第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その73
『ノブレズ』に辿り着く頃には、朝焼けが始まっていたよ。『北天騎士』と『バガボンド』、そして『アリューバ海賊騎士団』による連合軍は勝利を得ていた。
難攻不落の『岸壁城』の伝説は、我々の連合の前には一晩ともつことはなかったのさ。『ノブレズ』に入ると、戦士たちから喝采を得た。皆がオレたちの戦いに大きな戦力的な価値があったことを知っていてくれているようだ。
……戦士たちも戦い抜き疲れ果てているようではあるが、皆が勝利の笑顔に喜んでいたよ。侵略者を排除することに成功したからな……。
『だ、団長!!ゼファー!!皆!!お、お帰りなさいっ!!』
狼モードのままのジャンが、そう叫びながら『岸壁城』へと向かう坂道から走って来たよ。
「あはは。ジャン、なんで狼のままなの?」
『え?……い、いや、この方が走るの速いし……?』
大した理由も無いのだろうが、徹夜明けで疲れ果てているオレたちは、そんなことでさえも何故だか笑えるんだよ。
「ククク!……もう走る必要はない。ヒト型に戻ってろ。戦の英雄だと知り渡れば、女に無条件でモテるぞ?」
『え、そ、そんな……ぼ、ボク、このままでいいですから……っ!?』
シャイなヤツだな。だが、ジャンらしくていいか。困った顔の狼を見ていると、少しだけ癒やされてしまう。オレは性格の悪いのさ。
「それで、城は陥落させたな?」
『は、はい!』
「ロロカ姉さまたちは無事か?」
『え、ええ。皆、元気です。ジグムントさんが疲れてはいますが……大きな傷はありません』
あちこち刀傷だらけなぐらいだな。戦場基準ではかすり傷に入る。
『そ、それと。イーライさんから、連絡が届きました!』
「『ガロアス』はどうなった?」
『あちらも、か、陥落させることに成功!……『バガボンド』側の戦死者は軽微、ピエトロくんも、無事です!』
嬉しそうにジャンは語っている。オレも嬉しいがな。ジャンはピエトロに友情を抱いているから、彼の無事が二倍にも三倍にも嬉しいようだった。
『あ、あっちに行っていた帝国軍もほとんどを殲滅。降参して来た者たちもいました……山中に逃亡して潜伏している者たちも、そ、それなりの数はいるみたいですが……』
「……山賊化する前に、狩り尽くしてやるべきだぞ」
戦場の最終段階の一つだな。敗残兵の山賊化だ。故郷に帰ることが非現実な状態になったとき、敵国となった土地に残された者たちは、徒党を組んで山賊化する。どこの戦場でも見受けられる、悲しくて、そして厄介な末路だ。
帝国軍は、そういう山賊たちを非公式な形でサポートすることになる。どこの国でもやるが、敵国に山賊がうじゃうじゃいてくれることは得になるからな。
リエルの言う通り、可能な限り早くに、そういった連中を滅ぼしてやるべきだ。そうでなければ、『ベイゼンハウド』に棲み着き、潜伏し、市民の命と財産を脅かす存在になるだろうから……この土地は森が深く、山賊を根絶やしにすることは難しい。
殺すか降伏を勧告して、とにかく山賊を減らすことが、この土地の安定につながるというわけさ。まあ、山賊や海賊たちという略奪者との戦いの歴史を長く有している『北天騎士団』には、あらためて言うまでもないことだろうが。
『う、うん。ジグムントさんたちもそう言ってた……ぼ、ボクも、その作戦に参加しろって、レイチェルにも言われたんだ……』
「向いているであります。猟犬として、がんばるでありますぞ、ジャン」
『う、うん!犬として、がんばる!』
「いや。狼だからな?」
『は、はい!!狼として、猟犬みたいな任務を、が、がんばります……?』
「あはは。何だか変なセリフ!!」
「そうね。犬だか狼なのか分からないわね!!」
少女たちが爆笑しているな、ジャンは再び困った顔になっていたよ。オレはニヤリするけどね……。
ミアとカーリーの爆笑に、周囲の戦士たちも状況を察しないまま、ニコニコしていた。疲れた大人たちの笑いの基準なんて、狂っているものさ。徹夜明けの労働は、辛いってことだよ。
「ソルジェさん!ゼファー!」
やさしさを帯びた声が響いて、ユニコーンの『白夜』に乗ったロロカ先生がやって来た。
「ロロカ、お疲れ」
「はい……ああ、ゼファーも無事に。皆も、無事ですね?」
『うん!ただいま、ろろか!』
「ロロカ姉さま、こちらは全員無事です。ソルジェがちょっと剣で腕を刺されたぐらいですが」
「そ、そう。大丈夫ですか、ソルジェさん?」
「無事さ。いい鎧に恵まれていて助かったよ」
包帯でぐるぐる巻きにしている腕を見せつけながら、オレは笑っていた。
ああ、忘れていたわけじゃないが、『白夜』の背にはレイチェル・ミルラもいたよ。『白夜』とゼファーが鼻先を合わせて、朝のあいさつを交わす中、レイチェルのアメジスト色の瞳はオレたち全員を見回しているようだ。
「『リング・マスター』、お早いお帰りでしたわ。さすがの早業ですが……ルルーシロアという白い竜は、どうしたのですか?」
「あの仔は海に戻っていったよ。傷を癒やすためにな」
「そう……残念ですわね」
「大丈夫であります」
「うん!だって、そのうちやって来て、私の竜になるんだもん!」
「まあ。それは楽しみですわ。白い竜……私も乗ってみたいですものね」
『ぼくじゃだめなの?』
「ゼファー、たくさんの楽しみを求めることが、人生をより楽しむためのコツなのです」
「……レイチェル、なんか、深いよーな気がする言葉だわ!」
『須弥山』の子がレイチェルの美学に感化されているようだ。悪いコトじゃないけどね。多くを楽しむか、いい言葉じゃないか……。
「……ソルジェさん」
「ん?」
ロロカ先生の表情が持つ深刻さで、オレは気づけるよ。彼女の夫だからね。
「……すまんな。姉貴と甥っ子は、殺し損ねた」
「……そうですか」
「ロロカ、ゼファーを奪還することに成功したであります。それに、二人には手傷を負わせた……目的以上のことを、我々は達成したでありますぞ」
「……ウフフ。そうですね。ゼファーを奪還した、このことに、勝ることはありません。さあ……ソルジェさん。ジグムントさんと、『北天騎士団』の方々がお待ちです。『岸壁城』に向かいましょう」
「そうだな……アイリスたちも無事だな」
「ええ。もちろん……彼女たちにも報告し、情報を共有すべきですね。『アリューバ海賊騎士団』のジーンさんとも……」
「……バルモアの動きか」
「すぐには無いと思いますが……備えておかねばならないでしょう。今は、彼らとの戦を起こすべきではない時です。しかし、それだからこそ、帝国軍はそうなるように誘導する可能性があります」
「バルモア対策か……遠征をされると、キツい状況じゃある」
「はい。今後を含めて、相談しなければならないことが多くありますね……」
「……そうだな。でも、メシを食いながら、語り合いたいところだ。ロロカがいたんだ、戦略は固まっているんだろ?」
「もちろん。きっと、ソルジェさんの気に入るような形です。だから、それを報告したくもあるんですよ、あなたに褒められたいですから」
ロロカ先生はそんなことを言ってくれながら、朝陽のなかで金色の髪を輝かせながら笑うんだ。
……オレたちはゼファーの背に乗ったまま、『岸壁城』へと続く道を上っていく。炊き出しの朝食の香りが漂って来て、両脚のあいだにいるミアが反応する。一晩中、戦ったり移動したりで疲れたし、お腹はすっかりと減っていたからな。
これから会議をすることになるし、問題は色々と山積みではあるけれど、まずはメシを腹一杯に食べることこそが仕事になりそうだった。
……まあ。上出来な仕事をしたさ。
『ベイゼンハウド』の帝国軍を始末した。姉貴たちは逃してしまったが、当初の任務を達成したことも含めて、大きな勝利と言えるさ。ハイランド王国軍のサポートにもなったはずだ。帝国軍は、『ベイゼンハウド』の出身者たちをどう扱うのか……。
……坂を登っていくゼファーの背で首を回し、はるかな南を見たよ。そこではもうすぐハイランド王国軍と帝国軍が衝突することになる……ハント大佐は、混乱に乗じて攻めたがるか。
