第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その24


「では。後ほど」


 そう言ってガンダラとホーアンはこの修行部屋を出て行ったよ。ホーアンの気配が遠ざかるのを確認しつつ、オレはナックスに問いかける。


「……それで。オレたちを信用してくれるというのなら、『イルカルラ血盟団』との接触方法を教えてくれるか?」


「ああ。血盟団と出会うための方法……そいつを教えておけばいいか」


「教えておけ。今なら、ホーアンにもバレない」


「色々と気遣いしてくれているのか……ガルーナの魔王サマは」


「お前の忠誠心を買っているんだよ。反・帝国組織に所属しているという意味では、同志だからな。意志を尊重したい」


「そうだな……『自由同盟』か」


「バルガス将軍は外国勢力と手を組みたがっていないのか?」


「……まあ、理想を言えば……オレたち『メイガーロフ人』だけの力で帝国を追い出したいところだけど……我々の部隊が敗退したとなると、事情は変わっていると思う」


 ドゥーニア姫の部隊は精強ぞろいだったらしいからな。それが負けた……『イルカルラ血盟団』の戦力は、かなり低下しているだろうよ。


 苦境に立たされての戦いでは、精強な者から死んでいく。武国時代のベテランが多い組織というのなら、長年の戦でベテランは傷だらけさ。ドゥーニア姫の精鋭部隊が負けたことは、『イルカルラ血盟団』の組織としての寿命が尽きることを早めているだろう。


 ……帝国軍のメイウェイ大佐は、それを分かって彼女の部隊を追撃しようと必死になっているのかもな。カリスマが消えれば、死にかけの組織が瓦解する日は遠くないからだ。


「……でも。将軍は、意固地だからなぁ……」


「……ナックスよ。いいか?……オレたちは『イルカルラ血盟団』と協力関係を築きたいんだ。別に、この土地を支配したいわけじゃない。共通の目的である、ファリス帝国の打倒。それを果たしたいだけだよ」


「そ、そうだな……将軍は、武国を復興したい。そのためにも、国外の勢力に頼ることを喜んじゃいないけどさ。でも……きっと……今なら聞く耳ぐらい持つさ。もしも、持たなかったら……」


「ドゥーニア姫を頼ろうと思っている」


「……それがいいかも。血盟団が滅べば、抵抗運動は終わっちまうんだ……彼女なら、アンタたちを雇うぐらいの柔軟性はあると思うよ。聡明な女性なんだ。すべきことを、してくれるハズ」


「……期待しておくさ。それで、どうすれば血盟団に接触することが出来るんだ?」


「……『ラーシャール』の北、30キロほどの場所に、砂漠に囲まれた採掘場がある」


「鉄鉱石か」


「そうだよ。と言っても、その採掘場は枯れてしまって久しいものなんだ。だから、正確には跡地だ。ここは、血盟団の拠点の一つだ。血盟団は、帝国軍に捕捉されないように、複数の拠点を移動して、場合によればイルカルラ砂漠の奥にも向かう……」


「神出鬼没が強みか」


「ああ。武国の時代からの、バルガス将軍の得意技さ」


「……この採掘場には、そんな将軍がよく現れるのか?」


「うん。ここは……オレたち血盟団を支持してくれている商人たちが、物資を運んでくれる場所でもあるからさ」


 ……どう補給をしているのかは謎だったが、そういうことか。


「帝国の統治に反発している商人たちは、少なくないわけだ」


「もちろん。帝国人の商人が入って来たことで、損した商人も多いから」


 損得勘定で動く国民性だな。そういう言葉は口にしない。そもそも、戦ってのは金と政治力のために行うんだからな……商人の利権というのは、戦の大きな動機だよ。羽根戦争とかが、いい例だ。


「パトロンが物資を補給してくれる場所だから、将軍たちの部隊もここには足しげく通うことになるわけだ。しかし、よく帝国軍にバレなかったな」


「砂漠の商人はしたたかだからね。オレたち戦士よりも、ずっと上手に帝国から隠れて色々とやっているのさ」


「……まあ、感心しておくことにするよ」


「ああ。『アルトン鉱山』……そこを見張れば、血盟団のメンバーと遭遇出来る。そこにオレを連れて行ってくれれば…………」


 ナックスの声は途切れ、彼は自分の折れた脚を見つめる。


「その脚では、まだムリだな。オレたちだけで行くとする。ドゥーニア姫の部隊の生き残りの紹介と言えば、彼らも警戒しないだろう」


「そう上手く行くかは分からないが……そこは、旦那の交渉術の出番だ」


「任せろ。荒事も得意だ」


「……ちょっと不安になるよ。オレの仲間を殺すなよ?」


「当然だ。死ぬなら、帝国軍と戦って死んでもらいたいからな」


「ハハハ。まったくだよ……」


 饒舌になって来たナックスは、笑みまで見せてくれている。今なら、もう少し質問することが出来るかもしれない。


 オレは一つ気になっていることがあるからな。


「なあ、ナックスよ」


「なんだい、旦那?」


「『ラクタパクシャ』は、血盟団を襲うことはあるか?」


「……いいや。無いな。ヤツらの残酷さは知っている。遭遇すれば、退治してやろうとは思っているんだが……遭遇することは稀なんだ」


「そうか……血盟団のパトロンが、『ラクタパクシャ』に襲われたことはあるか?」


「何度かね。でも……他の商人たちよりは、襲われてないかも……?」


「なるほど。『ラクタパクシャ』には、帝国軍の血が流れているのかもしれんな……」


「どういうことだい?……帝国軍の脱走兵は、たしかに『ラクタパクシャ』に合流しているらしいが……そういうことか?」


「……ただの推理というか、妄想というかな。確たる証拠の無い考えだ。そんなに気にしなくていいぞ」


「……そうか?……まあ、旦那がそう言うのなら、そうしておくよ」


 ……そう。まだ推理の途中というかな。余計なことを言えば、拷問のせいで精神的に不安定になっていたナックスの心を混乱させてしまうかもしれない。今は、語らない方がいいだろう。


 固定観念で視野を狭めてしまうことも危険だしな。『ラクタパクシャ』、今はただの血に飢えた山賊団という認識でいよう。怪しんではおくがな……。


「さてと、オレたちも移動しなければならないな。またカミラに頼ることになるが……魔力は大丈夫か?」


 カミラは自信満々なドヤ顔モードだ。


「はい!自分、暗いところにいると魔力が回復するのが早いっすから!それに、ソルジェさまの血の効果も、ガッツリと残ってますし!」


「そうか。じゃあ、頼むぞ」


「……了解っす!」


「……えーと。何が起こるんだい?……少し、ていうかさ、かーなり、オレ、不安なんだけど?」


「ソルジェよ。この男は精神的な不安定さがあるぞ。『コウモリ』になると、混乱してしまうかもしれん」


 オレと同じ懸念をリエルも感じているようだ。たしかに、『闇』の魔術はナックスにはあまりにも未知なる行為だからな……『驚いた』。だけでは済まずに、パニック状態になる可能性を否定することは難しい。


 『コウモリ』になると、視界も無数に分裂するしな。空を飛ぶことも、楽しめない者だっている……。


「ナックス。睡眠薬で朝まで寝ておくか?」


「え?」


「寝ているあいだに、コッソリと運んでやる。お前は、眠れていないだろう?……そんなことでは心も落ち着かないし、骨の治りも遅くなる」


「うむ。骨折治癒を促進する霊薬と一緒に、即効性の睡眠薬を飲めばいい。そうすれば、骨の治りが倍以上は早くなるぞ」


「……お、おう。そうだな。何だか、ちょっとしたことでもパニックになって叫んで、迷惑をかけてしまうかもしれない……ちょっと情けないが、その薬に頼らせてくれるかい?」




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