第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その21
番兵たちからの歓迎の言葉を受けながら、オレとキュレネイとククルは『ガッシャーラブル』の古い城門をくぐっていった。
瓦礫のように大きな石を組むことで作られた、大きな門……その奥には色鮮やかな布が上空に張られた大通りが直結している。
何十、いや、何百という桁であるのだろう。大通りには数える気が失せるほどの数の露店が並んでいる。もちろん、店舗という形式を選んだ、いわゆるフツーの店もあるようだが、露天商たちの活気の良さから、このバザールの主体は彼らにあるように見えた。
怒鳴り合っているかのようにも聞こえる、商人たちの商談だ。一般客もいるようだが、多くの客は一般家庭では消費しきれないほど大量の香辛料や、塩やら砂糖を購入している。オレたちが予想していた通り、ワインや干しブドウも大量に売り買いされていた。
客もまた商人であるのさ。このバザールは『商人用の市場』のようだ。ここで買い漁った商品を、この城塞都市内の各地の店舗に運んだり……あるいは、隊商を組んで砂漠や荒野を渡るのだろうよ。
涼しげな時間帯を選び、城塞を抜けて旅立つのさ。おそらく、早朝とか夜が明けぬ内に……あるいは、夕方も多いかもな。このあたりは治安が良いということだから、砂漠の暑さを気にしなくて済む夜間に隊商は移動距離を稼ぐはずだよ。
……少なくとも、日差しが最高に強いこの時間帯に隊商が動き出すなんてことはあり得ないだろうな。旅慣れたオレでさえ、さっきの坂ではそれなり以上に汗をかいているんだ。日中にうろつき回るべき土地ではない。
「……バザールの中は少しだけ涼しいでありますな」
「そうだな」
「通気性の良い布が天幕になっていますし、風が入るようにそれぞれの布の高さを調整していますね。『ガッシャーラ山』から吹き下ろしてくる、比較的冷たい風が入るようにしているみたいです」
「日差しを防ぐ以上の意味があるということか」
「はい。それに……外より湿度を感じますね」
「ああ。風が湿っている……アレが原因のようだ」
オレはバザールの中央を指差していた。そこには水の流れがある。人工的に作った『小川』だな。アレのおかげで、風が湿り、わずかばかりの涼しさを生み出してくれていた。
「……あの水路の流れが、このバザールを冷ましてくれているみたいですね。こんなにヒトがいるのに、この場所が涼しいのは、水路の影響ですよ」
「フツーだったら、熱がこもりそうな状況だもんな」
「流れがあるということは、地下水を流用しているものであります。『ガッシャーラブル』も斜面にある街……北の方が高くなっている。『ガッシャーラ山』が吸い取った雪解けの水が、地下水となって流れるはず……それを回収して、地表を流すような構造を作ったのでありますな」
「私もそう思います、キュレネイさん」
「イエス。賢い系の我々の考えが一致しているのなら、おそらく正解しているであります」
……『ガッシャーラ山』は、巨大な水収集装置としても使われているようだ。3000メートル級の土塊だからな。この街からは山頂まで1000メートルは高さがある。雨や雲や霧や雪……それらが、あの水路を流れる水の源だ。
よく冷えた地下水を、都市の冷却に使っているというわけだ。まあ、生活用水としても使えるだろうし、あの水の流れはオレたちの足下に蓄えられて、ブドウ畑の地下を湿らせるようにして流れていくわけだ。
つまり、畑に水を与える、灌漑用水でもあるらしい。これがあれば、ほとんど自動的にブドウ畑に水が供給されるんじゃないだろうか。足らない部分を、人力で与えることで補える程にはな……。
「……何とも合理的な仕組みだ。作り込まれた複雑な運河の街を見て驚いたこともあるが……この街は、それ以上の驚きをオレに与えてくれるよ」
「はい。感動してしまいますよね……こんなに、細かな都市を設計するなんて……『メルカ』よりも、都市の建築に対する情熱と知識は上かもしれません」
「星の魔女アルテマの叡智を超えるか」
言い過ぎ……ってこともないな。『ガッシャーラブル』の市民たちは、この極端な環境に、一種の楽園のような場所を作り上げている。
「山賊たちがここを襲わないのは、一種のリスペクトなのかもしれないな」
「この街のスゴさを、『メイガーロフ人』である彼らも理解しているというわけですね」
「あくまで、そんな気もしただけだ。城塞も堅固だから、襲撃を躊躇っているのかもしれないし……このバザールの実力者たちこそが、山賊たちのパトロンかもしれないって気もしている」
「イエス。あり得るであります。これだけの金を操る者たちならば、四大マフィアのように荒くれ者を使役していても、おかしくないであります」
「ああ。戦いってのは、金がかかるからな」
「……山賊たちの資金源……そういう考えを持つと、少しこのバザールに抱く印象が変わってきますね……」
「悪い意味だけで考える必要もないぜ」
「どういうことですか、ソルジェ兄さん?」
「反・帝国という意志があるのであれば、彼らはオレたちの『仲間側』の存在かもしれない。帝国兵は言っていただろ?……帝国からの投資が低調だと」
「イエス。つまり、このバザールを形成する商人たちは、帝国商人に対して有形無形のプレッシャーを与えている可能性が考えられるであります」
「なるほど!……帝国商人に進出されないように、地元の商人たちが邪魔しているわけですか」
「そうだと思うぜ。まあ、バザールの人種構成を見てみろ……人間族の商人は少ないし、大きな露店を構えている者は少ない……」
「本当ですね。エルフとケットシーの商人が多いようです。人間族の商人……その半数が帝国商人だとしても、かなり小規模ですね」
「……ああ。帝国商人には、居心地が悪いバザールなのかもしれんぞ」
「……私たちも、いじめられちゃうのでしょうか?」
「どうかな。ここに店を出すことは嫌われるかもしれないが、買い付けに来る『客』ならば、諸手を挙げて歓迎してくれるんじゃないか」
「たしかに……なるほど、そうですよね、『お客さん』としてならば、ここの商人たちの仕事を奪うことにはなりそうにありませんね……ソルジェ兄さん、スゴい読みです」
「世慣れしているだけだ」
「……私も、もっと分析力を上げなくちゃいけません」
「知能も知識も、お前の方が圧倒的にオレよりも上なんだ。経験で磨けば、すぐにオレなんて追い抜いちまうさ」
「そ、そうでしょうか?……ソルジェ兄さんの眼力には、ちょっとやそっとじゃ敵わない気がしますけど……?」
「追い抜く気でいてくれ。お前の有能さを、オレはよく理解している」
「ゆ、有能……っ」
「まずは、ゆっくりと色々なコトを学び取れ。せっかく、『外』に出て来たんだからな」
「はい!……この一秒一秒を、自己研鑽に使います!」
……マジメなククル・ストレガは、鼻息強くそう宣言してくれる。やる気が強すぎる気もするな。戦場に向かう血気盛んな新兵みたいに、張り切っている。あるいは久しぶりの狩猟場に連れ出してもらった猟犬みたいな活きの良さっていうかね……。
まあ、いいさ。マジメなのはククルの武器になるし、ちょっとした欠点にもなる。欠点は失敗も招くから、オレたちでフォローしてやれば、より質の高い経験となって彼女の糧になる。
「……リエルたちと合流するまで、少し時間がある。バザールを観察して、知識と洞察力で分析ごっこをしていてくれるか?」
「は、はい!鍛錬になりますもんね!」
「……ああ。それに、お前ならここの地下の構造に対しても、想像が及ぶかもしれない」
「……地下の構造、ですか?」
「そうだ。あの水路の水はバザールの手前で地下に潜っている。地下水路があるな。そして、その地下水は灌漑用水としても使われるているだろうが……地下水路を整備するための地下道も同時に作る必要がある」
「……ですよね。この山脈の土は、それほど水の流れに対して強固というわけじゃありませんから……」
「そうだ。だからこそ山肌が削られているのさ。地下の土の質も脆さがある」
「……定期的に地下水路を整備するための、地下の道…………ここが城塞都市であることを考えると……『脱出用の秘密の道』も、ついでに掘ってあるのかもしれませんね」
そういう考え方をしてくれると、オレは嬉しくなるよ。城塞は街を守るための装置だ。ここは戦いに備えた土地でもある―――攻め込まれた時の脱出ルートを、地下道に作っている可能性は高い。
「これほど入り組んだ複雑な構造を作り上げられるのだからな、建築技術に長けている。現在の支配者である帝国人どもにバレないように、幾つかの秘密の抜け道が存在しているかもな……そして、そういう秘密の道は、古く大きな支配者の屋敷にもつながっている」
「イエス。偉いヒトが逃げるための秘密の道があると思うであります。帝国人を嫌う『ガッシャーラブル』の人々が、その秘密の道をあえて教える確率は低い」
「……帝国人の支配者たちは知らないわけですね。その道を見つけることが出来たら、『ガッシャーラブル』を支配している帝国人の有力者を、こっそりと暗殺することが出来る……?」
「そういうことだ。もしも、『イルカルラ血盟団』が貧弱な組織であれば、『自由同盟』の軍でこの街をも征服する必要が生まれる」
……情報提供者ジンダーは、あまり『イルカルラ血盟団』に期待は出来ないというような言い方だったからな。もしもの時には、備えていた方がいいさ。どんな状況になったとしても、帝国人の有力者は排除すべきターゲットでしかないからな。殺すか、拉致るかだ。
「……その戦いのためにも、そういう情報は貴重なモノになる。街を見ただけでは、地下の秘密通路の位置を特定することなど難しいが……想像力を使いながら、色々な可能性に備えておけ」
「了解しました」
「お前は賢い。そういう想定をし、幾つもの仮説を頭に浮かべていけ。想像力の限り、多くだ。そうすれば、その内の幾つかは、真実に触れているはずだ」
「はい。『パンジャール猟兵団』に……ソルジェ兄さんに貢献することが出来るように、努力しますね!」
「……ああ、ありがとうよ、オレのククル」
天才に経験を積ませる。そして、戦士の先輩として可能なアングルも提供したやった。ククル・ストレガならば、かなりの予測を立てるだろうさ。後から合流するガンダラも、今ごろ、ブドウ畑を調べているさ。時間をムダにはしない。
知能の高い戦士に調査させれば、何かを見つけてくるものだ。それが推測でしかなかったとしても、状況把握に貢献する想像力を養うことになるし―――ククルの場合は、知性と知識をより効率的に使う訓練になる。いい時間を過ごせそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます