第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その20


「止まれ!」


「お前たち、『ガッシャーラブル』の市民じゃないな?」


 番兵どもはオレたちに槍の穂先を向けてくる。というか、オレに対してだな。まあ、鎧に竜太刀という完全武装のオレに警戒しないはずもない。


 眼帯を取って黒い瞳に化けているが、左眼をまたぐ傷痕は消えちゃいないしな。自分で言うのもアレだが、オレはかなり山賊的なフェイスをしている。


 この人相の男を素通りさせるような番兵など、この世にはそういないだろう。戦場で出会えば帝国の兵士など、即座に斬り裂いてやるのだが……今はそういう状況ではない。


 世慣れした男の演技力を使い、人懐っこい微笑みを浮かべた。


「おいおい、山賊扱いか?同じ帝国人だろうが?」


「何?」


「……帝国人の戦士が、何をしにここまで来た?」


「オレたち三兄妹は傭兵をやっているんだが、今回はとある貴族サマに雇われていてな。彼は幾つものシャトーを経営しているんだが……『ガッシャーラブル』のブドウ畑の噂を聞きつけ、畑の権利と古いシャトーを買いたいと考えているのさ」


「ふむ。では、お前たちは」


「その貴族サマのお使いだよ。先遣隊として派遣されている。彼のためにビジネス用の橋頭堡を『ガッシャーラブル』に築くのさ。事務所となるような屋敷を借りる。オレたちはそういった雑用をこなすために来た。ほら、こいつが証拠さ」


 雑嚢から帝国政府が発行した『商業用旅行手形』を番兵どもに渡す。番兵の一人が、その羊皮紙に書かれた文面に目を通す。『アルステイム』の偽造手形だからな、見破られることはなかった。


「ふむ。たしかに。返却いたそう」


「ああ。ありがとうよ」


 手元に戻って来た偽造手形を、オレは丁寧に丸めて雑嚢へとしまった。


「……しかし、傭兵の仕事か?」


「おいおいモンスターと山賊がうろつく、砂漠やら荒野を越えて来ることになるっていうんだぞ?」


「……そうだな。『メイガーロフ』の旅は、なかなかに過酷だっただろう」


「まあな、かなり疲れちまった!……いいメシ屋はあるか?出来れば、『ガッシャーラブル』の特産品が楽しめる店がいい」


「ワインが美味い店か?」


「そうだな。腹も空いている。肉料理の店がいいんだが……」


「それなら『紅い月』だな」


「肉料理か?」


「羊肉と赤ワインが楽しめる。現地人が多い店だが、悪くないぞ」


 現地人が多いなら好都合だな……情報収集に向きそうな店だ。しかし、この土地の者も羊肉料理を好むか。ヴェリイ・リオーネに羊肉料理をご馳走にならなかったのは幸いかもしれない。


「いい情報をくれた。店の場所は、どこにあるんだい?」


「中央通りのバザールに、『蛇神』の巨大な像が左右に並んでいるところがある。そこの左手側の小路に入れば、すぐに分かると思うぜ。赤い文字で、『紅い月』って書いてある大きな看板が目につくはずだ」


「そうか。ありがとう」


「いや。貴族商人の方々には、戦時国債を購入し、我々の戦力充実に貢献してもらわなければならないからな」


「そもそも『メイガーロフ』への投資は、滞り気味なんだよ。太守であられる『メイウェイ大佐』も商業活動の活性化には力を入れておられる」


 ……商業活動の活性化か、ならば美貌の踊り子チームも『ガッシャーラブル』に入城しやすそうだな。しかし、いいハナシの流れになった。もっと情報収集することが出来そうだ。


「……投資は停滞気味か」


「……商売への意欲を失わせたか?」


 口をすべらしてしまったという貌になる。帝国人は『メイガーロフ』に投資をしたがってはいないわけか。


「……何にしても正確な情報をオレの依頼主は求めている。この土地に跋扈しているという無数の山賊団が問題になっているわけかい?」


「まあ、山賊どもも問題ではあるが……メインの街道は守られている。どちらかというと現在のリスクは、『アルトーレ』が陥落したことだ」


「……ふむ。それはオレの依頼主も懸念していたが。『アルトーレ』を奪還する計画は進んでいるのか?」


「オレたち下っ端には、そういうハナシは流れても来ない。だが、オレの弟の一人が騎兵の訓練場に配置換えになった。騎兵を揃えようとしているのかもしれないな、メイウェイ大佐は」