あるいは、時間をかけてでも『ベイゼンハウド人部隊』を切り離すのか。どんな選択になるかは分からない。だが、やれるだけのことはしたさ。あちらの勝利は確定的ではあるが……可能であれば、『ベイゼンハウド人』の被害が少なければありがたい。
彼らもまた北天騎士であった男たちだからな。再び、『北天騎士団』のもとに集う日もあるかもしれないし―――この『ベイゼンハウド』を去ることを選び、帝国の傭兵として生きる道を選ぶ者も出るかもしれない。
『正義』とは何か。
ヒトは何を追及して生きるべきなのか。
『ベイゼンハウド人』は再びその選択をすることになるかもしれない。だが、かつてと変わったことがある。『北天騎士団』に団長が誕生し、その男は決意しているだろう。『北天騎士団』を解散することは、もう二度と無いのだと……。
王無き土地の軍事的リーダーとして、ジグムント・ラーズウェルは生きることになる。人間族の多い土地では、議会は亜人種たちの破滅を望むかもしれない。だが、そうなったとしても、ジグムントは『北天騎士団』を存続させるのさ。
……多数派の持つ欲望の前では、少数派など蹂躙されるだけと知ったからだ。騎士道の尽きる日に、弱者は誰からも守られなくなる。北天騎士が守るべきものに、新たな価値観が加えられた。
今日、新たな『北天騎士団』は誕生することになる。民草の総意だけではなく、己の意志で弱者を守る存在へと変わるのだ。それは王無き土地の議会の主権を侵すことにもつながりかねない……この土地は、帝国の介入の結果、かつてのままではいられなくなった。
……悲しむべきことでもある。ヒトの本質が不寛容さであり、多様性を嫌い、弱者から奪うことであると証明された気持ちにもなるのだ。分かち合うよりも、独占する方が豊かな生活が出来る―――それは悲しいが真実なのだ。
人間族の兵士たちがこの土地に戻った時に、『北天騎士団』との戦にならないことを切に願うよ。多数派である彼らは、議会を利用して『北天騎士団』の解体と、帝国への帰順を再び願うかもしれない。
かつての誇りは、もはやこの『ベイゼンハウド』には無いのだ。帝国軍に尻尾を振り、敵が与えてくれる富のために媚びへつらう人間族が多くなった。
ジグムントは、彼らとの戦いを望みはしないだろうが……彼らが『北天騎士団』の解体を求めて来れば、容赦なく戦い、その全てを殺すことになるさ。その戦のときには、『自由同盟』が全力を上げて『敵/人間族』を皆殺しにするからだ。
この土地を帝国に利用される隙など、我々は絶対に与えることはない。
……だが。そうなれば、この土地はハイランド王国の所有物になる可能性がある。その状況を望む者も、少なからずいるだろうからな。戦に出向き、勝利し、占拠すれば……領土的野心を惹起されるさ。侵略こそが軍隊の持つ本質の一つに他ならないからだ。
願わくば。
ハイランド王国軍との戦より戻りし人間族の戦士たちが、かつての『ベイゼンハウド』にあった人種の共存を望んでくれることを祈るよ。
そうなれば、オレたちは争うこともなく、『ベイゼンハウド』に敵意を向けることをしなくて済むのだ。
……その選択を、この土地で生まれた全ての者たちが選んでくれることを願う。『自由同盟』の持つ武力に怯えた結果などではなく、ただ、かつてのように人々が手を取り合いながら生きる道を選んで欲しい。
海神ザンテリオンに武勇を捧げた、北天の騎士たちよ。かつて、オレが憧れた勇者たちよ。オレたちと共に、生きる道を再び選んでくれないだろうか。子供の時と違い、今のオレはアンタたちと一緒に敵と戦ってやれることも出来るのさ。
だから。
もう一度、子供の頃に憧れた北の勇者たちの姿を見せてくれ。貧しき者のためにすら、命を捨てて戦う意味を知る、真の騎士道の体現者、『北天騎士団』よ。我が鋼と共に、この乱世を戦い抜く日を、望んでいるぞ…………。
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