第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その23


 新たな契約を取りつけた。やることは簡単、いつもの通り帝国兵を殺すだけ。エルフ族の山賊の犯行に偽装したりすることになるがな。しかし、それはあまり難しいことじゃない。


 山賊たちはテリトリーを守っているからな。彼らの縄張りで商隊を襲撃すればいい。エルフ族らしく、弓矢で狙撃すれば十分なことだろ?……噂の方は、彼女を頼ることになる。もちろん『アルステイム』のヴェリイ・リオーネさ。


 情報戦の達人。『アルトーレ』で彼女の部下たちに嘘情報を流してもらうとするさ。ついでに、『メイガーロフ』の東部にいるケットシーたちの山賊……彼らと連携することが出来ないか、接触を頼むとするさ。


 同じケットシーのアウトロー同士……と言えば乱暴か?それでも、他の種族で接触するよりは気が通じやすいだろうからな。


 何も『自由同盟』と組めと言うわけではなく、ケットシーの山賊たちが帝国軍の輸送隊なんかを襲撃しやすくなるように、『自由同盟』の部隊が、どんなタイミングで帝国軍を襲うか……なんていう情報を渡すだけでもいいだろうよ。


 戦という程の規模ではないが、『自由同盟』と帝国軍の小競り合いは頻発している。敗北して撤退する帝国軍の小規模部隊に対して、ケットシーの山賊たちが『追い剥ぎ』を行えば?……帝国の被害も増えるし、山賊たちは儲かるわけだ。


 利益で誘導すべき。情報提供者ジンダーのアドバイスも、頭に残っている。『メイガーロフ人』ってのは、合理的であり、利益の有無で行動を選択する傾向が強いようだ。ヴェリイに頼ろう。彼女も、頼ってくれと言っていたわけだしな。友情に甘えるとするさ。


「……いい契約が結べたな、ソルジェ」


「そうっすね。皆に利益がある契約っす!」


「ああ。帝国を打撃して、その報酬として『太陽の目』と『自由同盟』を結びつけるんだからな―――」


 ―――悪くない取引だろ?ガンダラに目配せを使い無言で訊いてみる。知恵ある巨人族の副官殿は、首を縦に振ることもなく、ただ静かに瞬きで答えていた。文句があるなら言ってくるさ。それが無いってことは、イエスって意味なんだよ。


「……さてと。長話になってしまったな。そろそろ次のことをしよう」


「ナックスを誰にも気づかれずに運び出す……そうでしたね?」


「そうさ。帝国軍の監視に気づかれないようにな……ついでに言えば、『カムラン寺院』から、この採風塔を睨みつけている僧兵たちにもだ」


「彼らは、私を心配してくれているのです」


「それだけじゃない。彼らは、敵意を持っている。ナックスのことを、八つ裂きにしてやりたいと考えているヤツらだろ」


 ナックスが居心地悪そうに体を揺さぶった。狭い納屋にぎゅうぎゅう詰めにされた羊みたいにな。


「……イヤなことを言うなよ」


「事実だ。彼らは、『イルカルラ血盟団』のことを許していない。ホーアンの考えに逆らって、お前の情報を帝国軍へ渡す可能性さえある。彼らにも、見られるべきではない。それが、関係者全員にとっての最良だ。そうだな、ホーアン?」


「……そうですね。それが本当に可能なのであれば、そうすべきですが……地下水路にでもつけるのですか?」


 『人魚』のレイチェル・ミルラがいるからな。その作戦も実のところ不可能なわけではない。しかし、カミラがいるから、『コウモリ』で運んでやるべきだ。


 『人魚』に連れられて水中を移動するという行いは、とてもファンタジックな体験であり、人生において一度ぐらいは味わうべき冒険だと確信しているが……体には少々、負担があるからな。ケガ人にすべき行いではない。


「……オレ、そんなに長く息を止めていられる自信はないぜ……?」


「安心しろ。他の作戦で行く。お前に負担は強いないさ。『イルカルラ血盟団』と接触するための、大事な情報源だからな」


「あ、ああ。そうだな……血盟団についての情報を、アンタに教えなくちゃならないか」


「……ドゥーニア姫に対する、忠義の立て方を間違うなよ」


「……そうだな。彼女が生き残るために、行動すべきだ。アンタは……巨人族の友人がいるみたいだし、エルフのヨメとか他のヨメとかいて……何て言うか、帝国とは真逆だもんな?」


「いい表現だな。気に入ったぞ。オレは帝国とは真逆にいるよ」


「だよ、な……?……だから、信じられそうだ。なあ、ホーアンさん。この旦那は、信じられるヒトだよな?」


「そのはずですよ。彼からは、帝国軍に対しての深い憎しみと怒りを感じます。そして、誠意も感じる……『自由同盟』が我々を『使う』という事実を、隠さずに教えて下さいました。そして、我々の被害を減らすための手段となってくれる……その行為を、私は信じることにします」


「そうしてくれ。信頼には応える。裏切られない限りはな」


「私は、ヒトを裏切るようなことに長けてはいませんよ。誰との縁も切りたくはないのです。そんな考えだから、甘いのかもしれないですが……」


 乱世は僧侶の心も苦しめるようだ。敵味方の対立が激しい状況において、組織の長という者は方針の決定を強いられる。本来なら、宗教家として蛇神ヴァールティーンへの祈りの日々にいたいだけなのかもしれない。彼は、老いているしな。平和を求めているのさ。


 ……それでも、乱世はホーアンに選択を求める。そのせいで、ホーアンは、つきたくもない嘘や誤魔化しを用いたりしながら、まとまるわけもない皆の意見集約に奔走したりして苦しんでいるのさ。今夜は、『未来』の魔王とも地の底で契約を交わした。


「……帝国軍の方々も、皆が残酷なわけではないのです。彼らも若く、それぞれの人生を全うしているだけ。彼らは侵略者ですし、争いになれば自衛のために私も槍と踊りましょう。しかし……そんな日が、来なければ良いと思う。私は……甘いのです」


「ククク!……それでいいのさ」


「何ですと……?」


「僧侶が理想的なやさしさを追及しないでどうする?……やさしさや寛容さの無い宗教家など、真に困窮し苦しんでいる者の魂を救済することにはつながらない。ホーアンよ、アンタのやさしさは、僧侶として正しい」


「……そうですかね。そう言って頂けると、少し、自信が湧いて来ますよ」


「ホーアンさんは間違っちゃいねえよ。オレのことも、匿ってくれたし……アンタが匿ってくれなかったら、若い僧兵の連中に殴り殺されているかも……オレの兄弟は、無事だよな……?」


「無事ですよ。混乱を避けるために、『ガッシャーラ山』の祠に行ってもらっていますがね……そう伝えていたと思いますが?」


「ああ、そうだった。悪いね。山に行ったのは知っていたんだけど……その後は、どうなったのかと聞けてなかったから……信じてないワケじゃない……ただ、不安になるぐらいはいいだろ?」


「たしかに。大丈夫ですよ。我々は、同門が殺し合うことを禁じている。己の信仰にかけて、それは行いません」


「そうだな。うん、信じるよ。兄弟の選んだ道と、その仲間を……蛇神ヴァールティーンさまのこともね。オレが聖山の麓にある街で、命をつなげた……それも、蛇神さまの思し召しだろう」


「ええ。ヴァールティーンの恵みをもたらす北風に、祈りを捧げて下さい」


「そうする……」


 蛇神の信徒たちは、それぞれの右手を挙げて、採風塔に吹き込む『ガッシャーラ山』からの風を指で撫でていた……行動の意味を正確に読み解くことは出来ないが、そこに信仰が息づき、彼らにとって聖なる行為であることは分かった。


 だから、沈黙をもって見守った。数十秒ほどの祈りの時間は過ぎて、ガンダラはスケジュールを進めることにしたらしい。


「では、団長。私はホーアン殿と採風塔から出ましょう」


「そうしてくれ。出て行った人数が減れば、怪しまれる。とくに巨人族の数はな」


「……オレが彼に成り代わるとか?そういうハナシ?」


「何かを企んでいると思われかねないのは事実だ。だから、ガンダラはホーアンと出て行けばいいんだよ……あと、ホーアン」


「何ですか?」


「……もうハナシがついているかもしれないが……一応、言っておく。ガンダラに適当な紹介状を書いていてくれないか?」


「すでに頼まれていますよ」


「だろうな……」


 そうだとは思った。『太陽の目』の長老の一人の紹介状。そういうモノがあれば、『メイガーロフ』では色々と使い道があるからな……ガンダラは無表情のまま大きな肩をすくめる。


「さすがは団長ですな。副官である私の行動をお見通しのようだ」


「……オレの考えこそ、読まれているような気がしてる」


 ちょっとマヌケに見えたかもしれんが、オレも心配性というか、つい頭に浮かんだ言葉を喋ってしまうのさ。オレの思いついたことを、ガンダラが思いつかないハズがないってことは、百も承知のハズなのによ……。




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