第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その13


 坑道の内部へと入る。湿度を感じたよ。山は水源と成り得るからな。『カナット山脈』はそれなりに高い山が連なっているため、雲が引っかかる。その雲の水分を山肌が吸収して、地下に染み入ることになるのさ。


 砂漠においても、その法則は変わらないようであり、壁を見ると少し湿っていた。足下を腹の長い見知らぬ形状をした黄色い虫がせわしなく走っていく。数は多くなさそうだが、外の砂漠よりは豊かな生態系が存在しているのかもしれない。


 ホコリと砂とカビの混じった、ダンジョン特有のにおいに触れながら、『パンジャール猟兵団』の『アルトン鉱山』探険はスタートしたわけさ。


 ……坑道ってのは、鉱石を探しながら右往左往し、上にも下にも穴を掘っていくもので、天然のダンジョンと言えるだろう。ヒトが地下に求めるものは、そう多くはない。鉱物資源の採掘……宗教的な秘匿空間、軍事的な拠点……ドワーフ族たちは居住空間もか。


 それほど多く種類はなくて、コイツは鉱物資源の採掘にのみ使われていたようだな。


 探索用の『そよ風』を定期的に放ち、反響する音を耳で聞いていくと、大まかな構造が分かって来た。底は深いようだ。そして……ところどこに小さな縦穴が開けられている。天井部分に穴があり、換気用の空気穴として使われているらしい。


 ……高度な構造ではないな。


 つまり、ここは軍事的拠点としての改造はされていない。とはいえ、迷子になれるぐらいには複雑な形はしている。薄暗いし、道は多い……所々に、自然に崩落が起きた形跡も見られるよ。


 集中しながら歩いて行くが、『イルカルラ血盟団』が罠を仕掛けるとすれば、おそらくは少々、深く潜った場所にあるはずだとは予想している。その予想の裏をかくのが、良い罠だから、気を抜けないんだけどね。


 罠が有りそうだということは帝国軍だって察するさ。だから、罠にかけるためには警戒心を削ぐための時間が要る。罠の無い時間を過ごさせて、油断させる……あるいは、集中力という有限のモノを消費させることで、罠に対する感受性を落とすために。


 無いよ、と見せかけておいて、探索者が油断したり疲れて来たトコロを狙うのが、上等な罠ってものさ。


 ……『イルカルラ血盟団』は『メイガーロフ武国』の正規軍の生き残りたちが、中心となって作り上げられた組織だ。


 軍隊に限らず、大きな組織というモノは合理的に洗練されていくもので、だからこそ戦術は大陸中、どの戦闘集団でも似たような形に行き着くのだ。そう、先代団長であるガルフ・コルテスは分析していた。


 それなりに経歴のある組織は、似てくるものさ。『イルカルラ血盟団』は、ただの反・帝国ゲリラ組織よりも、長い伝統を継承したベテラン集団だ。彼らの罠は、浅い場所には作らないと思う。何故なら?……オレが彼らの立場なら、そうするからだ。


 ヒトってのは、同じような考えを持ち始めるもんだよ。完全な独自の発想というものは、軍事組織には無いもんだ。


 ……その考えを口に出すことはない。固定観念という罠に対して最大の弱点を、皆の意識に植え付けることになりかねないからな。油断を招くような発言を、リーダーがすべきじゃないんだ。


 だけど……。


 どうやら、『イルカルラ血盟団』の考えは、オレと似通っているらしい。坑道に潜ってから15分、罠の痕跡に遭遇することはなかった。


 ……何もない閉鎖的な空間。特徴の乏しい削られた岩壁と、坑道が崩れないように支える丸太の柱……もしも、オレがガキだったら?……そろそろ退屈さを少しでも晴らしてやろうと、全力疾走し始める頃だ。


 大人のオレも、段々とこの似通った穴に飽きてきている。


 ……猟兵としての経験値を積んできていなかったなら、そろそろ油断を始める頃だな。


 だからこそ、オレは集中力を深めていく。


 オレが、この坑道の迷路に罠を仕掛けるとするのなら、そろそろだと考えているからだよ。そして、最初の罠は派手なものにするだろう。敵集団にダメージを与えるために、インパクトのある大きな罠を最初の一撃に選ぶんだよ……。


