序章 『ベイゼンハウドの休日』 その4
さてと。朝食に出かけるとしよう。リエルもそっちに向かっているだろう。昨日の朝もそうだったからな。宿の1階にある食堂へと向かったよ。ミアとカーリーの後を追いかけながらね。
食堂に着くと、リエルは到着していたよ。キュレネイ、レイチェルとジャンもすでに来ていた。猟兵たちが皆で集まって、同じテーブルだな。
「お早う、皆」
「うむ。お早う!」
「ぐっもーにんぐであります」
「ウフフ。リング・マスター、ロロカ、お早うございます」
「だ、団長。お早うございます!」
朝のあいさつを交わしながら、オレたちはその大きめのテーブルに着いたよ。この宿は、それなりに銀貨を請求されるお高い宿だが……今回は自腹である。風呂もデカいし、料理は美味いし、酒も呑める。
「しかし。レイチェル、昨日も海賊たちと呑んでいたんだろ?……早いよな」
「『人魚』はお酒に強いものですから。朝ご飯を食べて、読書をしばし楽しんだ後で、お昼寝しようと計画していますわ!」
「つまり。徹夜で呑んでいたのか?」
美女の首はしなるようにうなずいていたよ。しかし、その割りには疲れを感じさせないのがスゴい。オレならグダグダに酔っ払っているだろうがな……。
「せっかくの休日ですし、楽しませてもらいましたわ!」
そう言いながら、彼女は朝っぱらからグラスに入った白ワインを口に運んだ。もしかしたら、オレより酒好きかもしれないな……。
「酒と共に過ごすか。いい休日の使い方だ」
「リング・マスターはどうなさいますの?」
今日は会議に出ることはない。全員が、完全にオフの日だ。自由に時間を使い、体と心の回復を図るということさ。
「……まだ決めてない。朝メシ食べてから、考えるとするよ」
一日をゴロゴロして過ごすというのも、悪いコトではないよな。日頃から働きづめじゃあるし……。
「じゃあ、とりあえず!ゴハン運んで来てくださーい!」
ミアは宿のスタッフたちにそうお願いしていたよ。そして食事が運ばれて来るのさ。今朝のメニューは、ブリヌイというパンケーキの一つだ。小麦粉にミルクやヨーグルト、砂糖なんかを混ぜて薄く焼いた生地だった。
ホットケーキとかサンドイッチのように気軽なメニューらしい。フライパンで丸く焼き上げるのが特徴らしい。熟練が要りそうだな。焦がさず、そして薄いから壊れないようにフライパンから取り出すのにもね。
その香ばしい生地は、丁寧に折り重ねられるようにして皿に盛りつけられている。たっぷりのサワークリームと、苺のジャムがついている。バターと蜂蜜を混ぜて作った特製のソースも小さなお椀に入ってテーブルの上に到着したよ。
好きなモノをつけて食べても良いのさ。気楽で良いメニューだった。朝だから軽食でも良いんだが……オレとミアのオーダーで、小さなオムレツと、小型のハンバーグ……というか、ミートボールも作ってもらっていたよ。
肉も食べておきたいのさ。オレみたいなケガ人には、やっぱり肉をたらふく胃袋に入れることが治癒の秘訣だ。斬られた右腕にも、その肉は効果的な回復をもたらすんだ。
「甘い香りがするわね!……わらわは、苺ジャムつける!」
「私はバターと蜂蜜!塩っぱさと、濃密な甘さが、生地に合うんだー!」
ミアとカーリーは楽しそうに、ブリヌイに対するお好みのソースを選んでいる。オレは伝統的なスタイルらしいから、サワークリームで行こうかな。せっかくだから、地元の味というものを知りたくてね。
さてと。オレはサワークリームをたっぷりとブリヌイに塗ると、そいつを口に運ぶのさ。うむ。生地はモチモチしているな……純粋に小麦粉100%というわけじゃなく、他の粉類も入れているようだ。
ベーキングソーダを用いて、発酵時間を意識しているのか?……薄い割りにはモチモチした食感が強くある。サワークリームと同時に食べると、甘味と酸味が、このモチモチとした生地に良く合ったよ。
「モチモチしているー!」
「そうね。薄いのに、しっかりと弾力があるカンジ。不思議ね!」
「……ソルジェ。右腕はどんな具合だ?」
「ほとんど痛まないぜ」
「そ、そうか……で、でも。苺ジャムをたっぷりバージョンを作ってやったので、せ、せっかくだからら、ヨメの私が、た、食べさせてやるから。あ、ありがたく、あーんするとよいぞ」
