第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その12


 坑道の幾つかは崩落により潰れてしまっているが、基本的には頑丈さがあるはずだ。


 露天掘りで表面の鉱床は削り終えたらしい。その層の奥にあったのは、より硬度のある岩盤で、そいつを豪快に掘り進めることが困難だったから、露天掘りから坑道を掘ることに切り替えた。


 岩の質は露天掘りされていた部分と、わずかに違って見えるからな。鋼と語れるドワーフがいれば、より純度の高い鉱脈を狙って掘り進めることも容易い……。


 今はドワーフ族の縄張りは南になっているらしいが、この鉱山を掘っていた頃は、彼らの縄張りがここにもあったのか。あるいは、技師として雇われていただけなのかは分からないが……ドワーフ式の坑道だろうと感じた。


「罠があるとすれば、最悪のものはもちろん爆破と、それによる生き埋めだ。この罠の回避方法は分かるな?」


「イエス。まず罠を起動させないことであります。そして、もしもの時は……カミラに頼ることになるであります」


「じ、自分の『コウモリ』の能力っすね?」


「そうだ。あれなら岩で押し潰されてもノーダメージだ。わずかな隙間があれば外に出ることも可能。崩落に巻き込まれても、オレたち全員が助かる」


「……むろん、カミラの素早い術の展開があってこその回避方法ですがね」


 プレッシャーを与えるようなことをガンダラが口にする。カミラは案の定、緊張してしまうが……緊張するなという方がムリな仕事ではあるな。


 全員の命がかかっている。それをプレッシャーに思わないほど、オレのカミラ・ブリーズは鈍感な女じゃないよ。


「……罠に引っかかるつもりはないが、もしもの時は頼むぜ」


「は、はい!基本的に、みんな、自分の近くにいて下さいっす!!」


「そうね。カミラを中心に隊列を組むことにいたしましょう。罠に詳しいリング・マスターとキュレネイ、夜目の利くククルも前衛。私と、体の大きなガンダラはカミラの背後につく形がベストですわね」


 色っぽい厚みのある唇に指をそえながら、レイチェル・ミルラはオレの仕事を奪っていたよ。当然のフォーメーションではあるが、オレが少し言いたかったな。


 まあ、いいんだけどね。


「そういうわけだ。坑道に入るぞ」


「はい。ソルジェ兄さん、キュレネイさん。罠に注意して進みましょう」


「イエス。罠を仕掛けている確率は高いでありますが……仕掛けた者は脱出したハズであります。足跡を中心に探れば、そいつの仕事を読めそうでありますな」


「……いい考え方だ。キュレネイは足跡からの逆算を試みろ。ククルは天井を中心に見張れ」


「わかりました。上にも罠が仕掛けられている可能性がありますからね」


「そうだ……オレは全体的に探る。魔眼で透視することが出来るレベルの死角は透視しながらな」


「では、後衛部隊である私はマッピングをするとしましょう。坑道のマップがあれば、罠の仕掛けやすい場所などを予期することも適うかもしれませんからな」


 ガンダラぐらいにしか出来そうにない賢さ頼みの予測だな。


「ああ。オレも探索用の『そよ風』を放ちながら進む」


「『風』の音を聞くのは、私も得意ですわよ、リング・マスター」


 音楽的な才能に愛されたサーカス芸人の耳は、そこらの『風使い』よりも優れた聴覚を持っている。天才的な感性ってのは、経験や熟練では到達することのないアングルをもっちるもんだ。かなり頼りになる。


 罠ってのは、経験や常識を逆手に取るものだからな。賢さを使った者を絡め取る仕組みを構築するのがセオリーだ。天才的な感覚ならば、常識に囚われることもなく、罠の予兆に気づける可能性がある。


「頼むぜ、レイチェル。オレはベテラン過ぎて、罠にかかりやすいかもしれんからな」


「ウフフ。お任せ下さい。音の変化には、気をつけておくとしますわ」


「ソルジェさま、自分は?」


「緊急事態に備えながら、天井を見つめて歩く。それと同時に、血のにおいを探ってくれるか」


「血のにおい……っすね?」


「帝国軍の偵察兵が、この場所を調べていたとしてもおかしくはない。外と違って、坑道の中では血のにおいが保存されやすいだろう。湿っていて、密閉されているからな」


「了解っす。罠にかかった敵を探るんすね?」


「そういうことさ。負傷の痕跡を見つけられたら、その近くに罠がある可能性は高い。罠を予見することが適う……それに」


「それに……?」


「……この坑道は死角も多く、広さもあるし……ルートも多岐に分かれているだろう。罠を張るとすれば、設置式の罠だけではないかもしれん」


「イエス。多くの道に罠を仕掛けるのは、労力がかかりすぎるであります。『イルカルラ血盟団』がここを素早く放棄したとすれば、そんなに多くの罠を設置することは出来ないはずであります」


「……ならば、『罠の方から獲物に向かって来る』のなら、効率的ですわね!」


「わ、罠の方から、こっちに向かって来る……っすか?」


「ええ。モンスターを配置しておくことですよ。嗅覚の鋭く、俊敏なモンスターを」


「罠の方から、私たちに走って来てくれそうですね、その場合。無数の道に罠を仕掛けるよりは、効率的かもしれません」


「……獲物に襲いかかるモンスターなら、肉食系のモンスターっすね。留め置いたり、おびき寄せたりするのにも、肉がいる……」


「焼いた肉でない限り、血のにおいがするかもしれん。カミラ、『吸血鬼』の嗅覚でならば、そういう気配も察することが可能なはずだ」


「わかりました!……崩落に備えながら、血のにおいも探してみるっすね!」


「ああ。さてと……各々、それぞれの領分の注意点を把握したな。では、何かを見つけたり気づく度に報告しろ」


 罠は組織哲学だけでなく、心理状態も反映させることがある。罠の仕掛け方で、どう逃げたいかも予測することが可能かもしれない。


 たとえば?


 もしも、あせって早く逃げ去りたいのなら?……部隊の移動距離は少ないんじゃないか……とかね。


 砂漠じゃ長距離を追跡することは不可能さ。


 時間があれば、風に巻き上げられた砂に覆い尽くさせる。短距離移動の足跡を隠したい場合は、時間に頼るしかなくなるわけだ。夜逃げの距離が短いほどに、追跡されるリスクは高まる。


 あせってでも、無理やりに移動するはずさ。


 『イルカルラ血盟団』とて、長距離の夜逃げを好むとは思えない。ここには物資も多く保管されていただろうしな。


 物資の輸送は、かなりの労力を伴う。戦闘よりも体力を消費させることだって十分にありえるさ。


 『イルカルラ砂漠』の細かくて、歩きにくそうな砂を踏みながら、重量物を運ぶというのは、慣れた地元民だとしても間違いなく疲れる。ヒトは可能な限り労力を使いたくないもんだ。


 劣勢に立たされているゲリラ部隊ってのは、ケガ人も病人も抱えているものだしな。罠から心理分析をすることで、彼らの行動の方針ぐらいは読めるかもしれん。


 上空を旋回し、周囲30キロほどを偵察してくれているゼファーも、何かを見つけるだろうしな……。


 一つ一つの情報が小さな価値しか持たなかったとしても、つなぎ合わせることで何か重要な手がかりになるということは十分にあり得るもんだ。


 ……ちょっと長くはなったが、そんなことも演説風に話した後で、オレは作戦の開始を宣言する―――。


「―――情報を共有しながら、仕事にかかるぞ。『イルカルラ血盟団』の残した痕跡、その全てを見つける気で行くぞ!!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る