第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その23


 ククルがバザールにケンカ売るような視線を向ける中、リエルとミアのコンビが無事に到着した。


「お待たせ、お兄ちゃん」


「無事に済んだようだな?」


「うむ。エルフとケットシーだから、現地人のように思われたようだ。それに、おそらくミアがいたからな」


 子供連れだからこそ、怪しまれないということもあるのさ。ミアはドヤ顔を浮かべていた。


「私のパワーだ!」


「そうだな。ミアのパワーだよ」


「……それで、どうしてククルは不機嫌そうな顔になっているのだ?」


 やはりオレ以外からも、今のククルはバザールにケンカ売っているタイプの人物に見えるらしいな……。


「え?……私、そんなのじゃないですよ?」


「そうか?……何だか、怒っているような顔をしておったから」


「怒ってはいません。その、集中すると眉間にシワが寄っちゃうというか……」


 気にしているらしいな。ククルは乙女の指を使って己の眉毛周りをマッサージしていたよ。


「剣豪のよーな、いい顔してたよ、ククルちゃん」


「ええ!?……け、剣豪……?……なんか、もっとクールなイメージになりたいんですけど……」


 マッサージする指のくるくるが、より早いペースとなる。あのマッサージで眉間は柔らかくなるのだろうか?しかし……クールなイメージか。ククルは、あまりそういうタイプじゃない可愛さだと思うのだがな。


「……ふー。目つきは戻りましたか?」


「うむ。いつものククルに戻ったぞ」


「安心しました。では、任務を再開します」


 そう言いながら眉間にシワを寄せた不機嫌そうな顔に一瞬で戻り、ククルはバザールを睨みつけていく。


 ……どうやら癖なんてものは、そうそう治るようなものじゃないらしいな。キュレネイはそんなククルに手鏡を見せて、悲鳴を上げさせたりして遊んでいた。


「きゃああ!?わ、私、目つき悪すぎるっ!!」


「気にしないでもいいでありますよ」


「いや、乙女として気にしますよ。今の、まるで汚物や虫けらでも見ているみたいに攻撃的だったじゃないですか……」


「サドの顔をしていたでありますな」


「え、ええ!?……わ、私、さ、サドじゃないですからね、ソルジェ兄さん!?」


「……ああ。そんなことを思ったことはないさ」


「そうですか。それならば良かったです……っ。ああ、もっと可愛い感じで見つめることが出来ないものでしょうか……」


「えー。剣豪モードもカッコいいよ?」


「可愛い方がいいですよ、ミアちゃん」


 眉毛に対するくるくるマッサージが再開された頃、カミラたちが城門をくぐってやって来ていた。


「ソルジェさま、お待たせしましたっす!」


「いや。そんなに待ってはいないぜ」


「もう少し間を開けた方が良かったですか、ソルジェさま?」


「問題無いでありますよ、カミラ。もうお腹がペコペコであります」


 キュレネイはそう言いながら、カミラにガシッと抱きついていた。カミラは慌てる。


「あらー……大丈夫っすか、キュレネイちゃん?」


「……ノー。お腹が減りすぎて、やる気が起きないであります……まあ、偵察はしっかりとしていたので、その点は安心するでありますよ。我々に、抜かりはないであります」


「さすがですね、キュレネイ」


 ガンダラに評価されて、キュレネイは右手の親指をグッと上げる。


「羊料理の店を、見つけてあるであります。まずは、そこで情報の交換とか共有とか、食事を行うであります」


「ウフフ。羊料理ですか。この土地の名物は、羊肉の串焼きみたいですわね」


 あの番兵たちはレイチェルにも『紅い月』をオススメしたのかもな。それだけ美味いってことか?


 ……しかし、羊の串焼きか。噛みごたえがありそうだぜ。ああ、腹が減ってくるな。


「とにかく、まずはメシにしようぜ。空腹では何も出来ん」


「そうですな。では、さっそく、向かうとしましょうか」


 食の細いガンダラが、やけに食いついて来た。付き合いが長いから分かる。共有すべき情報を手にしているのだろうよ。


「イエス。私についてくるであります」


 よほどお腹が空いてきているのか、キュレネイがオレたち全員を急かすようにリーダーシップを取る。先頭に踊り立ち、右手で『ついて来い!!』の合図を送った。


 くるくるマッサージをしているククルの肩を叩き、オレは、行くぞ、と告げてみたよ。


「あ、は、はい!すみません、恐い顔を直すのに夢中で……今、行きます!」


 気にするほど恐い顔じゃないのだが、乙女の心は繊細だからな。火に油を注ぐことになるかもしれないから、不用意な発言は止めておくことにした。


 ……オレたちはキュレネイを筆頭に、買い物客と商売人の声でごった返すバザールの中を歩いて行く。『ガッシャーラブル』の内部は、涼やかな仕組みをしているとはいえ、商いの熱気を近くに感じると暑苦しいな。


 露天商たちは呪文のように、安いよ、得だ、今買わなければ損をする、といったお決まりの商売用のセリフを放っていた。


 まるで盛夏に騒ぐセミたちのように、商売人たちのかけ声が時雨れのように鼓膜を叩いて来る。仕事とはいえ、露天商も大変だな。近くにひしめくライバルたちに勝り、客を獲得するために必死に声を振り絞る。


 商売は戦いだ。客との駆け引きを楽しむ場所でもある。たくさん買うから、一個あたりの値段を下げてくれだとか。同じ値段で、より味の良い食材を選び取るコツとか……様々な話術と知識が試される場所だ。


 ここはライバルが多いから、薄利多売の道になりやすいのかもしれないし、『アルトーレ』への『公式』な商業ルートが閉鎖されたことにより、品物が余っているからか。どの商品も驚くほどに安いというのが、このバザールを歩いての印象だった。


 干しブドウに、香辛料に……甘かったり酸味があったり、清涼感があったりする様々な香りが鼻を弄んでくる。ごちゃ混ぜになった香りに酔っ払ってしまいそうだな。


 バザールの中央部にある『蛇神』の石像にまで辿り着く。先ほど、黒いローブに身を隠した巨人族の戦士たちがいた場所だな。彼らが消えた小路を見てみると、薄暗く、商売の喧騒から離れた静けさがある。


 貧民街でもありそうな暗さだな。痩せた野良犬とかと出会えそうな陰気さが、そっちの小路には漂っていた。


 ……反対側は、明るいな。メシ屋が幾つも立ち並んでいる。屋台もあるが、『紅い月』と書かれた看板を見つけるのは難しくはなかった。現地人に人気の羊料理の美味い店か。情報収集にも向いているだろうが……。


 ギンドウ製の懐中時計で時刻を確認すると、昼過ぎの3時30分だった。オヤツの時間帯だからかな、甘そうな焼き菓子を売る屋台だとか、『銀貨一枚で紅茶4人前』と書かれた立て板の前で、お茶を売るケットシーの婆さんとかが人気のようだ。


 お茶売りの婆さんは―――まあ、婆さん以外にも老若男女色々といたわけだが、そこら中にいる。『ガッシャーラブル』の市民は、昼下がりに紅茶を楽しむ習慣が根付いているみたいだな。


「……ゴハンの時間じゃないっすよね、そう言えば……?」


「たしかに中途半端な時間じゃあるが、営業中らしいし……武装したオレが注文したら、店のヒトも素直にラムを焼いてくれるんじゃないだろうか」


 ガラが悪いヤツみたいだなと、我ながら思う。


 でも、傭兵団の団長なんて、基本的にはガラが悪くて当然なんじゃないか?……冒険小説あたりに出て来る傭兵団の団長って、クズばっかりな気がするしね……。


 騎士道に反する行為はするつもりはないが、メシ屋はメシを出すのが仕事だもんな。仕事を全うしてくれると、ありがたい。とくにキュレネイ・ザトーは飢えているしな。暴れることはないだろうが……オレに八つ当たりして来そうな気がしている。


 キュレネイは心配になったのか、やや足早に駆けて、『紅い月』の木製の扉に飛びついていた。それを押し開くと、店員に対して質問をぶつけるのだ。


「今からでも羊を食べられるでありますか?」


「ええ!大丈夫ですよ、お客さん!……うちは営業時間中は、いつでも串焼きを出せますから!」


 耳に良い知らせを聞いたよ。胃袋にも良い知らせだったな。羊肉にありつけると思うと、急に胃袋がキュウキュウ鳴き始めやがった。オレも、食いしん坊の類だからね。腹が空いていたのさ。




 

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