序章 『ベイゼンハウドの休日』 その10



 それからもキング・サーモンは釣れ続けた。腹を空かせた群れにでも当たっていたのだろうな。針を垂らせば釣れるような状態だったよ。あまりにも次から次に釣れるものだから、オレとジーンは夢中になって釣りまくったのさ。


 大物が釣れ放題となれば、釣り人としてはこれほど楽しいコトもない。ニヤニヤと笑いながら、どんどん釣っていった。しかし、オレが10匹、ジーンが11匹を釣り上げた頃……気づいたのさ。


 ミアとカーリーが、釣りをしたがっていることにな。二人ともオレとジーンが釣り上げたキング・サーモンを見つめて、ニコニコしてはいるが……やはり、こんなに簡単に釣れるものならば、自分でも釣りたくなってしまうのがヒトの心理というものか。


「……ジーン。勝負も大事だが」


「……ああ。そうだね。今日は楽しむべき日だもんな。今まで釣り上げた分で、勝負を決めよう。十分、楽しんじゃったもんね」


「ミア、カーリー、お前たちも釣ってみるか?」


 その言葉に二人の子供たちがはしゃいでいたよ。目を輝かせて笑顔になってくれるもんだから、お兄ちゃんは本当に嬉しい。休日の主役は子供たちだよな。オトナたちだけで楽しんでいたら、悪いというもんさ。


「いいの!?」


「もちろんさ。やるか?」


「やる!!」


「わらわも!!」


 いつもはどこか生意気なカーリーまでもが飛びついて来たよ。オレはミアを、ジーンはカーリーをサポートしながらキング・サーモン釣りを続行することにした。


 ……というものの、二人とも武術の達人らしいというか、オレたちの動きを完全に模倣することぐらいはやってのける。


「えーい!」


「それ!」


 入れ食い状態の海に、二つのルアーが飛び込んでいく。完璧だな。力のかけ具合も理解している。ミアの器用さは知っているが、カーリーも複数の武器を使いこなすような修行を須弥山でしているのさ。


 動きを模倣するには、道具の構造を考えて把握しないといけないからね。武器を使うための知識と経験値があると、道具の使い方というものは上手くなるものさ。体の動きの模倣だけじゃなく、道具の使い方の模倣までこなす……才能を感じるぜ。


「カーリーは釣りは初めてか?」


「うん。初めて!」


「……そっか。すぐに釣れるから楽しみにしてろ」


「ええ!一番、大きいのを釣ってみせるわ!」


 ……初めての釣りがキング・サーモンというのも、豪華な釣りデビューだ。さてと、ワクワクしているミアの背後に移動する。ミアが釣ったキング・サーモンは、オレがたも網ですくう予定だ。


 ミアの猫耳が楽しげに揺れているのを見つめていると……すぐに引きが来た。モノによればミアの体重よりも重いキング・サーモンもいるからな。海に引っ張り込まれることはさすがに無いだろうが、まあ、もしものために背後にいる。


 1メートル程度の魚ではあるが、釣るには技術もいるしな……。


「あはは!大きいお魚さん、かかった!」


「ミア、竿を立てておくんだ」


「こんな感じ?」


「そうだ。しならせろ。糸にかかる重さを竿に預けるんだ」


「ラジャー!」


 どこかおぼつかない動きではあるが、それでもミアは竿を操る。体重が足りていないのさ。筋力は足りていたとしても、体重が無ければ安定感までは生まれないからな。


「わ、わらわの針にもお魚がかかったみたい!引っ張られる!」


「カーリーちゃん、竿、あまり引っぱり過ぎないようにね。竿に力がかかり過ぎると、大物相手じゃ竿が折れちまうから」


「こ、こんな角度かしら?」


「そうそう。さすが、良いセンスしてるね」


「当然よ!須弥山の修行を、舐めてもらっては困るわ!」


「……竿の使い方も習うのかい?」


「竿は習わないけど……ムチとか槍とか弓とか鎖とかも使う」


「武芸百般なんだなぁ……」


 ハイランド王国軍の兵士たちが強くなるわけだ。『虎』という人々は、双刀ばかりを使うわけじゃないらしい―――まあ、フーレンの身体能力的には双刀がベストの武器というコトになるのかもしれないが、他の武器も習うのは防御のためだろうよ。


 相手の武器の特性を知らなければ、戦いには勝てないからな……柔軟さもあるわけだ。様々な武器について学んだ経験値を元にすることで。未知の相手に対しても想像力で迫れるようにしている。


 ……この釣り竿の使い方も、カーリー・ヴァシュヌの経験値の一つに組み込まれて行くかもしれないな。肉体を動かし、道具を操る。それが武術というモノを端的に表現した言葉だから。


 竿を何故、振り上げるのか?……魚がどんな動きをすれば、竿や糸のどこに負担がどうかかってくるのか―――それをミアもカーリーも、想像力で補っていく。


 魚の動きまでは想像することは出来ていないが、十分だ。反射神経が桁違いだから、糸が切られる前に竿を動かしている。オレたちの動きを見て、学習していたようだ。やはりアウトドアの遊びは、ヒトを強くするな。


 ……まあ、さすがに動きは硬いさ。キング・サーモンは大きな魚だし、体重の軽い二人には苦労する相手ではあるから。『ヒュッケバイン号』だって、かなり揺れているしな。その揺れにも耐えながらの釣りは、難易度は高い。


 それでも、二人ともニコニコしていたよ。お兄ちゃんのサポートは、ほとんど必要が無さそうだった。


「も、もうすぐ釣れそう!!」


「ああ、お兄ちゃんが網ですくうぜ!!」


 あのサイズを海から豪快に釣り上げてもいいが……糸が切れたり竿が折れるかもしれないからな。やってみたい動作だが、竿を壊すとジーンが悲しい顔をするかもしれないから、よしておくとしよう。


 オレは『ヒュッケバイン号』から身を乗り出して、その長い柄を持つたも網を使いこなし、海面で暴れるミアの釣り上げたキング・サーモンを、網の中へとすくい上げていた。


 かなり暴れやがるな。大物だよ。それでも、怪力なもんでオレの腕はへっちゃらさ。姉貴に刺された傷も、ほぼほぼ塞がっている。痛みは皆無だったよ。暴れるキング・サーモンを持ち上げても辛さは無かった。


 『ヒュッケバイン号』の甲板に黒い背中と銀の腹を持つ、キング・サーモンを引きずり上げた。網の中で暴れ回る大魚に、ミアはご満悦な表情だった。


「やった!」


「わらわのも、捕まえて、ジーン!」


「まかせな、カーリーちゃん!」


 カーリーのキング・サーモンもすぐそこまで来ていたよ。ジーンも手慣れた手つきでたも網を操り、キング・サーモンを海からすくい上げた。どっちも同じような大きさだったな。


 甲板にカーリーのキング・サーモンも転がった。カーリーも嬉しそうだ。金色の尻尾がヒュンヒュンと楽しげなリズムで弾んでいるのだから。


「大きなお魚が釣れたわ!」


「うん!やったね!」


 少女たちが手と手を組み合わせながら、甲板の上で踊っていた。いい光景だったよ。釣りの楽しさを分かってもらえたようで、釣り好きのオレとジーンもニンマリ笑顔さ。


 それから、ミアとカーリーが3匹ずつ、計6匹ほど釣り上げたところで。ジーンは口を開いた。


「コレ以上は取り過ぎだな。27匹も大物が釣れたし、塩漬け用の樽の空きもそうあるものじゃないから……そろそろ終わりでいいかい?」


「うん!」


「あまり釣りすぎても勿体ないわね」


「……イエス。これだけあれば、十分にサーモン料理のフルコースが完成するでありますな」


 海賊たちに処理されていくキング・サーモンたちを見つめながら、腕組みしたままキュレネイ・ザトーはそう語った。


「サーモン料理のフルコースか……バーベキューの予定だったが」


「どちらも敢行すれば良いであります」


「……まあ、フルコースまでは作りすぎだが、何品かは作るとするよ。それでいいな」


「イエス。お肉とサーモンのコラボを、楽しみにしているでありますぞ」



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