いちゃつきたいなら、素直にそう言えばいいのにな。そう考えるが、これもまたオレのリエル・ハーヴェルらしい態度かもしれない。そう考えつつ、口を大きく開いていたよ。
「う、うむ。それでよいのだ。では……投入するぞ!」
投入。ちょっとだけ物々しさが宿る響きだったよ。でも、その投入はゆっくりとしたものさ。
ケガしている旦那さまに対して、リエルちゃんの白い指が苺ジャムをたっぷりと包んだブリヌイを運んで来てくれる。
口のなかに苺ジャム・モードのブリヌイさんが入って来てくれたから、オレはそいつにパクリと噛みついていた。
ふむ。苺ジャムの濃密な甘い味が口いっぱいに広がっていくな。ジャムのなかに残る果肉と、モチモチの生地が織り成す食感が心地よさをカンジさせてくれるよ。
「……どうだ?」
「美味い。リエルの愛があるから、倍ぐらい甘いぜ」
「そ、そうかもしれないが、あ、朝っぱらから照れてしまうようなコトを言うでない!」
ちょっと怒られていた……?まあ、朝からいちゃついているだけさ。この場にジーンがいたら、オレたち夫婦の仲睦まじさに嫉妬しているかもしれない―――そう考えている矢先、この大きな食堂の端っこに、ジーンの姿を発見した。
すっかりと酔い潰れて、バー・カウンターにうつ伏せで倒れている。彼の周りには、海賊たちが死屍累々の惨状で酔い潰れていたよ……。
レイチェルとの戦いに挑み、そして破れていった末路であろうな。なんだか、アリューバの『オー・キャビタル』でも見かけた光景だった。
再びリエルに突っ込まれたジャム・モードをモグモグしていると……オレの眼光に気づいたのか、ジーンがゆっくりと動き、二日酔いに悩まされているであろうグッダリとした顔でオレを見た。
「……よう!ジーン!……そこにいたのか?」
「……ああ。サー・ストラウスがヨメさんたちに連行されてから、レイチェルに捕まったんだよ。そのまま……皆で樽を一つ空けたと思うんだけど……そこから先の記憶が無いんだよ……」
「そうか」
「おい。ジーン・ウォーカーよ。私とロロカ姉さまがソルジェを『連行した』という言い方は止めるがいい。な、なんだか、それだと……わ、私とロロカ姉さまが、ソルジェを、も、求めていたみたいで……っ」
その発言を続けているのが、段々と恥ずかしくなってしまったらしく。オレの恋人エルフさんの語意は弱まり、沈黙してしまっていた。苺ジャム・モードにリエルは噛みついていた。
ギンドウ・アーヴィングがこの場にいたとすれば、リエルから制裁を喰らうことを覚悟してでもセクハラ発言をかますところだが―――ヤツは戦場から『ベイゼンハウド』への移動中である。
そして、ジーンという優男はセクハラめいた発言は控え目という、海賊たちの首領にしては紳士的な人物であった。彼は赤面モードのリエルをからかうことはない。
よく出来た男だ。
後は好きな女に求愛する度胸だけあればいいんだがな……ヘタレとして名高い、我が友が口を開く。
「……それで、サー・ストラウス。今日は『パンジャール猟兵団』の全員がオフなわけかい?」
「ここにいるメンバーはな。他の土地に散っている者たちは働いている」
「そうかい。じゃあ、ヒマなんだ?」
「……ヒマってことは無いさ。今はこうして、ミートボールをロロカに食べさせてもらっているところだし……あーん」
「はい、ソルジェさん、どーぞ」
リエルへの対抗意識というワケじゃないだろうが、リエルがしているからしてみたくなったんだろうな。ロロカもフォークを突き刺したミートボールをオレの口にゆっくりと運んでくれる。
もぐもぐする。
うむ。スパイスがよく利いている味だった。甘いブリヌイと、この肉汁がたっぷりと絡んだ甘辛いミートボールか。何とも幸せなメニューだ。
「……それで、ジーン、何のハナシだっけ?」
「いや。オレの部下が面白い場所を見つけたというから、ちょっと小耳に入れておこうかと考えていてね……?」
「面白い場所?」
「ああ。海に出ることになるけれど、綺麗な泉と森があって……魚釣りも楽しめそうな場所があるらしい。泳ぐにはまだ、ここらの海は冷たいけど。皆で出かけるには、いい場所だろうなと思ってさ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます