第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その22


 他の皆が到着するまでの間、ククルはバザールの状況をメモに取っていくことにしたようだ。


 露店の商品に経営者の人種、それらの数。そして、それぞれの店の客層も熱心に書き記していた。市場調査でもしている商人のような熱心さで、ククルは全てを把握しようとしている……。


 ……ふむ。ちょっとがんばり過ぎかもしれない。


 ハリキリ・モードになっている我が妹分は、ともすれば睨みつけるような勢いで商人たちで賑わうバザールを観察していた。


 キュレネイがオレの脇腹を伸ばした人差し指でつついてくる。


「……団長はマジメな女子を乗せるのが上手であります」


 微妙に人聞きが悪く聞こえるのは、オレの考え過ぎなのだろうか?


 ……黒髪と黒い瞳に化けたキュレネイは、いつもの無表情のままではある。オレに対して文句を言っているような気配はしないから、ククルをあのモードにしてしまったことに否定的な感情はないのだろう。


「やる気があるのは、いいことだろ?」


「イエス。ククルは犬っぽいでありますから。具体的な命令を与えてあげた方が、よく働くよーな気がするでありますよ」


「……まあ、オレたちも観察を続けるぞ。ククルだけに任せているわけにはいかない」


「イエス。良さそうな屋台を見つけるべきであります。干しブドウの店は、押さえておきたいところでありますから」


 食い意地の張った発言である。昼メシを食べずに移動に専念した結果、キュレネイのお腹は空いてしまっているようだ。よく食べる割りには細い腹回りをさすりながら、ふー、と長いため息を彼女は吐いていた。


「……乙女の心の内を素直に囁きますと、お腹がペコペコなので集中力が欠けているでありますよ」


「……まあ、羊肉料理の美味い店の情報も手に入れた。あの蛇神の像を左に入ったところにあるらしいから、もうちょっとガマンしろ」


「イエス。私は、団長命令ならばどんなことも耐える、忠実な良い子ちゃんでございますからな」


 無表情のままだが、ほっぺたを膨らませるオレの忠実な良い子ちゃんがいた。オレは役割分担をすることにしたよ。


「……食べ物の店の『偵察』は任せたぞ」


「イエス。瞳を光らせながら、偵察しておくでありますから。後で、買ってくれると嬉しいであります」


「分かっているよ。現地の味を楽しみたい気持ちは、オレにだってあるんだ」


「……約束であります」


 キュレネイが右手の小指をピンと伸ばして、オレの胸の前に差し出してくる。指切りか。子供っぽいが、つき合ってやることにした。


 小指を絡ませながら、約束を交わす。


 満足そうに頭を縦に動かしたキュレネイは、仁王立ちモードになりながら、バザールにある干しフルーツの露店に厳しい視線を向けるのだ。


「値段、種類、客足の多さ。そういう情報から、厳選してやるでありますぞ」


「そっちは任せた。オレは……」


 魔眼を使い、このバザールに呪術の気配が漂っていないかを調べてみるとしよう。『呪い追い/トラッカー』さ。


 呪いの存在を疑う要素があるわけではないが……ククルとキュレネイが『通常の視点』で探ってくれるのだから、オレは自分にしか出来ない視点で観察するだけさ。


 ……どこに呪いがあるかは、分かったものではない。商人同士が商売敵に呪いをかけるというのは、法律や常識や倫理では禁じられているものの、少なからず横行している行為ではあるしな……。


 まあ、オレが見つけたいのは、そういうやる気にあふれた商魂の暗黒面などではないのだがな……帝国人に対する憎しみの感情から来る呪い。そういうモノを追跡することが出来れば、反・帝国組織に手っ取り早く出会えそうだ。


 『イルカルラ血盟団』は巨人族主体の組織なのかもしれないが、これほどの大きな街になれば支持者や、組織としての拠点……何なら、当事者たちが潜んでいてもおかしくはない。


 敵対する組織を呪う。根暗な行為ではあるが、これもまたよく見かける行動ではあるからな……戦勝を祈願して新たな寺院や聖像を作ったりして、そこで敵軍に災いが降りかかるように呪う。一般的な行いだな。自分たちの結束を強めることにもつながる。


 そもそも、『メイガーロフ武国』の軍隊が、『イルカルラ血盟団』となったという。呪術師の一人や二人、彼らも抱えているだろう……そして、帝国人に災いあれと呪っているかもしれないな。


 ……さて、結果だけを言えば、『呪い追い/トラッカー』に引っかかる呪いは見つけることが出来なかった。


 たんに『呪い追い/トラッカー』を組み上げるための情報が少なすぎたせいなのか、あるいは『イルカルラ血盟団』は呪いを好まない性質なのか。


 帝国人に対する呪いは、まだ見つけることは出来なかったが―――コブラがモチーフであろう、頭部の大きな蛇の石像……バザールの中央にある『メイガーロフ』の土着の神である『蛇神』の像の近くに、怪しげなローブをまとった男たちが何人かいることに気づいた。


 彼らは呪いを放ってはいないようだが、背がやたらと高い。黒いローブの下には、巨人族の男がいるようだ。


 商人には見えないし、間違いなく戦士の類いだろう……オレの視線に気づいて、蛇神の像の裏手にある道に入っていったよ。東側、レストラン『紅い月』とは逆の方向だな。


「……ソルジェ兄さん、彼らは……?」


 バザール全体を観察していたククルも、彼らの存在に気づいていたようだ。


「……巨人族の戦士。200メートル以上は離れている視線に、気がつけるほどには有能な連中らしい」


「……もしかして、『イルカルラ血盟団』のメンバーなのでしょうか?」


「どうだろうな。そうだとすれば出来すぎではあるが、この土地で巨人族の戦士となると……オレたちの少ない情報では、『イルカルラ血盟団』の名前しか出て来ない。だが……思い込みは禁物だろう」


「そうですね。私たちには情報が少なすぎますし……」


「彼らが『イルカルラ血盟団』であるとすれば、白昼堂々と現れるものかなとも思う」


 反・帝国組織が、帝国に占領されている街に明るい内からやって来るってのも不自然だ。


「……ええ。たしかに、あの位置は目立ち過ぎますよね。蛇神の石像がある。街路のランドマークの一つです。帝国軍と対立している彼らが、あえて目立つような場所にいるのも変ですし……それに―――」


「―――街の中には、あの黒いローブを身につけた連中が、ちょこちょこいるな……」


 黒いローブを来た背の高い人々は、数こそ多くはないが、バザールの買い物客のなかに紛れ込むように何人も往来を歩いている。石像にいた連中とは異なり、戦士の気配を感じさせないな。


「はい。隠れるような素振りは見せていません。あくまでも、蛇神の石像にいた人々が、我々の視線に気づいて移動しただけですね……」


「イエス。戦士であるのは、彼らだけのようであります。黒いローブの巨人族の人々は、ロウソクやらお香の店ばかりに立ち寄っています……しかし、買うのは大量ではなく、少量。商人ではなさそうでありますし……ずいぶんと年配の方もおられるようです」


「……一般的な認知度のある集団なのかもしれない。もしかして……『蛇神』の僧侶なのかもな」


「……では、さっきの戦士たちは、僧兵なのでしょうか……?」


「そうかもしれない。まあ、『紅い月』に寄れば、そういう一般的な情報を質問する機会に恵まれるだろう」


「追いかけないのですか?」


「……荒事を起こすことにつながりそうだからな。あの『蛇神』の像にいた黒いローブの連中は、竜太刀を担いだ人間族の男に見られることを嫌った。オレを帝国人の戦士と認識してのことだろう。不用意に近づくと、鋼で打ち合うことになるかもしれん」


 そうなることを彼らも望んではいないからこそ、見られただけでそそくさと撤退してくれているように思える。


「せっかく、トラブル無しで『ガッシャーラブル』に帝国人のフリをして入れたんだ。目をつけられないようにして、帝国の役人どもからも情報を手に入れたい」


「イエス。貴族の部下のフリをして、役人に山賊情報を訊けば、それなりに精確な情報を手にすることも出来るはずであります」


「……分かりました。彼らのことは、一時、放置するわけですね」


「ああ、先送りにするぞ」


「了解です……ふう。私、ちょっと緊張して、攻撃的になっていますか……?」


 マジメな者の習性として、少しばかり心配性。ククルもまたその気が少なからずあるようだ。自分の行動が、感情的過ぎないかと心配している。オレは口元をニヤリとさせることで応じていたよ。


「いいや、何も問題はないさ。そのまま街を見ておけ。どんな情報が何の手がかりになるか、分からないからな」


「は、はい。現状のまま、集中を維持します」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る