第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その15
フロアの罠は、先ほどの繊細かつ精密極まりない大きな罠が一つのみであった。その事実をどう分析するべきか?……オレの中で答えはすでに固まってはいるのだが、皆にも意見を求めたよ。
何事も決めつけるってのはいけないからだ。
多くの視点から分析することで、状況をより把握することが可能になるかもしれないだろ?……もちろん、意見の対立ってのが起きることもあるけどな。まあ。とにかく、今は皆が抱いた印象を語ってもらったよ。
「……人材・物資が少ないようであります」
「同意見だ」
「この罠を仕掛けられる技巧と経験値を持ち合わせているのであれば、物資があれば、他のタイプの罠もここに仕掛けるハズ……」
「罠が一つじゃ、勿体ないか」
「イエス。連鎖する仕組みの罠を、構築することも出来たはずであります。それを行わなかったのは、物資の不足……ここから奥には、火薬式の罠は少ないかもと予想するであります」
そこもまた同意見。しかし、あまり同じ意見ばかりであっては、多角的な視点というものが確保しにくい。ククルに訊いてみる。
「ククル、どんな印象を抱いた?」
「……そうですね。この場所に時間を割いた理由を、私は重視したいです」
「ほう。『イルカルラ血盟団』の罠使いは、何を考えていたと思うんだ?」
「芸術的なまでの罠でした。おそらく、他の罠は、これほどまでに時間は取れなかったハズ……他の大きな部屋に、何か隠しているんじゃないかと思います」
「この罠を、お宝から遠ざけるために使うというわけか」
オレが考えてはいなかった視点だな。『パンジャール猟兵団』は、皆がどこかガルフ色に染まっているからな……『メルカ・コルン』であるククルの意見は、かなり新鮮な印象を受けていい。
「はい。他の大部屋に、移動させにくい物資を隠したのかもしれません。この罠が作動しても、解除されても、帝国軍の偵察兵は今後、大部屋に対して消極的な調査を行うことになるはずですから」
「物資を隠している可能性があると」
「はい。食料ではなく、たとえば武器とか……武装用の金属のストックとか。重量があって、長期間の放置に耐えられるモノを保存しているかもしれない……そう思いました」
「わかった。ありがとう」
いい考え方だ。
そして、オレの考えとも一致点が多い。『イルカルラ血盟団』の輸送力は、貧弱なものであった……その予想さ。人員の少なさを感じさせる答えだな。
「じゃあ、カミラ。お前はどんなことを感じた?」
「自分は、あまり罠とかに詳しくはないんですけれど……何というか、あれだけ目が回りそうになるほどに複雑な罠を仕掛けられる根性があるということは、『イルカルラ血盟団』のハートは、折れていないように感じたっす!」
「私もカミラの意見に賛成ですわ」
天才肌のレイチェルがニコニコしながら、カミラの肩に手を置いていた。
「……もっと手抜きをしても良かった。この罠は、殺傷を期待してはいたでしょうが……解除されることも考えていたハッタリですもの」
断言したな。
この罠の本質は、ハッタリなのだと。さすがはレイチェルだよ。自分の感性に絶対の自信を抱いている。
「罠使いにとっては、この仕事は不完全なもの。解除されても仕方がないぐらいには考えていたハズですわ。これはデモンストレーション。職人が己の技巧を見せつけるために、あえて不必要な能力を見せつけていますもの」
「つまり、『オレは負けてないからな』……という自己主張が入った罠だと見ているわけだな、レイチェルは?」
「ウフフ。そうですわ。この罠を作ったのは、おそらく男性ですわね。女なら、こんなムダなことに意地を張りませんもの。負け戦なのに、それを認めたがらない。男性ならではの、プライドの示し方だと思いますわ。そうですわね、カミラ?」
……カミラはそこまでは考えていなかったと思うけど、大きなアメジスト色の瞳をパチクリさせながら、うなずいていた。
「罠使いはプライドの高い負けず嫌いな男か」
「そうだと思いますわ」
……もっと手を抜けたのに、手を抜かなかったか。非合理的だな。追い詰められている状況だというのに……そんなムダなことをしたがるのは、男かも。女子なら、ムダなことに時間はかけなかったろうよ。
オレはガンダラに視線を向けた。
「……皆の意見、それぞれに正しさがあると思いますよ」
「そうだろうな」
「私は、目新しい視点を団長には提供できません。おそらく、同じ答えに行き着いておられるでしょうからな」
「付き合いが長いとそうなるものだよ。それで、どんなことを考えている?」
「……『イルカルラ血盟団』は、すみやかな離脱を行った。おそらく、ナックスが捕らえられた情報が入ってすぐに、行動を開始している。長い砂漠の移動をしていない可能性が高い。ここでパトロンたちから補給を受けて、即座に移動を開始した。そんなスケジュールを感じますな」
「ああ。長く移動すれば、足跡は追えなくなるからな……そのパターンじゃなさそうだ」
「比較的、ここから近い場所に彼らは隠れていると思いますよ」
異論が出るのを待つが、出ることはなかった。
全員がその点では一致している。『イルカルラ血盟団』は、ここを捨て去ることに時間をかけなかった。罠を仕掛ける時間を短縮してまで、すみやかにここを放棄したのだから。
「……『イルカルラ血盟団』は、疲弊してしまっている。ここを放棄するという決断が早かったのは、戦闘行為による敗北を恐れたからでしょう」
「次に敗北を喫すれば、組織としての戦力を維持出来なくなると、バルガス将軍が判断したと言いたいわけか……」
「そうです。それほどに、ドゥーニア姫の部隊の敗北は、大きかった。戦力的にも政治的にも、彼女に多くを費やしていたのでしょう」
「……困ったもんだな」
「ええ。『イルカルラ血盟団』の戦力は、かなり弱体化しているのではないでしょうか」
「……ああ。そうだな。そういうゲリラ部隊が考えることは、遅かれ早かれ、いつもアレだよな」
負けが込んじまったとき、戦士が考える作戦はバリエーションが多くはない。元々、勝つ見込みの少ない戦いを行って来た連中なのだ。
……それでも、命がけで戦うことを挑むほどに、現状に不満がある。そんな現状を変えることが出来ないのならば―――生きている意味はないのだ。命を捨てて主張するのさ、オレは今この瞬間に、納得してなんかいないぞ……と。
「特攻するだろう」
「……十中八九、そうでしょうな。彼らは今さら死など恐れないでしょう。帝国軍に対して、不帰の作戦を放つ気でいるのではないでしょうか」
「3週間は、戦士の傷を癒やすには十分な時間じゃある」
「残存する戦力を立て直し、その全てを投入する作戦を計画・実施するための時間としても十分です」
「はあ。落ち目のゲリラなんて、やることはそれぐらいだからな」
あるいは、平和的に白旗上げて解散するとかか……。
それもまた、悪い選択だとは、最近のオレは思わないよ。
でも。バルガス将軍という人物は、融通の利かない男らしい。不器用な生き方しかやれない男だと言うじゃないか?
……そういう古強者は、笑いながら特攻するもんだよ。自分の哲学を証明したいから。自分の『正義』は、正しかったと満足して死にたいのさ。
やれやれ。悲観的な考え方ばかりしているかもしれないが……そんな反・帝国軍のゲリラ組織なんてものは、山ほど見て来た。『イルカルラ血盟団』も、その考えに至ったんじゃないかと不安になる―――。
「―――ふん。忙しいことだな。罠を解除したというのに……『敵』が来るかよ」
「イエス。団長の魔力に反応したのかもしれないであります」
『戦鎌』を構えながら、キュレネイはオレに対して静かなダメ出しを語る。魔術に頼らず、ナイフでも投げた方が良かったかもな。反省点ではある。オレは赤い髪を三度ほど右手で掻きむしり―――次の瞬間には背中の竜太刀を引き抜いていた。
「……備えろ。かなりのデカブツが来るぞ。血盟団の連中、モンスターも置いて行きやがったらしい」
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