序章 『ベイゼンハウドの休日』 その15


 ビールを呑みながらサーモン料理を食べ、焼いた牛肉も食べたし、ソースを絡めて金網の上で焼いた野菜炒めも食べたよ。


 胃袋の限界に挑むみたいな時間を過ごしたね。胃袋がパンパンに膨らむ楽しさを味わいながら、アルコールと満腹感、そしてよく晴れた空の穏やかな日差しが誘発する眠気に呑まれたりして、テーブルに前倒しになって少し眠ったりもした。


 眠ると不思議なことに腹が空くからね、うたた寝から目を覚ますと再びサーモンや肉を食べたりするのさ。だらしないが、バーベキューなんてそんなものさ。おやつ代わりにビールを呑み、肉を食べたりしながら、下らない会話を楽しむもんだ。


 ミアとカーリーはあの泉を探険していたよ。小さな魚とか、エビがいるらしい。雨水がたまったものなのか、あるいは地下から水が湧き出ているのか……大なり小なり、海水も混じっていそうだな。


 怠惰な時間を過ごしたよ。罪悪感が生まれるほどに、ノンビリとすることが出来た。皆でこのキレイな無人島を散歩したりした。腹ごなしの運動にはなる。ゼファーも一緒に散歩したよ。ああ、ゼファーのお昼ご飯は、ジーンが提供してくれた牛肉の塊だった。


 美味かったらしいぜ。


 さて、林のなかには獣は棲息しておらず、オレたちが上陸したところの反対側の海岸は、大きめの石が転がり、砂浜はなかった。


 しかし、鳥たちが多く石の浜辺をうろついていたな。石の間を走る小さなカニとかを食べるためだろう。


 孤島ではあるが……いや、それだけに生命がここに集中しているかのように、生き物たちが豊富に暮らしているようだ。


 いい島だな。何日だってゴロゴロと過ごせるかもしれない。北海の夏の訪れは遅いものだが……もう少しすれば泳ぐことも出来そうだ。あまり沖に行くと、潮に流されてしまうかもしれないがな。


 夕方がやって来ると、林にハンモックを張り巡らしてオレたちはそのまま眠りこけた。胃袋が空になるまで眠っていたよ。空に星が輝く頃になると、再び宴が再開するのさ。


 今回は海賊たちのおもてなしを受ける。松板焼きの燻製サーモンも美味かったし、ワカメと卵のスープは女子たちにウケが良かった。食べ過ぎな胃には、あんなアッサリとしてスープが美味い。


 ……オレはワカメと卵のスープに嫉妬をしたのかもしれない。いや、完全に嫉妬していたのだろう。ビールを呑みながら、ホットケーキを作ることを決めていた。女子ウケを目指しているのだ。


 うちの女子たちを喜ばせられる団長サマでありたいのさ、いつだってな。


 それに、肉に魚に野菜にビールに、色々とあるが……甘いモノが足りていないのは事実だったしな。


 まずは牛乳にバニラビーンズをブチ込んで放置する。そんなことをしつつ、小麦粉に砂糖とベーキングパウダーを混ぜて、卵とバターと蜂蜜をたっぷりとブチ込んだよ。


 あとはバニラビーンズを浸していた牛乳とそいつらをよく混ぜて……また、しばらく放置しておいた。バニラビーンズを生地に入れたままな。そうしている間は、肉を食べて、サーモンを食べつつ時間を待つ。


 三十分後ぐらいになると、生地が冷えているな。バニラビーンズを抜いて、バターをたっぷりと塗ったフライパンにそいつを移す。


 バターの液で煮るようにして焼いて行くんだよ。ああ、香りがいいな。肉や魚では出せない、バターの焦げる濃厚な香ばしさがたまらないな……。


 直火だから、すぐに焼ける。バターたっぷりなのは焦がさないようにするためだし、ひっくり返しやすいようにするのさ。甘味たっぷりで、外はバターでカリカリ、でも中はフワフワなパンケーキが完成する。


 牛乳多目と火力強めがコツだな。上手く炎を使いこなすと、牛乳の蒸気がパン生地のなかで膨らんでくれるから、フワフワ度が上がる。


「……お兄ちゃん、甘いの作ってる!!」


 グルメな猫舌が夜風に漂うパンケーキの香りに引かれてやって来る。ホットケーキっぽい、この特大のフワフワなパンケーキは、ミアの好物でもあるし……猟兵女子のウケが良かった。


「スイーツを食べたかったものな。よい仕事だぞ、ソルジェ」


 リエルに褒められちまったよ。やはり、デザートは要るな。フルーツ丸かじりでも悪いコトはないが、こういう濃厚な甘さがあるものも美味いしね。


「シンプルな甘さだから、何でも合うぜ。シロップをかけても、チョコをかけても美味いし……スライスして焼いたリンゴを乗せたり、挟むのも有りだぜ」


「赤毛は、有能なコックね。見直したわ」


 ……パンケーキ作っただけで見直されてしまったらしい。まあ、別にいいがな。ロロカ先生がパンケーキを切り分けて、ミアはナイフで切ったリンゴに砂糖を振って金網で焼き始めた。


 キュレネイは蜂蜜で行くつもりらしいな。蜂蜜の入った瓶を食材の入った袋から取り出して、持って来ていたよ。


 野郎どものガサツな肉の祭りの裏側で、女子たちはパンケーキ祭りを始めていた。リエルはコーヒーとココアを作り、レイチェルはマシュマロも焼こうと言い出し、棒に串刺しにしたマシュマロたちを火で炙り始めていた。


 ……女子たちが甘味に喜ぶなか、オレはジーンに声をかけられる。


「いい顔をしているね」


「……ああ。女子たちは甘いモノが好きだしな」


「いや。そっちもだけど、サー・ストラウスもだよ」


「オレを口説くヒマがあったら、フレイヤをさっさと口説け」


「うぐ。そうだけど。そもそも、サー・ストラウスを口説いてないしね?」


「知ってるよ」


「はあ……それで。いい休日になったかな?」


「おかげさまでな。魚も釣れたし、料理も出来た。キレイな離れ小島の探険もな」


「もう少し温かくなると、海でも泳げたね」


「……アリューバよりも、海水が寒いんだな」


「そうさ。この海は氷の大陸からの寒流が注いでいる……厳しい土地だよ。『ベイゼンハウド』はね」


「その厳しさが作った結束もあった。悲しいことに、失われつつある価値観ではあったが、ジグムントたちが復活させてくれるだろう」


「……そうだね。サー・ストラウス。これから、どう動くつもりだい?」


「……帝国軍はガルーナに集まっている。ハイランド王国軍に追い払われた連中も、ガルーナの警備に合流しているからな……」


「地図で見たけどさ、ガルーナの西側は険しい山に、古い砦が多いね」


「今となっては、残念ながら、西側から攻めることは楽ではない」


 かつては西の守りの堅固さを誇りにして、歌にまでしていたものだがな。敵に故国を奪われれば、その守りの強さがオレたちに牙を剥くことになる……。


「少数で潜入することは難しくはないが、軍隊を送り込むことは難しい。おそらくだが、オレの姉貴たち……マーリア・アンジューとアシュレイ・アンジュー、そして呪術師クーデリカ・アーメイティ。ヤツらも、ガルーナに逃げ込んだ」


「……ガルーナに詳しい、貴族の女性か。しかも、腕利きの傭兵の顔も持つ……指揮官が無能じゃなければ、助言を請う存在だね」


「……姉貴は、自分のガキをガルーナの王にしたいらしいからな」


「領有権でファリス家とバルモア有力諸侯が揉めている土地だ」


「ああ、不愉快なことにな」


「……でも。3番目の選択肢は、一つの答えになるかもしれない。揉めていて、折半することが出来ないときは、どちらもあきらめるという形もある。あくまでも、表向きはね」


「裏ではどちらかの勢力と強く結託しているか」


「おそらく、ファリス家とだろうね。サー・ストラウスの甥っ子に、ユアンダートの血族の少女でもヨメに与えることが出来たなら……ユアンダートはかつての裏切りの歴史を帳消しにすることも出来る」


「……そんなことでは帳消しにはならん。だが……まあ、そういう建前を取り繕うことが政治ではあるな」


「そういうことさ。アシュレイ・アンジューは、意外とガルーナ王に近い存在かもしれない」


「あんなガキがか」


「ガキだからこそ、いい傀儡になるだろうとユアンダートは考えるかもしれないだろ」


「……姉貴がついている内は、傀儡だけでは終わらない気もするがな」


「……そうだね。サー・ストラウス。オレたちが一番、恐れているシナリオを気づいているかい?」


「さてな……幾つか思いつくが、アンジュー家の企みで最も恐ろしいのは……アシュレイ・アンジューが竜を得ることだろう」


「そう。サー・ストラウスとゼファーの強さを、オレたちは知っている。帝国軍を容易く破壊するような強さだけれど……それが、オレたちに牙を剥く日が来るかもしれないと考えると、どうにも顔が引きつるよ」


「……竜はそう簡単には見つからない。それに、ゼファーも、ルルーシロアも呪いから身を守る術を学んだ」


「……でも、彼女たちは、一度はゼファーをも奪いかけた」


「ああ。認める。姉貴とクーデリカ・アーメイティならば、竜を探し出す可能性はある。帝国の情報網は、オレたちよりも大きい……」


「……サー・ストラウス。オレはその件を、フレイヤに報告している。フレイヤは知っているはずだ。『アリューバ海賊騎士団』を崩壊させる力があるとすれば、帝国海軍を沈めた竜の力だけだと」


「……姉貴の暗殺を『自由同盟』に訴えるか」


「そうなるね。オレもそうしてくれと、フレイヤに手紙を出している。オレたちも仲間を死なせるワケにはいかないから」


「……ガルーナに潜入し、姉貴を暗殺する……そんな命令が、クラリス陛下から届く日も遠からずか」


「……すまない。そうなったら、少しはオレのせいだ」


「謝るな。姉貴たちは、『自由同盟』の脅威だ。アリューバが『自由同盟』に加入してくれたのは嬉しいし……そうなった今では、アリューバの軍隊である『アリューバ海賊騎士団』を守るために、同盟へ全力で働きかけるべきだ」


「……ああ。分かってくれるかい?」


「当然だ。この小旅行は、そのことに対する謝罪ではないよな?」


「そういうつもりじゃない。こいつはただの友情さ!……国家が絡むと、自由ではいられなくなる。でも、オレは海賊だしね。だから、ちょっと告白しておきたくなった。友だちに隠し事はダメだろ?」


「ククク!海の男らしくて、そういうのは好きだぜ、ジーンよ」


「……コソコソと政治をしていたオレのことを笑って許してくれる、サー・ストラウスの器の大きさのことを、オレは尊敬しているよ」


「オレはバカなだけなんだよ」


「そうでもないと思うけどね。でも、どうあれ……酒を呑もうぜ、サー・ストラウス」


「ああ。潮風に吹かれながら呑む、アリューバのビールの味は、最高だからな」




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