序章 『ベイゼンハウドの休日』 その16
友と酒を酌み交わし、悪酔いしたよ。暗がりでキノコと野菜ソテーを食べていたジャンを見つけると、呼び寄せてビールを少し呑ませてみた。
いつものように、ジャンの顔はすぐに赤くなり、そのまま睡魔に呑まれたジャンは、近くのハンモックへとその身を委ねていたよ。
「……アレが無敵の『狼男』なのか。不思議なもんだよ」
「酒に強ければケンカが強いってワケでもあるまい」
「なるほど。その説を裏付ける存在ってことか」
ジャンも、もっと酒に強くなってくれると飲み明かしたりすることも出来るんだがな。酔っ払うとすぐに眠ってしまうのが、残念だ。こうして度々、飲酒させることで慣れてくることを期待しているのだが、今のところ、その効果を感じられはしない……。
「……ソルジェさん。そろそろ、私たちは『ヒュッケバイン号』に戻りますね」
ロロカ先生がそう語る。レイチェル以外の女子が集合していたな。レイチェルはまだまだ呑むだろうが……ミアとカーリーは眠たそうな顔をしている。二人はお昼寝をすることなく、島の探険に夢中だったからな。
「ああ。先に戻っていてくれ。オレもあとで戻る」
「うむ。だが、ゆっくりでいいぞ。今日は休日だからな」
「……わかった」
女子たちは浜に向かい、砂浜でお腹を夜空に向けて寝転がっているゼファーのすぐ近くにある小舟を目指す。ロロカ先生はその小舟の番をしていた海賊に話しかけていた。
海賊は彼女たちを小舟に乗せると、沖合いに停泊している『ヒュッケバイン号』に向けて船を漕ぎ始めたよ……。
「……休日も終わろうとしているな」
「……サー・ストラウスには魔法のフクロウが仕事を運んでくるんだったよな」
「そうだ。おそらく、明日の朝には何かが来るだろう」
クラリス陛下にはオレのケガの具合も報告している。右腕のケガは、もう指を動かしても痛みを感じることはない。キング・サーモン釣りと料理の作業が、いいリハビリになったかもしれないな。
「忙しいね」
「人手不足だからな」
……『自由同盟』はヒマではない。余剰な戦力など、どこにも無いのだ。
魔法のフクロウと、そしてゼファーという翼がいてくれる。どんな遠くの任務地に向かえと言われたとしても、即日に対応することが出来るからな。ちょっと窮屈さも感じなくはないが……便利ではある。
政治やら経済の駆け引きに向いていないオレを、このまま『ベイゼンハウド』に置いていてもしょうがないからな。クラリス陛下とシャーロン・ドーチェは、新たな任務地を与えてくれるはずだ。
「……どんなことをさせられると考えている?」
「……オレの好みとしては、お前も心配している竜対策じゃある」
「アンタの姉上を殺す任務か?」
「彼女の潜伏先まで分かっているとすればな。だが、さすがに分からないだろ」
「……この短時間じゃ、さすがのアイリス姐さんの部下たちでも難しいか」
「そうだと思うぜ」
「……じゃあ、どういうことだい?」
「アンジュー家の連中に対して竜を渡さない方法には、どんな種類の任務があると思っているんだ」
「……サー・ストラウスの親族を暗殺することと……なるほど。竜を『確保する』ということか」
竜を殺すという発言をしないところに心遣いを感じるな。頭の中には、そちらの言葉の方が先に浮かんだと思うが、オレとゼファーに気を使ってくれている。まあ、そんな発言を竜騎士サンの前ですることに一つのメリットもないのは確かだった。
「そうだ。竜についての情報を集めろと、シャーロンには以前から命じてある。竜が増えれば戦にも勝ちやすくなるし―――相手に竜が渡れば、大きな障害になることを知っていたのは、帝国よりもオレたちの方が先だろうよ」
「……竜にまつわる情報を、そのシャーロン・ドーチェ氏は持っているのかな?」
「集めてはいただろう。信憑性を問わなければ、幾つかの情報を持っているんじゃないかな……今までは、アンジュー家の目的をオレたちは認識していなかったが……」
「今は、彼らが竜を求めていることを知ったね」
「となれば、信憑性の問題で排除していた竜の目撃情報……そういうモノも、シャーロンは戦略上の重要性を与えて考えるようになるだろう」
「ムシ出来ないからね……帝国に竜が渡れば、オレたちの被害は甚大になる。ハイランド王国軍の『強さ』。そして、サー・ストラウスの『竜』。それが、『自由同盟』側における最大の戦力だよ」
「お前たち『アリューバ海賊騎士団』もな」
「……評価されるのは嬉しいけれど、オレもフレイヤも知っているよ。竜に介入されたらオレたちは脆さが出る……『自由同盟』にあって、帝国にない戦力。そうなると、やはり竜は特別だ。敵に確保されるワケにはいかないね」
「……そういう竜を探す任務であれば、オレは楽しめるな。ルルーシロアは、傷が癒えればゼファーを探して来るだろう……しかし、竜騎士団の再建を考えると、もっと竜を多く確保したい」
「……空に竜が満ちるほど飛ばしたいんだっけ」
何故か食あたりでもしたときのような表情になりながら、ジーンはそう呟いていた。最高の光景だがな。何が不服なのか理解することは難しい。
「そうだ。竜が多くいた方が強い」
「たしかに、それはそうだな。まあ、とにかく。オレとすれば敵に竜が渡らなければ何でもいい……海賊船の天敵は、竜だからな。あの機動力で上空から攻撃されると、船はあまりにも弱い」
「……ああ。『自由同盟』側の不安を消すためにも、そういう探索任務になるかもしれんと睨んでいる」
「……サー・ストラウスが、ルード女王クラリスさまの考えを読むわけか」
「……それほど大したコトじゃないだろ?」
「まあ、そうだけどね。ちょっと感心している。というか、感動しているんだ。サー・ストラウスは、オレたちがどんな不安を抱いているかも理解してくれているんだなってさ」
「ククク!褒めても、もう料理は作らんぞ」
「ああ。今夜は腹いっぱいだから、そいつはいいよ……ビールを呑む余裕しかないからね!」
海賊騎士団のリーダーは、そんなセリフを使いながらジョッキに入ったビールを仕留めにかかったよ。半分以上、残っていただろうに、全部、呑んじまいやがったな。
触発されちまってね。オレもビールを一気飲みした。ビールの苦味を帯びた空気を吐き出しながら、我々はニヤリと笑っていた。お互いの呑みっぷりを讃えるためにね。
それからは、しばらくの間、仕事のハナシをすることはなく、ただただビールを呑み、時々、ナイフで切ったステーキの欠片を口に運んだりしていたよ。
ああ、酔っ払った海賊の一人が、砂浜からカニを見つけて来て、それを金網の上で焼き始めていたな……オレとジーンは偉いヒトの特権として、それぞれ、カニのハサミをもらったよ。大した量じゃないが、まあいいさ。それなりに美味かったしな。
……星が廻り、夜が深まっていくのが分かる。
沈黙が睡魔に化けていく感覚を手に入れたオレは、そろそろ『ヒュッケバイン号』へと戻ることにした。ハンモックで寝るのも楽しいモノだが、あれは背骨にダメージを残すからな。
レイチェルを誘ってみた。朝まで海賊たちと呑むと言うかなと考えていたが、予想は外れていた。彼女もオレと共に『ヒュッケバイン号』に戻ると語ったよ。ジャンはすっかりと寝入っていたから、起こさないでおくことにした。
小舟の番をしている海賊に頼み、オレとレイチェルは海に出た。浜に寝転ぶゼファーに視線を向けたまま、あくびを噛み殺していると……小舟はすぐに『ヒュッケバイン号』に到着した。
オレは甲板から垂れ下がっている縄ばしごを先に登り、レイチェルのために手を貸したよ。酔っ払った美女は、ウフフと蠱惑的に笑ってくれたな。見ているだけで目が幸せになるような笑みだったよ。
その後は、寝室に向かう―――リエルもロロカ先生も眠ってしまっていたな。オレたち夫婦にあてがわれた船室にはベッドが四つあったな。二人はそれぞれのベッドで眠っていたから、オレも自分だけで眠るようにした。
熟睡している二人を起こすのは悪い気がしたからね。布団に入る。満腹と酔いのせいで、あっという間にまぶたが重くなってくる。
後頭部でマクラの感触を確かめている内に、意識はすっかりと消え去っていく。夢の世界に旅立ちながら、このよく遊んだ休日の充実っぷりを思い浮かべて、ニヤリと笑うことにしたのさ…………。
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