序章 『ベイゼンハウドの休日』 その5
皆でお出かけか。そいつは良い響きを持つ言葉だった。とくに子供たちのハートには深く突き刺さる言葉であったようだな。
ミアとカーリーの瞳が、獲物を見つけた時のハンターみたいに、キラキラと輝きを放っている。
でも。主張して来ないな―――おそらく、オレに気を使っているのさ。ケガをしているというのもあるし、慣れない会議につき合わされて、変な疲れ方をしているオレのことを心配しているようだ。
だから。
ジーンのハナシに食い付いているのに、遠慮してリアクションを押し殺しているようだった。何というか、そういう健気なことを子供にさせるのは、あまりオトナとしてよく無い気がしたよ。
怠惰に酒に呑まれてゴロゴロした一日も最高だが、妹と妹の親友が行きたがっている素敵な小島だか海岸なんかに出かけるというのも、素晴らしい休日だった。
皆を見回して見ると、うなずいてくれる。徹夜で酒を呑み、これから眠るのだと語っていたレイチェルも同意してくれていたよ。まあ、海に出るのであれば、船を使うことになるのだろう。船の上で眠るのも悪いコトじゃない。
「……ジーン。そこに連れて行ってもらえるか?」
その言葉に、ミアとカーリーが顔を見合って喜んでいる。『ノブレズ』の街中を探索するぐらいでは、もう飽きてしまっていた頃だろうしな……。
「ああ。任せてよ。『ヒュッケバイン号』の修理も完全に終わったし、あの無人島まで行くのなら、慣らしの航海には丁度いいからね」
帝国軍との戦いで『ヒュッケバイン号』もダメージを負ってはいた。それは当然だな、敵の港に突撃したりもしたのだから。神がかって頑丈な海賊船ではあるが、無茶な戦いをすれば、どうしたって船体にはダメージがたまる。
しかし、『ノブレズ』の港を使わせてもらうことが出来たから、完全に修復することが出来たらしい。
「……やったね!カーリーちゃん!」
「……うん!おでかけ……楽しみ!……伯父上が来てくれたら最高だけど……お忙しいでしょうから、ガマンする」
「そーだね。ジグムー、『北天騎士団』の団長さんだもんね。忙しいから、ムリだよね。でも、お土産とかを見つけてプレゼントしに行こう」
「無人島とかに、伯父上が喜んでくれるモノとかあるかしら……?」
……『娘』からのプレゼントなら、どんなモノでもジグムントは喜んでくれると思うんだがな……。
「思い出話を聞かせてあげるだけでも、ジグムントは喜ぶと思いますわよ、カーリー」
子供がいるレイチェルがそう言うのだから、確かなことだろうよ。
「本当?」
「ええ。ジグムントからすれば、あなたが『ベイゼンハウド』で楽しい思い出を作ることが、かけがえのない幸せになるでしょう」
「そうなのね……うん。楽しい思い出を作るわ!」
「ミアや私たちも協力するでありますぞ」
蜂蜜バターをたっぷりとかけてブリヌイをモグモグしながら、キュレネイ・ザトーが宣言した。キュレネイがリーダーシップを発揮しているようで、嬉しいぜ。オレはキュレネイには分隊長を務められる人材に育てあげたいと考えているし―――?
「―――つきましては、団長」
「……なんだ?」
「料理であります。団長が料理を作らぬハイキングにせよ、バーベキューにせよ、盛り上がりに欠けるでありますぞ?」
「お、おい。キュレネイ。ソルジェの腕はまだ完治しておらぬのだぞ?」
「……いや。バーベキューの肉をタレに漬け込んで揉んだりするぐらいなら出来るしな」
昨夜も、やわらかいものを揉めたし……とは言わない。紳士は、そういう発言しないものだもんな、ジーンよ?……そもそも、ミアとカーリーがいるから、オトナな発言は止めておこう。
「ならば、バーベキューが決定したでありますぞ、ミア、カーリー」
「やったー!!バーベキューとか大好き!!」
「なんだか、キャンプみたいで楽しそうね!!」
「……みたいというか、キャンプになるよ。日帰りで行くには、勿体ないさ」
「む。ならば、テントか……」
旅ばかりしているオレたちにとって、野宿は新鮮な響きがあるものじゃなかった。ジーンはリエルの表情から察してくれたらしい。我々の生活が、野宿に新鮮な感動を感じにくいものだということをな。
「……『ヒュッケバイン号』をホテル代わりにしてもいいぜ?」
「ええ!『ヒュッケバイン号』にお泊まり出来るの!?」
「海賊船に泊まる……な、なんだか、ワクワクするわね!」
カーリーは興奮気味だ。まあ、オレたちはアリューバで『ヒュッケバイン号』の内部を知っている。かなり綺麗なものではあるのさ。真の主であるフレイヤ・マルデルの思想を反映しているのであろうな。
「修繕する時に、掃除もしっかりしていたよ。汚れるまでは、ホテル並みにキレイなもんだろうよ」
気配りの利く男だな。相変わらずスマートだ。このスマートさがフレイヤに対しても発揮されないトコロが面白い。緊張してガチガチになるからな。
「ありがとう、ジーン。いい休日が過ごせそうだ」
「ああ。釣りも楽しめるらしいけど……サー・ストラウスは釣りもやるんだったろ?」
「覚えていたか?」
「飲みの席で聞いた、ヒトの趣味や趣向ってのは覚えておくことにしているんだよ」
抜け目の無さも感じさせる発言だったな。ジーン・ウォーカーの人心掌握術のコツの一つなのだろうよ。若くして海賊たちの長になれた理由は、実力だけでなく、そういう人間関係を円滑にしていきそうな能力も欠かせなかったのかもしれん。
ヒトと酒を酌み交わすことの出来ない人物などでは、組織の良い長にはなれないだろうからな。政治屋なんかは、それだけしか能が無い人物もいるとか、愚痴られているがね。ヒトの心を掴むことに長けているコトはうらやましくもあるぜ。
オレも学ぶべき方針かもしれない。
さて、それはともかく。
「……オレの釣りの腕は、『パンジャール猟兵団』の晩飯を何度となく賄ってきた程だぜ?」
「生活苦を感じさせるコトバだけど、スゴそうだ」
「勝負するか?」
「うーん。いいぜ?……オレもそれなりに好きなんだよな、魚釣り」
「まあ。『アリューバ海賊騎士団』の長に、魚釣りで勝てれば、それなりの名誉になりそうですけれど……あまり長々と釣りばかりしていては、子供たちと遊べませんわよ?」
「……む」
「そうだねえ。じゃあ、島に着くまでの勝負としようよ?……北海の海流には、大きな魚がいるからね……一本釣り対決さ」
「一本釣りか」
「あ、あの。痛めた腕に悪そうですけれど?」
「……んー。大丈夫だろう?そう巨大な魚はかからんさ」
「そうそう。それに、本当に巨大なのがかかったら、皆で協力して釣ればいいじゃん?」
「そ、そうですね!ぼ、ボクも、団長のサポートしますよ!」
「レイチェルが海に潜って魚を回収すれば、バーベキューで調理するメニューを逃さないで確実でありますぞ?」
「あら。私もオフなので、『人魚』には化けませんわ。釣りはあくまでも、針に魚がかかるのかを競うものではなく……苦心して釣り上げた成果を競うものです。殿方の勝負の邪魔をしてはいけませんもの」
……絶対、面倒だからだろうな。
休日に魚に抱きつくために海に潜るとか、レイチェル・ミルラの美学に反していそうな行為だもん。
「なるほど。ならば、その際はジャンを海に投げ込み、魚を捕らえさせることにするであります」
「……え?ぼ、ボク、泳ぐの得意じゃないんだけど……?」
「ならば、いい特訓の機会でありますな」
「そ、そんなぁ……っ」
……酷い計画ではあるな。だが、泳ぎの特訓というのも、悪くはないかもしれない。弱点が少ないということは、それだけでも強みなのだから。
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