第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その22
「……依頼?」
「傭兵を雇うんだ。オレたちは、『自由同盟』のために戦うし、それは変わらない。『メイガーロフ』は軍事的な危機に直面することになる。オレたち『自由同盟』が勝利するためには、アンタたちにも血を流してもらわなければならないからだ」
きれいな嘘で状況を取り繕ってもしょうがないことだしな。真実を述べることにする。帝国とのあいだにおける戦火を拡大すること……それが、『自由同盟』が生き残るための唯一の方法だ。
「……アンタたちの穏やかな祈りの日々を奪うことになるかもしれない。それは罪深いことだろう。だが、それでもオレたちはアンタたちを巻き込む」
「そうしなければ、あなた方の勝利はないからですね」
「ああ。だが、分かりきっているのなら、備えることも可能じゃないか」
「備える、ですか?……何が出来るのでしょう?」
「帝国軍に襲撃された時は、自衛のために戦う。そのことには僧兵たちの多くは一致しているんだろ?……ならば、戦うための準備だけでもしておけ。帝国とのかりそめの友好を保ちつつも、帝国の襲撃には備えておけばいい」
「……我々の被害を少なくするための方法が、貴方にはあるわけですか……」
「傭兵は戦争屋だ。戦の被害も少なくする手段も心得ている。アンタたちだけに攻撃が集中しないよう、帝国の意識を分散することも可能だ」
「それって、オレたち『イルカルラ血盟団』を利用するってことかい?」
呪いから解き放たれた男は、苦笑いを浮かべながらこちらを見ている。ドゥーニア姫の部隊の一員として、警戒心が強くなっているのだろうか。だが、大きな誤解をしているようだ。
「君らじゃないさ。まだ、利用することが可能な勢力がいるだろ」
「……ん?いるかな……?」
姫君のための騎士は首を捻り、我が副官殿は口を開いた。
「ええ、いますよ。山賊たちですな」
「その通り。さすがはオレの副官だな、ガンダラよ」
『メイガーロフ』は山賊が多い。この土地にも山賊がいる……エルフ族主体の山賊がな。残酷さは少なく、農家の出身者が多いようだが……荒事と鋼の扱いに慣れた体力のある若者たちという意味では、戦力として理想的な側面を持つ。
「彼らも巻き込むべきですな」
「だがよ。どうやってやるっていうんだい?……アイツらには、祖国や街のために戦う気概ってモンはねえぞ?グレちまった、農家のせがれどもだし……」
「噂でもいいんだよ」
「噂ァ?」
「帝国軍には、この土地の山賊たちが帝国軍に対して、攻撃的な性格を持っているという噂を流せばいい。『アルトーレ』で流せば、すぐに届くさ……そして、帝国軍が護衛しているキャラバンを実際に一つか二つ襲撃すればいい。オレたちがな」
「……地元民を犠牲にすると?」
「しないよ。この件の依頼人はアンタだ。山賊のフリして、帝国の兵士を十数人でも射殺せばいい。エルフの弓使いに殺されたようにすればいいのさ」
「実害と噂が伴えば、帝国軍の意識は山賊たちにも向くでしょう。『アルトーレ』で流す噂は……そうですね。『自由同盟』が、エルフの山賊たちと協力関係を結んだ……そんなところで大丈夫でしょう」
「……なおかつ、この『ガッシャーラブル』では、帝国軍が山賊を根絶やしにしようとしているという噂を流せばいい。そうなれば、山賊たちにもその噂は届くし、山賊たちは帝国軍を警戒するようになる」
「山賊たちが隠れると、良いことがあるのか?」
「事件が起きても、すぐに捕まらない。帝国軍の兵士に遠出させたいのさ。敵の兵力を薄めたい……そう言えば分かりやすいか」
戦力を集中することが戦の基本。ならば、敵にはそれをさせるべきではない。山賊たちが山深くに隠れてくれるのなら、それはそれで有効な戦術になる。
追いかけ回した挙げ句、戦果をあげられない。問題を解決しなければ、帝国軍には常に戦力を割く必要性が生まれる。
警戒するだけでも、兵士は要る……その兵士も、少しずつ矢で殺されるわけだしな。リエルが、オレを見ていたよ。任せろ。そんな意志を込めて。
「……理想的に状況が動けば、山賊も含めて『メイガーロフ人』は死なず、帝国軍にだけ損害を与えられる。そうなれば、帝国軍に襲撃されたとしても、『太陽の目』の死者は減るかもしれない。少なくとも何もしないよりはマシだ。どうする?……雇わないか?」
『太陽の目』の長老たちの一人は、しばらく考え込んだ。彼は柔軟な思考をする人物であり、それゆえに結論を出すことには慎重だろう。数分は猶予を与えるべきかなと考えていたが、オレがそんなことを頭の中で考えているあいだに、彼は考えをまとめたらしい。
「……帝国軍に、私たちとあなた方の関係がバレる可能性は?」
「無い。証拠を残さないからな。今、この場にいる者たちしか、事情を知ることはない。オレたちはそれ以後、独自の判断で帝国兵を間引き、山賊たちを帝国軍との戦闘に巻き込むような工作を行う」
「……費用は?」
「後払いでいいぞ。アンタたちが生き残ったら、それなりの協力関係を結ばせてもらいたいところだな。今、帝国軍とアンタたちが築いている状況でもいいんだ」
原理主義者の武装集団。それが『太陽の目』が持つ側面の一つらしいからな。『自由同盟』がこの街を占拠した後で、対立することになるのは避けたい。
「……あなた方は、蛇神ヴァールティーンに対する信仰に攻撃をしませんか?」
「しないさ。『自由同盟』ってのは、そんな趣味はない……もちろん、敵対すれば刃を向けることになるが……オレたちの目的は、ファリス帝国を打倒することなんだよ。それ以外の敵を作っているヒマも余裕も無いんだ」
「我々には、良い条件ですね」
「オレたちにとってもだ。『太陽の目』の長老の一人に恩を売れるんだからな」
コレは別に無償の仕事ってわけじゃない。一つの武装集団の長に対して、恩を売る。大きな見返りを期待することが可能となる行いだよ。オレたちは戦争を続けていかなければならない。戦力を連携させる必要があるんだ……。
「……分かりました。ソルジェ・ストラウス殿。私は、貴方と契約をいたしましょう。我々の被害が少なくなるよう、帝国の注意と戦力を分散して下さい……」
「分かった。今日からアンタもオレのクライアントの一人だ。お互いの仲間たちのために動くとしよう」
そう言いながら右手を差し出す。ホーアンはその手を握ってくれる。こいつで交渉成立だ。
ナックスは痩せて窪んだ瞳でこちらを見た。皮肉屋がよくするような、片方の唇の端だけ上げる笑顔を見せている。緊張で引きつっているのかもしれない。
「……アンタ、けっこう大物なのか?」
「私の夫は、いずれ、ガルーナの王になる男だぞ」
「そうっす。自分の夫であるソルジェさまは、ガルーナの魔王サマになるっすよ!」
ヨメたちがオレの代わりにそう説明してくれた。ナックスは、魔王……と小さく呟いていたが、次の瞬間には別のことに気が取られている。
「……ちょっと待て。エルフの嬢ちゃんと、金髪の嬢ちゃんは……どちらも、彼のことを夫と呼んでいないか……?」
「呼んでいるぞ」
「呼んでいるっすよ」
「……いや。さも当然だって顔で返事されてもなあ……なんだい?旦那は、二人も妻がいるというのかよ?」
「ソルジェのヨメは、正確には4人いるぞ。ただし、ジュナ姉さまは、すでに亡くなられているから、生きているヨメは私も含めて3人だ」
「……何それ」
「そういう文化なんですから、全くもって問題ないっすよ!」
「……そうなのか……へえ。何て言うか……ガルーナってのは、楽しそうな国だ」
「そういうことだ。素敵な国を再興するためにも、仕事をするのさ」
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