 騎兵を揃える動き有りか。クラリス陛下にいい情報提供が出来そうだ。


「しかし、騎兵の訓練場がこの土地にあるというのか?」


「第六師団のアインウルフさまが、『メイガーロフ武国』を滅ぼした後、騎馬の鍛錬にこの土地が向いていると気づかれたのさ」


「馬好きのアインウルフらしいな」


「……知っているのか?」


「一度、一緒の戦場にいたことがあってね。彼はとても気さくな人物だったよ」


 嘘はついていない。敵味方に分かれて殺し合ったしな。一対一で決闘じみた戦いも演じた仲じゃあるしね。帝国の将軍のなかでは、紳士的で嫌いになれない人物じゃある。


「歴戦の傭兵なんだな、アンタ?」


「まあな。それで、その騎馬の鍛錬場ってのは、どこにあるんだ?」


「どこにというか、砂漠や荒野そのものが訓練の場になっている。馬を絞り上げるようにして強くするんだ」


「過酷な環境に慣らすってわけかよ」


「そういうことさ。馬だけじゃなく、その乗り手たちも鍛えられるだろ?」


「うちの弟は、それで泣きそうになっていた。騎兵の一員になれるってことは、名誉なことじゃあるが……『イルカルラ砂漠』で訓練ってなると、死ぬほど辛くはある」


「ご愁傷様だな」


「ハハハ。まあ、死ぬことはないさ。兄貴のオレとすれば、かなり羨ましい。変わりたいよ」


「兄貴よりも出世しそうってことかい」


「そうだ。ちょっと……立つ瀬が無いじゃないか、そういうの?」


「気にしすぎさ。どんな仕事であろうとも、大切でない役目などは存在しない。馬に乗り敵を追い回す仕事は派手だが、番兵として市民を守る盾となっているお前たちにもカッコ良さはあるもんだぜ」


「……いいこと言う兄ちゃんだな」


「まあな。それで、砂漠で訓練中の騎兵の規模は?……アインウルフ絡みの騎兵隊っていうのなら、将来性がある組織だ。うちの依頼人も投資欲がそそられるだろう。ただし、ハナシは盛るなよ?……オレも後で裏を取る。嘘をつかれれば、やる気は消える」


「お、おう。5000ぐらいはいるはずだぜ。砂漠の砂地も走り抜く、タフな連中ばかりだ」


「軽装騎兵か」


「よく分かるな?」


「分かって当然だよ。砂漠を重装騎兵が駆け抜けられるはずもない。小型で、脚が細くケツの大きな馬あたりか」


「……鋭いな。そういう類いだ。それにな、もう一つヒミツがあるんだよ」


「ヒミツ?……教えてくれていいのか?」


「まあ、アインウルフさまと肩を並べて戦ったことがあるのなら、知っていることかもしれないし、ここらの兵士のあいだじゃ有名なハナシなんだよ。聞き回れば誰かがすぐにしゃべっちまうようなことだから、オレがしゃべっても問題はない」


「ふむ。どういうヒミツだ?」


「騎馬は全て牝馬だ」


「……なるほど。水分補給用でもあるわけだ」


「お。やっぱり知っていたんだな」


「勿体ぶるほどのハナシじゃなかったか」


「いや。初耳だったよ」


 素直にそう語ってみる。彼らが信じるかは分からない。オレが彼らに気を使った言葉だと受け取るかもしれないな。


 ……しかし、牝馬の乳を飲むということか。合理的というか、馬を使いこなすようなデザインというか。


「アインウルフらしい発想だ。庶民臭いというか、貴族的ではない」


「そうだよな。だからこそ、オレたちの尊敬も集めている」


「貴族の……騎士殿たちが無能とまでは思わんよ。彼らは彼らで幼い頃から、武術を修めている。たしかに個人技では強い。しかし、戦は数を揃えてこそだろ?……貴族以外にも馬術に長けたヤツは、幾らでもいる。アインウルフさまの功績は、市民上がりにも騎兵の道を開いて下さったことだ」


 敗北し、敵に捕らわれた今でもアインウルフは人気者らしい。社交界の花だったりする割りには、実務面では泥臭さ全開というか。馬に対しては、どこまでも真摯ということなのかもしれないな……。


「参考になったよ。ありがとう」


「いや。ようこそ、『ガッシャーラブル』へ!」


「商業活動は大歓迎だぜ、黒髪の旦那よ!」




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