第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その11


 オレたちは手分けをして、砂にまみれた土地で情報を探す。『イルカルラ砂漠』の何とも微細な砂たちは、証拠を隠してしまうんだよ。


 だが、オレにはアーレスの遺してくれた力がある。


 砂の底に隠れた痕跡さえも、見つけられるのさ。


 何があるかは分からないが、何かを見つけられたら状況を分析するための鍵になる。何も見つけられなかったら?……ここで戦闘が起こらなかったという証にはなる。


 『イルカルラ血盟団』は、ナックスの捕縛にリアクションし、3週間前にここを放棄した線が有望になるわけだ。


 それはオレたちにとっては喜ばしい情報になるだろう。


 ……しかし、どんな背景にせよ、『イルカルラ血盟団』は長らく使って来た拠点の一つを放棄せざるを得なくなった。


 彼らは、どれぐらい安全なアジトを持っていたのだろうか……?


 パトロンたちから物資の補給を受け取るための、おそらく最も安全なアジトの一つは失ったのは事実だ。バルガス将軍は、そのダメージを挽回することが可能なのか?……巨人族さえもまとめ上げることの出来ぬ今、彼にどこまで期待することが出来るのだろうか。


 ……色々なことを考えつつ、砂漠の細かい砂を睨みつけながら、探索を続けた。


 十数分後。


 集まった猟兵たちの総意を作り上げることは、とても簡単なことであった。


「……この場所に、戦闘行為の痕跡はありません」


「イエス。大量出血の痕跡は見つけられなかったであります。それに、戦闘で破壊された武器が放置されてもいないでありますし……」


「流れ矢などが家屋に刺さっている痕跡もありませんでしたわ」


「はい。自分も、とくに変わったモノは見つけられませんでした。血のにおいなら、多少は古くても近くに行けば嗅ぎ取れると思うんすけど……そういうのも、ここには無いようです」


「……結論を出しても、良いかもしれませんな」


「……ああ。『イルカルラ血盟団』は、3週間前、ドゥーニア姫の部隊が敗北し、さらにナックスが捕虜にされた時……支援者からの物資を受け取るために使っていた、この重要な拠点を放棄した」


 かなり勇気のいる決断だっただろう。自分たちの食料や医薬品さえも枯渇する可能性を覚悟で……この拠点を捨てたのだ。


「その事実は、彼らが未だに壊滅していないことを示す根拠の一つにはなりますな」


「……そ、そうっすよ。だって、ドゥーニア姫は生きているみたっすもんね?」


「ノー。カミラ。ドゥーニア姫が生きていたとしても、『イルカルラ血盟団』の生存を支持するまでの根拠にはならないであります」


「そ、そうなんすか……?」


「はい。『イルカルラ血盟団』が壊滅していたとしても、ドゥーニア姫だけが逃げ延びているというシチュエーションもあり得ますから」


「な、なるほど……でも、そのパターンだと、どうしてドゥーニア姫が追われているんすか?……仮に、『イルカルラ血盟団』が壊滅していたら、彼女を追いかける理由は、何かあるんすか……?」


 カミラの疑問に対して即答したのは、ガンダラだったよ。


「ドゥーニア姫を捕らえることは、民衆蜂起に対しての抑止力につながるからですな」


「……え、えーと、どういうことっすか……?」


 オレの『吸血鬼』さんは金髪ポニーテールがある頭を、両手で抱えるようにして支えていたよ。ガンダラの説明は、ちょっと難しいかもしれない。


 夫であり、団長の仕事を果たそう。


「ドゥーニア姫を確保して、生かして捕らえておくことが出来たら?……彼女は人質になるんだ」


「人質っすか……?」


「分かりましたわ。民衆たちが、『新たなイルカルラ血盟団』を作り上げないなように、彼女の身柄を捕らえておきたいのですわね」


 天才肌のうちの踊り子は、感性で物事を理解する。『新たなイルカルラ血盟団』か、説得に使うには丁度いい言葉だなと思った。


「そうさ。民衆が立ち上がるためには、英雄という旗印がいる。彼女は『メイガーロフ武国』の大臣の娘だ。そして、『狭間』であり戦闘能力は高い……英雄にするだけの実力と地位を合わせ持っている」


「更に言えば、『太陽の目』を筆頭に、一部の人々に人気がない、かつての『メイガーロフ武国』を牛耳っていて権力者とは、直接的な因縁を持たない若い世代であることも有効でしょう」


 そうだ。ガミン王の治世に対しては、文句を訴える人物が少なからずいる。『メイガーロフ武国』の旧政権に関わっていることは、それだけで政治的な面でのマイナスになる。


 ……それは旧政権の関係者各位には、実力よりも政治的趣向という、所詮はただの感情論にしか過ぎない物差しに補正がかかり、実力の評価を下げられるという不平等な仕組みにはなってしまう。


「戦士としての実力者が大勢いるはずの『イルカルラ血盟団』に、バルガス将軍以外のカリスマが生まれていないのは、彼らに実力が足りないわけではなく、彼らが人気の無い旧政権の戦士たちだからだ」


 ……世の中ってのは、そんなものだ。実力を評価するという難解な行いは中々やれない。政治という感情の色眼鏡が機能すれば、良いモノもクズ。悪いモノも素晴らしくなる。


 多人種で構成されているというだけで、天下無双ぞろいの『パンジャール猟兵団』が仕事にあぶれていて、森でサバイバル生活しなくちゃならなかったことで、オレは世間サマの考えってのを痛いほど認識した気がする。


「……ただの『狭間』に過ぎない若い娘の功績が、英雄化される程の評価を受けているのですのものね」


「彼女よりも有能な戦士は、元々の正規軍である『イルカルラ血盟団』には何十人だっていたはずですよね」


 そう。才能があったところで、経験に劣る戦士が戦場でどれだけのことをやれるというのか?……彼女が天才であったとしても、天才ぐらいではベテランの経験値には敵わないのが現実的な評価である。


「それぐらい、人気がないってことっすね、『イルカルラ血盟団』……っ」


「分かりやすく言うとそうだ。彼らは嫌われ者なんだ……だからこそ、真の意味での『メイガーロフ人』の旗印にはなれないでいる」


「……だから、ドゥーニア姫を売り込もうとしていたのかもしれないであります」


 キュレネイは暑い日差しを嫌い、ガンダラという巨大な日よけを用いながら発言していた。ガンダラの影にしゃがみ込みながら、水筒の中のお茶を飲んでいた。


 男らしい日よけとして美少女を守る副官殿は、キュレネイの言葉を支持するためにうなずいていた。


「ええ。それは考えられますな。彼女に精鋭を与えた編成も……彼女の良過ぎる噂が流れていることも……印象操作や情報戦の一環だったのかもしれませんな」


 『イルカルラ血盟団』は正規軍だった連中だ。政治が読めないわけじゃない。ドゥーニア姫を祭り上げたのは、彼らのイメージ戦略だったのかもしれないってことさ。


 政治的に民衆が受け入れやすい『お飾り』を用意して、実務は実力のあるベテランたちが行えばいい。


 ……そういう組織運営の方が、政治力は発揮されるだろうし、実務能力も高そうではある。もちろん、彼女の能力そのものも高いのだろうがな……乱世の『お飾り』は、それはそれで命がけになるさ。弱ければ、すでに死んでいる。


 誰かに手配されたカリスマ性であろうとも、勝手に生まれた天然モノのカリスマ性であろうとも、組織や民衆へ与える効果は同じようなもんだろうしな。どんな背景があれ、カリスマを得ている彼女は、今の『メイガーロフ人』の中で、最重要人物の一人なのだ。


 下手をすれば、『イルカルラ血盟団』の長である、バルガス将軍そのヒトにさえも、政治的な価値は大きいかもしれない……。


「……彼女を確保すれば、『新たなイルカルラ血盟団』を作ることは不可能になる」


「それが、民衆蜂起に対する、抑止力……っすね?」


「そうです。彼女を殺せば、誰かが報復のために立ち上がり、カリスマを継承するかもしれません。しかし、彼女を牢にでも捕らえることが出来ていれば、彼女のカリスマを受け継ぐ者は現れませんからな。カリスマを持つ政治的指導者を生かして捕らえるのは、そういうことが理由ですよ」


 そいつを狙って、メイウェイ大佐は彼女を確保しようとしているのかもしれないし、もっと単純に、『イルカルラ血盟団』における最強部隊を潰して、その戦力と士気を破壊するつもりなのかもしれないな……。


「……とにかく。『イルカルラ血盟団』は3週間前に、大きな決断をした。重要な物資供給ルートを放棄し、どこかに身を隠している」


「じゃ、じゃあ。彼らを追いかけるための手段は……」


「……一つだけ心あたりがある」


「ど、どんなことっすか?」


「もしも、ナックスからの情報漏えいを心配し、ここを放棄したとすれば……帝国軍に対して置き土産の一つでも残しているんじゃないかとな」


「イエス。帝国軍が、誰かからの情報を頼りにここに辿り着いた時、我々と同じ行動を取ることは予想がつくであります。まずは外を探し、痕跡が見つからないのなら……坑道の内部に、偵察兵たちは入るであります」


「ウフフ。分かりましたわ。では、鉱山の内部に……危険な『罠』を残しておくわけですわね?」


「そうだ。そいつに呪いが使われていたら、オレならば簡単に追いかけられる。敵の罠が高い確率で施されている場所に、今から皆で入るとしよう」




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