序章 『ベイゼンハウドの休日』 その9


 やはり北海については『アリューバ海賊騎士団』が最も詳しいようだな!……毎度のコトながら、彼らの知識には敬服するよ。


 こんなに楽な釣りは久しぶりだが……そいつを幸運じゃなくて、実力で用意してくれるとはね!!


 竿がしなり、釣り糸が北海の波間を右往左往する。かなり強い引きを右腕に感じるが、姉貴に刺された傷に痛みはない。リエルの作ってくれた秘薬のおかげだよ。


 しかし、竜太刀をブン回すことに比べれば、たかが魚1匹釣ることぐらいでは、かかる負担は小さなものだからな。コレで完全復活と断言していいかは分からないが、いいリハビリになっている。


「これは、キング・サーモンさんなの?」


「多分な!」


「赤毛、左眼を使えば分かるんじゃないの?」


「……食糧難の時以外は、そういう裏技を禁止している!今は、勝負の最中だしな!」


「おいおい、サー・ストラウス。アンタの魔法の目玉は、釣りにも使えるのかよ?……相変わらず、とんでもなく便利だな!」


「ククク!まあな。だが、今日は遊びだ。使わんぞ!」


「紳士的だね。そういう騎士らしいトコロは、見習いたいもんだ!」


 しゃべりながらも竿を踊らせ、糸を巻き取っていく。魚釣りってのは複雑な仕掛けと、単純な技術の合作じゃある。最も難しいポイントは、もちろん魚がいる場所に行くこと。魚がいないと釣れないからね。


 ……それ以外については、正直、大して複雑なことじゃないような気がするよ。大物がかかれば糸が切れないようにして巻き取って釣り上げるだけだしな。別に達人じゃなくても釣れているからな。


 糸が切れないようにするには、竿に頼ることと、張力が強くなり過ぎたらムリに糸を巻かないことだけだ。竿に頼るというのは、竿そのものの弾力を活かして糸にかかる力を分散してやることだ。


 しなり弧を描く竿が曲がれば、それだけ魚が糸を引っ張る力を竿で吸収していることになる。引っ張られる糸に対して直角に曲げてやれば、問題は少ない……シンプルな遊びじゃあるよ。基礎を追及して、動きをデザインするだけ。後は運任せ。


「最高の漁場に、最高の道具か……ここまでしてもらうと、ちょっと面白味が無いほどだが、デカい魚を釣るのは、楽しいもんだな!!」


「あはは。そうだよね。ちょっとイージーだけど……こういう日もあるもんさ!!」


 海釣り経験の差というものか。釣り上げるのはジーンの方が早そうだ。オレは道具に慣れていないということも大きくはあるな。糸がどれぐらいのムチャをすれば切れてしまうのかを、感覚的に把握しちゃいない。


 何でも一度ぐらい失敗してからじゃないと、分析のしようも無いからな。経験の差というのは、やはり大きい……。


「魚が見えたわ!」


「ああ。オレのさ。サー・ストラウス、喜べよ!キング・サーモンだぜ!!」


「なるほど。名前の通り、大きなサーモンであります」


 キュレネイが喜んでいた。北海の白波をかち割りながら走る、その睨みつけるように厳つい形相。黒っぽく、一メートルはゆうに超える体をしているな。力強さと荒々しさを体現するその大魚は、たしかにキングと呼ぶべき風格はあったよ。


 ジーンが『ヒュッケバイン号』の近くに、その黒い魚を引き寄せる。海賊たちがたも網を使い、慣れた手つきで捕獲する。


「ハハハ!船長、なかなかの大物だぜ!!」


 海水から上げられたキング・サーモンは、たも網の中で暴れていた。しかし、太い海賊の腕に捕らえられたら逃げられることはない。海賊はキング・サーモンを甲板に上げる。


「わー!大きい鮭!!」


「ほんとね!海には、こんな大きな魚もいるのね!」


 少女たちの喝采を受けているな、ジーンが釣った魚が。正直、ちょっと嫉妬するが、これもまた実力の結果だ。受け入れる他ない。


「さてと、締めちまいますぜ」


「頼む。あと、サイズも測っていてくれ!」


「了解でさあ、船長……そりゃ!」


 海賊がナイフを使って暴れるキング・サーモンの側頭部を突いていた。あそこに脳がある。脳を壊せば、即死させることが出来るからな。


 そして、エラにナイフを差し込み、前後に揺らすようにして頸動脈を掻き切った。血抜きが始まり、キング・サーモンから血が流れ出していく。


「お魚締めるの慣れてるね」


 ミアに褒められて、海賊は笑う。


「まあ、オレたち海の男だからね!」


「……ねえ。どーして、お魚にトドメを刺したの?」


 カーリーは魚釣りの知識が乏しいらしいな。まあ、海の専門家である海賊に色々と教えてもらうのも、勉強になっていいさ。美味しい魚を食べたい時は、ああするものだ。


「暴れて死ぬとマズくなるのさ。呪いでもかかるんだろうよ」


「んー。それは、どうかしらね?……呪術の専門家としては、そういう現象を観測することは出来ない」


「そ、そうかい……」


 呪術のプロフェッショナルに対して、『呪い』という『便利な言葉』で謎を誤魔化すことは難しいな。


 ……海賊が困っているから、オレはキング・サーモンの野郎と格闘しつつも、持論を披露してやることにしたよ。


「なあ、カーリー。死ぬほど暴れると、体が疲れるだろ?」


「うん。それで?」


「あれはオレたちが食事で摂取している栄養が消費されているからさ」


「……じゃあ、お魚を暴れさせると、『栄養』が消えるから……美味しくなくなっちゃうの?」


「そうだと思うぜ。あと、呪いってものじゃないにせよ、恐怖心は血肉を濁らせているような気がするんだよ」


「戦士らしい言葉ね。感覚的だけと、ちょっと分からなくもないかも?」


「獣の肉には、性格が出るだろ?」


「ええ。常識ね!」


「アレと一緒さ。感情だって肉の味に反映されるのかもしれんぞ」


「そうね。性格がお肉の味に反映されるのだから、感情も同じかも……?」


「……何それ、そんなのあるのか?」


 アリューバには無い感覚らしい。ジーンもキング・サーモンを処理している最中の海賊も首を傾げていた。


「嘘?……怒りっぽい牛の肉と、優しい牛の肉は、味が全く違うでしょ!?」


「……そうなのか?……そういうの、考えたこと無いなぁ……」


「そんな?……あんなに違うのに?……赤毛……わらわは、ちょっと驚いているわ」


「食肉文化の違いさ」


「サー・ストラウス、ホントにあるのかい?」


「ああ。怒りっぽくて乱暴な雄牛な肉は固いし、やさしい雌牛の肉はちょっと柔らかい。性格の違いが、性別だけでなく、体格や筋肉の違いにも反映される。その結果、味も違うんだよ」


「……へー。まあ、考えてみればそうかもな。ケンカする牛の筋肉は、硬そうだよ」


「他にも、年齢やら育った環境で違って来る。斜面で育った牛と、平坦な牧場で育った牛の肉は、また違うもんだし、脂もその量だけじゃなく『質』も変わる……焼くのに向く部位と、煮るのに向く部位がある」


「色々とタメになったよ。たしかに、魚も恐怖心を与えないほうが美味いかもしれない。生けすで飼ってる魚はマズいもんな。濁るような、泥臭い味。アレ、恐怖が血肉に染みている味かも?」


「……そういう理論で、納得してもらえるか、カーリー?……お魚さんは、さっさと殺した方がマズくならんのさ」


「……うん。何となく、そんな気がして来たわ」


 ロロカ先生の知恵を借りたいところだが、ロロカ先生はいつの間にやら眠っているからな。読書タイムから、健やか睡眠モードに入っている。


 ……それに。ロロカ先生でも、よく分からないだろうしな。肉の味についての研究は、迷信と経験則と、一握りの科学的な推察で動いている。論より証拠の分野じゃあるよ。


 さてと。


 牛の肉について語っている場合じゃないな。オレのキング・サーモンも『ヒュッケバイン号』に近づいている!……欲目なのか、さっきのジーンの魚よりも大きい気がするぜ!


「お兄ちゃんのキングが来たー!」


「あら。本当ね。あっちも大きいわ!」


「サー・ストラウス、たも網ですくいますぜ!」


「おう、頼むぜ!!」


 右手で竿を操りながら、左手でリールを巻いていく。『ヒュッケバイン号』に近づけさせた黒い魚を、海賊のたも網が捕らえていた。そのまま、海賊が持ち上げた!……たも網の中で暴れるオレのキング・サーモンは、大量の海水を撒き散らしながらも甲板に運ばれる。


 釣り人としては、何とも楽しい瞬間だ。


「さっきの魚より、大きい!」


「ククク!そうだろうとも、釣りの女神とオレは仲良しなんだよ!」


「まあ、それはそうと、おめでとう。サー・ストラウス。キング・サーモンを釣ったのは初めてだろ?」


「ああ」


「北海でも、最高の魚の1匹さ。釣り人として、誇り高い気持ちになれるだろ?」


 ジーンはイケメン野郎だな。勝負事の最中でも、爽やかな笑顔で讃えてくれる。


「釣り人として、成長した気持ちにはなれるぜ」


「……そうだよね?それに、釣り方も分かっただろ?サー・ストラウスのことだ。竿や糸の強度も確かめていた」


「……鋭いな」


「友だちだからね。さて、そろそろオレも本気を出すぜ!せっかくの入れ食い状態だ!10匹は釣るぜ!!」




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