序章 『ベイゼンハウドの休日』 その11
さてと、新鮮なキング・サーモンをどう料理してやるものかな……そう考えながら海鳥たちが舞う灰色の北海を見つめていると、海賊たちがマストの帆を広げていく光景を見た。釣りを楽しんだ後は、例の無人島へと向かうようだな……。
オレは『ヒュッケバイン号』の進行方向に視線を向けた。はるか先に、小さな島が見えた。
「……ジーン。アレか?」
「ああ、あの島だよ。魚群が向かう、いい島だ」
「ほう。浜からも釣りが楽しめる島というわけだな!」
「そうだよ。でも、浜以外にも林とか泉もキレイらしいぜ」
「そいつは楽しみだ」
「……平和なもんだよな」
「たまにはいいさ。どうせ、その内、否応なしに戦に駆り出されることになる。休息を取ることも大切だ。ありがとうな、ジーン」
「……何がだい?」
「子供たちに、戦とは無縁の思い出を作ってやれた。二人にとっては、そういう思い出は素晴らしい価値があるものだ」
「……戦ってばかりだったもんね……ミアちゃんもカーリーちゃんも、乱世に戦士としての才能を持って生まれてしまった」
「不幸なことではない。そのおかげで、我が身を守れる。世界にあまねく悪意から、二人は多くの場合、自分の身を守ることが出来るんだ」
「たしかにね。でも……こういう世の中のままだと、いけないな」
「遠からず終わらせてやるよ。皇帝ユアンダートを殺し、ファリス帝国を崩壊させることでな」
「……ああ。そうだね。サー・ストラウスたちとオレたちと……『自由同盟』が組めば、それも夢じゃないかもしれなくなって来た……バルモアの力も、要るだろうけどさ」
「……そうだな。だが、今日は休日だ」
「ん。そうだね、すまない。仕事のハナシは抜きにしよう」
「そういうことだ」
「じゃあ。オレは舵を取るよ。すぐに到着する。サー・ストラウスは料理のメニューでも考えていてくれ」
「ああ、そうするよ……」
……頭の中に色々のプランを考えつつ、オレはリエルとロロカ先生が使っているハンモックに向かう。二人して健やかな寝息を立てているその場所には、オレが使えそうな三つ目のハンモックもあるのさ。
ロープで編まれた、その海賊スタイルなお昼寝装置に、オレも釣りで疲れた背中を預けたよ。島に着くまでは、しばらくノンビリするとしようか……キング・サーモンとの格闘でも、それなりに体力は消耗してしまっているしね。
……甲板を見回すと、それぞれの休日があったよ。ミアとカーリーはゼファーにキング・サーモン釣りの感動を聞かせてやっているようだ。
「すごくね、引っ張られたんだよ!」
「大きなお魚さんだったわ!」
『そーなんだー』
……ゼファーはやさしげに微笑みながら、少女たちのハナシを聞いている。紳士的な竜だよ。さすがは、アーレスの孫だな。
キュレネイは島が待ち遠しいのか、船の先に立ち風を浴びている。水色の髪を風に流しながら、美少女サンのルビー色の瞳は無人島を見つめていた。
とても美しい光景ではあるが……きっと、早く昼食が食べたいんだろうな。彼女の期待に応えるメニューを作らねばならない。
レイチェルはまだ船室で色っぽい感じで眠っているんだろう、甲板にはいない。ジャンは……憔悴しきった様子で船酔いと戦い続けていたよ。
ハンモックに後頭部を委ねるように押し当てて、空を見上げた。
『ヒュッケバイン号』の高い帆柱と、風に膨らむ帆があった。青い空を流れる雲に挑むように、最速の海賊船も風に乗って海を走っていく。海鳥の何匹かは帆柱に留まり、翼の間を黄色いくちばしでつついている。
……リエルとロロカ先生が眠ってしまうのも当然だな。風は心地よく、太陽はほどよい温かさを肌にくれていた。
眠気に襲われて、素直に瞳を閉じるんだよ。穏やかな気持ちになりながら……頭にサーモン料理のメニューを頭に浮かべていると、眠気に呑まれていく。
思考力が鈍るのがわかる……お昼寝のための最高の環境だからな。オレもその魅力に抗えそうにない。あくびをして、体からより緊張を抜いていったよ。いつでも眠れそうではあるが…………キュレネイの視線に気づいてしまう。
サーモン料理に対しての期待が込められた視線であることは、明白であった。
オレは欠伸を噛み殺しながら、白い雲を見つめて集中力を作り上げようとした……そうだな。あの雲のように、白くてフワフワの生クリームを使うのも良いかもしれない……。
いや、肉に偏りがちになるバーベキューだからな。キノコや玉ねぎを使った料理も良いかもしれないな。野菜も食べて欲しいからな……。
だが。あくまでもバーベキュー。串刺しにした牛肉が主役ではあるし……。
……昼飯を考えるということも、なかなかの難題ではあるよ。より良いメニューを考えながら、オレは思索の海と戦っていた…………。
……。
……。
…………けっきょく、少しだけ眠ってしまっていたらしい。こういうまどろみに捕らえられると、15分ずつぐらい時間が飛んでいたりするから不思議なものさ。オレは眠気を振り払うために顔を指でこすりつつ、ハンモックの上で体を起こした。
「む。ソルジェ、起きたか?」
リエルがすぐ側にいた。彼女はハンモックから降りていたよ。ロロカ先生もハンモックの上にはいない。
「もうすぐ島に到着するようだぞ」
……オレは15分以上は寝ていたのかもしれないな。
「ほら、アレを見ろ」
白い指がピンと伸ばされて、空と海の間にある小さな島を指差していた。その島は白い砂浜に囲まれていて、陸には小さな林が在った。林のあいだからは、美しい泉を見つけられる……。
「……おお。キレイだな」
「うむ。そうだな。心が洗われるようだぞ!」
戦場ばかりにいるからな。普段は、殺伐とした光景ばかりを目に映しすぎている。たまには、ああいった自然の生み出した美しさに触れたいもんだよ。
「北海にも、こういう島があるのだな。もっと、厳しい光景ばかりがあるのかと思っていたぞ」
「……分かるぜ。厳しい海だからな……」
「だが、ここは生命にあふれているようだ。魚たちが多く島の周りを泳いでいるし、鳥たちはそれを狙って集まってもいる」
「……楽園みたいな島だな」
「ああ、泳げる季節であれば、水着になって泳いでいたかもしれん」
「……それは眼福だな」
「こ、こら。スケベな顔をするでないぞ」
「そりゃするさ。魅力的なオレのヨメさんたちが、水着になってくれた日にはな」
「む、むう。そうかもしれぬが、あまりスケベな笑顔を浮かべるでない!」
エルフさんの指が、オレの頬肉をつまみ上げて反省を促すための小さな罰を与えてくれる。微妙に痛いけど、これもまた幸せなコミュニケーションの一つあるよな。
なんだか、いちゃついていると楽しい気持ちになる―――そして、昇りきった太陽の存在に連動するように、胃袋が空になっていることにも気がついていた。腹が減っているな。釣りして遊んでいただけだが……。
「さて、ソルジェ。我々も小舟に乗って行くとしよう」
「ああ。ゼファーは……?」
『ぼくは、およいでいくねー!!』
ゼファーはそう叫びながら、『ヒュッケバイン号』の後部甲板から、こぼれ落ちるようなゆっくりとした動きで、海へと落下していく。ドパーン!!と豪快に海が歌い、大きな水柱が、わずかながらに海水の雨を降らしていたよ。
「……ゼファーも調子が良さそうだぞ」
「……ああ。君の薬のおかげだよ、リエル」
「そ、そうだな!も、森のエルフの秘薬は、効果が高いのであるからして……っ!?……と、とにかく、行くぞ、ソルジェ!!楽しむためには、すべきこともあるぞ!!」
「昼メシに、いい料理が無いと、せっかくの休日が台無しだしな」
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