなり鋭敏な感覚の持ち主なのだろうよ……。
「……なあ、キュレネイ。言い訳するつもりじゃないが」
「何でありますか?」
「……モンスターが来てくれたのは正解だよな」
「イエス。わざわざ、探しに行かなくて済むでありますから」
「ああ。ホント……そういうことさ」
オレの不注意でモンスターを呼び寄せたわけだが。そういう言い訳も混ぜておくことにしたよ。自分の評価ってのは下げたくないもんでな。
「ウフフ。男性という生き物は、やっぱり見栄っ張りで可愛いものですわ」
戦いの気配に喜び、呪いの鋼をギチギチと鳴らしている『諸刃の戦輪』。レイチェル・ミルラはその長い両腕の先に、邪悪な鋼を掴んだまま、敵の足音が近づいてくる通路を睨みつけている。
……可愛いんだってよ。男の見栄ってのはさ。
そう言われてしまうと、いつにも増してやる気が出て来る!!
「前衛、オレに任せろ!!」
「では、後ろは私が務めさせて頂きますわ」
最前列に踊り出たオレの背中に、レイチェルがピタリと張りついてくる。格闘術も戦輪による遠距離攻撃もどちらも行けるレイチェルに背中を守ってもらえるとはな……。
「……いつにも増してやる気だな。帝国兵が相手じゃないんだぜ」
「たまにはリング・マスターと踊りたいのですわ。独りぼっちの遊撃任務が多く、さみしい思いをしていましたの」
「ククク!そうか、なら一緒に戦うぞ」
「ええ。踊りましょう、リング・マスター」
男の見栄が可愛いなら、甘えてくる女ってのは、もっと可愛いものさ。まあ、からかわれているだけなんだけどな。知っているよ、『人魚』、レイチェル・ミルラの愛情が注がれているのは、ただの一人だけ。
オレは、彼の代役にされるわけだよ。
ドゴゴゴ!という何とも慌ただしい地鳴りと揺れが近づき、モンスターの放つ禍々しい魔力を肌でも感じた。
「えーと。足音が、やけに多いっすね……その割りに、魔力は……一つだけ?」
「大群というわけではなさそうですな。脚が多く、巨大なモンスターが単独といったところですかな」
脚が多いモンスターか。女子ウケが悪そうな気配がスゴいぜ。カミラは、さっそく表情が暗い。虫系のモンスターでワクワクするのは男だけだよな。
しかし、単独だというのならば、未知の相手でも楽に戦えそうだ。こちらは6人もいるんだからな。
「ククル、後衛に回れ!弓を使って援護を中心に戦え!状況次第では、魔術を放ってもらう!!」
「了解です、ソルジェ兄さん!」
何でも出来る『メルカ・コルン』、ククル・ストレガは壁際近くまで後退して、射線を確保する。背負っていた『メルカ』製のコンポジット・ボウを装備し、鋼の矢を装填する。
この重量感のある足音と、脚の数の多さから、甲殻を有する重量級だと判断したのさ。いい選択だ。弓も剣も魔術も使える―――その多彩さは、『メルカ・コルン』とか竜騎士とか、あるいは『ゴースト・アヴェンジャー』ぐらいのもんだ。
けっこういる?
……バカ言え、この広い大陸で、3種類しかいないじゃないか。とんでもなく、希少な存在だよ。
「団長、私に指示を。どう戦って欲しいでありますか?」
『戦鎌』を構えたまま、『ゴースト・アヴェンジャー』、キュレネイ・ザトーが指示を欲しがる。状況次第で何でも出来るし……『無拍子の攻撃』という奇襲能力もある。切り込み隊長としても使えるが……。
「オレとレイチェルの左翼を守ってくれ。敵の注意を分散するぞ。右翼はガンダラだ」
「わかりました」
巨人族の戦士はハルバートを構えながら、オレの右側に陣取った。キュレネイは『戦鎌』をくるんと一回転させながら、左側に走った。
「敵の注意を引きつけるでありますよ、ガンダラ」
「ええ。私は図体がデカくてトロくさそうに見えますから、肉食のモンスターから好かれるんじゃないでしょうかね」
ポーカーフェイスの巨人族は、そんな自虐ネタを語る。マジメでやさしいカミラは困惑していた。
「え、えーと。自分、ガンダラさんのフォローっすか、ソルジェさま?」
「いいや。ガンダラのフォローなんて必要ないさ。デカブツと戦うには、パワフルな巨人族ほど適役はいないからな」
「じゃ、じゃあ。自分、どうしましょう?」
「敵の攻撃魔術、及び、特殊な攻撃に備えて中間距離で待機。敵の攻撃が強力かつ、誰かに集中した場合は、そいつを回収して『コウモリ』化しろ」
「了解っす!」
……六人の配置は完了だ。敵サン、デカブツらしいから正面の大きな通路からしか出て来ることはない。そんなデカブツが走り回っても、火薬式の罠に引っかからないということは……罠の数は、想像通りに少なそうだ。というよりも、他にないのかもな。
……罠が少ないのは、良いこと?
いや、『イルカルラ血盟団』の痕跡が少なすぎるのも考えものだ。ゼファーの周辺探索だけに頼ることも、難しいからな。『イルカルラ血盟団』が隠れていそうな、怪しげな建物を見つけたところで……オレたちが近づいても知らんぷりされるかもしれん。
……そうされると、『イルカルラ血盟団』との接触まで、いらない時間がかかってしまう。イヤな予感が当たったとすれば、彼らは特攻作戦寸前だってのにね。
だから。
情報が欲しい。
「……モンスターを、どうやって任意の場所に配置出来るんだ、ククル?」
「……『アルテマのカタコンベ』では、モンスターの細胞に呪術を刻みつけておきます。あるいは、呪毒で眠らせているだけというのも、有りだと思います。凶暴なモンスターなら、ちょっとしたことで大暴れするはずですから」
「……呪術で縛ってくれていたら、楽なんだがな」
呪術師を『トラッカー/呪い追い』で追跡することが出来るようになれば、すぐに『イルカルラ血盟団』を見つけられる。
「モンスターを仕留めて、体液を分析することで呪毒が発見することは私でも出来ます。ここの鉱山に設置されていた錬金釜は、まだ使えるんですから」
「呪毒を分離すれば、作った錬金術師の魔力ぐらいは分かるか……」
「『トラッカー/呪い追い』を完成させるには、不十分でしょうか?」
「その時になれば、やってみるさ」
「……リング・マスター。虫が来ましたわ」
「……ああ。今は、戦いに集中するとしよう」
虫。
レイチェルは楽しくはなさそうな声のトーンで、短く囁いていた。そうさ、虫だ。坑道の奥底から激しい足音と共に、その巨大な虫は這いずり出て来る。
いかにも、女子ウケの悪そうな形状してやがるな。甲殻に覆われていて、色は赤茶色。脚は、八本ぐらいに、巨大なハサミ……。
「……サソリかよ」
「団長、アレは『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』という、『イルカルラ砂漠』固有のモンスターです」
博識なる副官殿は敵について急いで語る。
「猛毒を持っています。尻尾のトゲと……そして、あまり追い詰めると頭部の腺から、強烈な酸のシャワーを吐きかけてきます。浴びれば、重傷は必至」
「……ククク!ゲリラ組織らしく、厄介な置き土産だな……ッ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます