序章 『ベイゼンハウドの休日』 その14


「いただきまーす!!」


「いただきまーす!!」


 ミアとカーリーが弾む声でそう歌い、彼女たちは大きな皿に、まずはサーモンから取り上げていく。ミアとカーリーが釣り上げたサーモンのステーキだった。


 塩コショウのシンプルな味付けでも、十分に美味そうだが……二人はオレがジャンに作らせていたマヨネーズ・ベースの特製ソースもかけていた。二人とも、野菜の入ったソテーは取らなかったが、別にいいさ。


 好きなモノを食べるべきだな。バーベキューだし、食べ方に文句をつける状況じゃないさ。


「自分で釣ったキング・サーモンさん……っ」


「……しっかりと焼けているわ……っ」


「うん。脂がたっぷりととろけているし……」


「……新鮮だから、身もプリプリしているわね……」


「さっそく!」


「食べよう!」


 少女たちがフォークを操り、サーモン・ステーキを小さな口に運ぶ。まずは、特製ソースがかかっていない部分から食べていた。


「もぐもぐ!……美味しい!!見た目通りの、期待を裏切らないジューシーさ!!」


「もぐもぐ!……うん!とても美味しいわ!!……甘味もたっぷり。新鮮な魚って、本当に美味しいわね!!」


 自分たちで釣り上げたキング・サーモンさんだからな。通常の二倍は美味しく食べられるもんさ。


「……特製ソースも合うぜ。試してみてくれ」


「うん!マヨとケチャップに、合わないものはないものね!!」


「アンチョビとレモンも入れてあるのよね」


「ああ。アンチョビは苦手だったか?」


「ううん。食べたことある。いい感じのソースを作るのね、赤毛。レストランっぽい」


「ああ。レストランっぽい。本物の料理人には遠く及ばないだろうが、それなりにはイケるんじゃないか?」


「お兄ちゃんの料理には愛情がたっぷりなので、ミアからすれば星の数50個ぐらいつけられるウルトラなコックさんだよっ!」


「……ミアっ!!」


 お兄ちゃんは感動するあまり、思わずミアの頭をナデナデしていたよ。黒髪の中から生えているミアの猫耳が楽しげにピクピクと動いていた。


「……ナデナデされながらーの。特製ソースがついた、キング・サーモン・ステーキを、食ーすっ!!」


 パクリとミアの小さな口が特製ソースのかかった部分に噛みついていた。


「もぐもぐ……っ!」


「……どう、ミア?」


「これは、まろやかかつ濃厚な酸味のなかに、たくさんの味を感じる……脂の乗ったキング・サーモンさんのステーキに味の種類という深さを与えているよっ!!」


 ふむ。オレがデザインした味を、グルメな猫舌は看破してくれたらしい。そうだ。ソースをかき混ぜ過ぎないように指示したのは、それぞれの味を感じてもらうためだ。


 サーモンの身は美味い脂をまとってはいるものの、基本的にシンプルな味をしている。そこにあのソースを与えることで、複数の酸味と味をサーモンの身に与えることを企図しているのだ。


 シンプルさを補うためのソースさ。サーモンの強い脂っ気を抑えるための酸味でもあるけどな。


 脂は美味いが、甘すぎるのさ。甘さを活かす方法は、オレの中では二つほどある。一つは脂の甘味で塩気を強化する―――コイツはサーモンの塩漬けが分かりやすい。塩っ気を強調する楽しみ方だ。


 そして。


 もう一つは酸味で脂の甘さを抑制する手段。クロケットに酸味のあるソースをかけたりするよな。基本的に脂の強い料理には酸味が合う。酸味で脂の甘さを抑えるからこそ、食べやすさも生まれるという考え方だ。


 ……あくまでも、ガルーナ人であるオレの舌が作ったロジックに過ぎない。食文化の数ほど、いやヒトの舌の数ほど味覚の『正義』は存在しているのだろうよ。


 各町の酒場あたりで酔っ払う度にオレの考えを語るものだが、否定されたり賛同されたりと様々な反応が見られる。異論の存在を許容しているさ。だが、オレの脂の甘みに関しての解釈は、さっき語った通りだ。


「美味いか?」


「うん!!」


「ホントね!いいソースだわ。サーモン・ステーキが進むわ」


 ハイランド王国料理を知る、いいとこ育ちのカーリーの舌を納得させられたことに、オレは手応えを感じ、森のエルフの王族みたいにドヤ顔を浮かべていたよ。


「……その笑顔はムカつく」


「ククク!!ついつい嬉しくてね。まあ、他にもパスタとか、野菜とキノコとのソテーもあるから楽しんでくれ」


「うん!!楽しむね、お兄ちゃん!!ありがとう!!」


「……そうね!いい腕よ、赤毛!ありがとう!!」


「どういたしまして」


 ……喜ぶ子供の顔を見ていると、無条件で顔がほころぶものだな。


 オレは猟兵たちを見た。リエルとレイチェルは、クリーム・パスタを食べている。ロロカ先生とジャンは、キノコと野菜のソテーからか。


 そして……キュレネイはサーモン・ステーキだな。特別に分厚く焼いていたヤツを皿に乗せて、ナイフとフォークを使って上品かつ素早くカットすると。ヒョイヒョイとあの小さな口にサーモンの身が運ばれていったよ。


 無表情のままサーモンをモグモグしている美少女サンに訊いてみた。


「美味いか?」


「もぐもぐ。イエス。とても、美味しいでありますぞ」


「ククク!そうか、そいつは良かったぜ!……作りすぎたぐらいあるんだ。どんどん食べてくれよ」


「イエス。団長も、食べるであります」


「ああ……オレは、どれからにしようかな―――」


「―――リング・マスター」


 レイチェルに声をかけられて、オレは背後を振り向いた。目の前には猟兵女子に流行っているらしい餌付けモードの美女がいる。


 銀に輝くフォークの先に、一口大に切られたサーモン・ステーキがあったよ。


「……流行りなのか?」


「ええ。踊り子として、流行りには敏感でいたいものでして。何だか、夫のことも思い出せて楽しいのです」


 踊り子は本当に楽しそうに微笑むのさ。死んだ夫のことを想いながら浮かべる彼女の笑顔には、愛ってのは永遠を帯びているもんだって思い知らされる。死でも分かち得ない絆があるのさ。


「私ではイヤですか、リング・マスター?」


「まさか。君の良い思い出のためなら、餌付けされることも光栄なことだよ」


「ウフフ。では、あーん、して下さい」


 レイチェルのために。そして、オレもあのサーモン・ステーキの味を楽しむために、青い空の下で大きく口を開くのさ。


 微笑みと共に運ばれて来るサーモンを、オレは思い切り頬張ったよ。レイチェルの夫はもっと上品に食べていたかもしれないが、ガルーナの野蛮人ってのは、肉にせよ魚にせよ、ステーキに対しては豪快にかぶりつくのがスタイルだからな。


 ……美味かった。


 カリカリに焼けた皮の下からあふれる脂と、新鮮な身が放つ甘さ。そいつには塩とコショウだけでも十分に美味かったよ。


「感想を訊くまでも無い。そんなお顔をしていますわ」


「……ああ。北海の恵みを感じているよ」


「では。海の恵みだけではなく、こちらの方もどうです?」


「ん?」


 レイチェルはビールを注がれた木製ジョッキを差し出してくれた。ニヤリとオトナな貌になりながら、そのジョッキを野蛮人の指が紳士的な所作で受け取ったよ。


「気が利いているな。大地の恵みだ」


「ええ。宴には、お酒がつきものですからね。さあ、海賊たちはビールを持っていますわ」


「……そうだな。ジーン、ならびに『アリューバ海賊騎士団』の諸君!!君たちの厚意のおかげで、オレは最高の休日を送れている!!……詩でも捧げたいところだが、堅苦しい感謝の言葉はオレたちには似合わないな。一言で済ますぞ!我らが友情に、乾杯!!」


「乾杯!!」


「乾杯!!」


「あはは、乾杯!!」


 海賊たちはビールの入ったジョッキを青い空に掲げ、野太く陽気な声で歌っていたのさ。




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