 ……嗅覚が、反応する。


 湿った風に火薬のにおいが融け込んでいることに、オレは気がついていた。


「……火薬だな」


「イエス。火薬のにおい。かなり多く仕掛けられてあるであります」


「大きな通路ばかり選んでいたのは、この罠に遭遇するためだったんですね、ソルジェ兄さん」


 キュレネイもククルも優秀だ。左右の腕を伸ばして、ダブル・ナデナデを実行する。


「そうだ、よーく勘づいたな」


「えへへ……」


「ふむ。人気のない暗がりのなかで、団長にさわられてしまってありますぞ」


 ……キュレネイが、オレの可愛らしい行為に対して、酷い評価をつけていたよ。オレは苦笑しながら、少女たちの頭をナデナデするのを止めていた。


「もっと、ナデナデしても良いのでありますぞ?ちょっとやそっとのセクハラぐらい、団長の特別な犬である私はへっちゃらでありますから」


「いや。それよりも罠だろ?」


 ……それに、セクハラとかじゃないぞ。親愛を込めたスキンシップであり、性的な意味とかないからな。


「そ、そうですね。火薬の量から察するに、フロア全体を崩落させる仕掛けでしょうね」


「今まで、150メートルごとに大きなフロアがありましたよ。おそらく、設計思想。ここから、約70メートル先にも今までと同等のフロアがあるのでしょう。そこが、怪しいですな」


 マッピング担当のガンダラが、手製マップを片手にそう教えてくれたよ。何メートルずつかまで把握しているとは、さすがガンダラだな。オレも感覚的にはイメージしていたが、正確な数字までは頭になかった。


 ……この鉱山がシンプルで飽きが来やすいということは、裏を返せば洗練された哲学が反映されたデザインということでもある。150メートルごとのフロア。そこは丸太の柱が多く有り、頑丈に補強された場所だった。


 本来ならば、落盤事故が起きた時、救助の最前線基地となったり……あるいは、もっと普段からの使用として、採掘された鉱石を小さく砕いて、要らない部分と要る部分に分ける作業場だったりしたのかもしれない。


 岩盤の強度を計算した上での設計なのさ。最低でも、150メートルほどの距離を保つことで、安全な強度を発揮出来る……。


 『アルトン鉱山』を掘り進めていた職人たちは、そんな哲学を完成させたのだろう。おそらく、他の場所での幾つもの失敗を糧にして。


「……次のフロアは、罠が確実に存在しているということっすね……!しかも、大爆発しちゃう罠が……っ」


「ウフフ。カミラに抱きついておきたくなりますわね」


「はい。レイチェル、抱きついていて大丈夫っすよ。いつでも、『コウモリ』に化けちゃえますから」


 オレのヨメが集中している。


 でも、悪いが、カミラに出番を与えるつもりはない。罠を作動させるつもりは、オレには毛頭無いんだよ。


「解除を試みる。解除して、彼らの罠の哲学を分析するぞ」


「イエス。この見え見えの罠にかかっては、『パンジャール猟兵団』の名折れ。草葉の陰でガルフがドン引きしながらしゃっくりするであります」


「そ、そうですね。それでは、どうしましょう?……小さな通路に出て、回り込むように次のフロアに到達しますか?」


「それも有りだが……せっかくだから、正面から行くぞ。堂々と罠を直視して、看破してやるんだ」


「分かりました。それも有りですね。何というか……あそこに、これ見よがしな足跡もあります」


 『メルカ・コルン』の夜間視力の良さを発揮して、ククルは40メートル先にある足跡を指差していた。『メルカ・コルン』以外には、ケットシーか、魔眼持ちぐらいにしか出来ない芸当だな。さすが、我が妹分だ。とんでもなく有能。


 さてと。爆破の罠と正面から対決することを選んだ我々は、ゆっくりと前進していく。足跡に近づいたククルが、分析を語った。


「あの足跡……かかとが、わずかにブレています。おそらく、後ろ歩きですね」


「イエス。罠を仕掛けて、ゆっくりと後退したのであります」


「……それって、未熟ってことですか?……私、『メルカ・コルン』だから、練度も継承してしまい、そういう感覚が把握しきれないところがあるんです。罠を気にしていて、後ろ向きに歩いた……?それとも、私たちを誘うために、足跡で安心させるため?」


「両方、考えられることだな。感度の良い罠を仕掛けていたのかもしれない」


「……ワイヤーが敏感だとか?ちょっと触れただけで、爆発するとか……?」


「モンスターを気にしているパターンかもしれないであります。おそらく、この罠は時間経過的には最後に設置されたものであります。放し飼いの肉食モンスターも設置してあるとすれば……それが走り回っていれば……ワイヤーに触れてしまうかもしれない」


「なるほど。複数の考えを、並列して実行している可能性がある……ベテランの罠使いでしょうか」


「最後の仕事を任せられるのは、使い捨ての雑魚か……あるいは責任者だろう。死体を見なかったし、カミラも血を嗅いでいない。ベテランの仕事である可能性の方が、高いかもしれんな。どうあれ、注意して進むぞ」




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