第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その72


 朝焼けの空を見つめながら、オレたちは北に向かって歩き始めた。歩きながらの治療となるが、リエルはゼファーの翼のつけ根に開いた竜槍による傷口に対して、エルフの秘薬を塗り込んでいく。


「……染みるか?」


『だいじょーぶ』


 街道を翼を広げながら歩いている竜と出会えば、一般的な人々は驚いてしまうかもしれないが、戦のあった夜だけはあって、市民や商人たちが出歩いていることは無い。兵士というのは乱暴狼藉を働くものだからな、若い男の集団なんだから犯罪も行う。


 ……そういう集団に出会いたいほど、庶民は酔狂ではないんだよ。戦だとか、それにまつわるあらゆるものから、ヒトは遠ざかっているべきなのだ。誰もが職業倫理を全うするとは限らん。鋼を持つ若い男の群れには、近寄らない方が無難ではある。


 鋼はヒトを誘惑し、暴力と罪は快楽と富を生むことがあるからな……オレたち傭兵も基本的には嫌われ者であるべきだった。それが正しい社会の対応なのさ。


 ああ。戦の終わった日の朝は好きだ。


 この静寂を味わえるからな。まるで世界を独占している気持ちになれるからね。皆で集まり、大酒呑みながら騒ぐ楽しさとは真逆の面白味もあるわけだよ。


 ヒトってのは欲深いから、色々な楽しみを摂取したいと本能は考えている……。


「ソルジェよ」


「ん。すまんな、考え事をしていた。何だ?」


「ゼファーの傷を診てやってくれるか?……薬草医としては、間違いのない治療をしているつもりだが、竜の専門家の意見も耳を貸すべきだろ」


「そうだな……ゼファー、翼を上げられるか?」


『うん!』


「痛みは?」


『さっきより、まし!』


「そうか……ここは痛んだり、突っ張ったりする感覚はあるか。翼を、前に動かしてみてだ」


『……ううん。ない!』


「上腕骨と肩甲骨の間に、竜槍の一部が残っているワケでは無さそうだな……傷口の太さから察するに……関節へのダメージは最小限で済んでいるようだぜ」


「ふむ。治りが良さそうであるが?」


「ああ。予後良好ってところだ」


 姉貴もゼファーを可能な限り無傷で手に入れたかったようだな……。


「そうか!……良かったな、ゼファー!」


『えへへ。すぐにとべるようになりそー!』


「……ああ。だが、今日は動かすなよ。あちこちにダメージがたまっている。ムリをしても良いことはない」


『らじゃー!』


「団長も、ムリをしてはいけないでありますぞ」


「そうだな」


 キュレネイに包帯でグルグル巻きにされた右の前腕を見た。正直、さっきよりも痛い。ケガっていうのはそういうものだ。ケガをした直後より、しばらくしてから痛みは完成する。


 とある医学書によると、内出血により痛覚を司る『雷』の属性を多く含んだ神経が圧迫されて痛みが強まるそうだ。内出血ってのは、しない方がいいらしく。傷口を包帯で強く締めているのは、それを抑止するためだった。


 キュレネイはオレの右腕を持ち上げると、ゼファーの背中に指をかけさせていたよ。


「……傷口を心臓より高い場所に持っていくであります」


「外傷治療の基本だね!」


 歩いている竜の背中はそれなりに揺れているから、安静に保つことになるのだろうかな。まあ、竜とじゃれていると竜騎士サンには生命力が湧いてくるように出来ているから、これはこれで良い治療ではある。


「細剣が鋭くて幸いだったな。あの傷口はキレイだ。業物と達人の腕がそろってこそのキレイなケガ……すぐに良くなるだろう」


「ああ。竜太刀をブン回すのは、しばらく控えていた方が良さそうだがな」


 エルフの秘薬を使えば、全治三日というトコロだ。傷口は聖なる蚕の糸で縫合済みだから、それだけあれば完全復活さ。


 ……まあ、正直なところ。腕の傷よりも連戦の疲れの方が深刻ではある……しかし、やり甲斐のある戦いではあった。ミアもカーリーも、眠たそうだ。お子様には辛い時間帯ではあるな……徹夜明けの早朝というのは。傷が無ければ、抱っこするんだが……。


『……ねえ。みんな』


「なんでありますか、ゼファー?」


『ぼく、そろそろはしれそうだから。せなかにのって?』


「いいの!?」


「ゼファーの傷にさわらないかしら?」


「むー……ある程度の運動は、返って疲労を回復はするものだが……」


「大丈夫だろう。竜の体重を考えれば、オレたちが乗ろうが乗るまいが、ダメージが酷くなることはない……むしろ、バランスを取ってやった方が傷口にかかる負担を減らせるかもしれないな」


「そういう乗り方もあるの?」


「ああ、あるよ。竜騎士の技巧は深いんだ」


「教えて!ルルーに乗るときのためにも、学んでおきたい!」


 我が妹はルルーシロアのパートナーになると決めたらしい。近い未来に叶う夢だろうな。そうだとすれば、より多くの修行をさせるべきではある。


「ゼファー、頼めるか?」


『うん!……なんだか、いま、みんなのやくにたちたいかんじなの!』


 罪悪感を背負った男はよく仕事をしちまうものさ。名誉挽回したくてしょうがなくなるもんだよ。


 黒き背中はゆっくりと動き、我々はそこに乗った。ミアは興味津々だった。


「どういう動き方をするの?」


「まず、ゼファー、翼を畳んで、脇を閉めるようにな」


『らじゃー!』


「こうすることで、翼の下にある傷穴に対して、その穴を閉じるような圧力をかけられるわけだ」


「なるほど、傷口を集めろ!だね!」


「ガルフ流に言うとそうだな」


 傷口ってのは当然ながら広げるような力をかけては治癒が遅れる。傷口を閉じるように、裂けた肉を寄せて集めるような力を加えるべきだな。


 そのために縫合を使ったりするが、それ以外にも体の動かし方だけでもそういう力を発生することは可能だ。


「次に、走り始めた時は……痛めた翼をやや上に持って来させながら、オレたちはその翼の方に重心を傾けてやる」


「どうして?」


「ゼファーが走りやすいからさ」


「なるほど!」


 ゼファーはオレの『授業』につき合ってくれる。竜騎士養成コースのな。


「このフォームの利点は、まだある。竜の頸椎が傷口側に曲がることで?」


「傷口が集まる!」


「そうだ。より傷口を安定させながら走ることも出来る。血の一滴もムダにこぼさないように、一時間でも早く傷を治させたければ、こういう行いを徹底しろ」


「わかった!」


「走る時はゼファーの体が上下することを防ぐようにする」


「走りやすくて、ケガしたところが揺れないから……?」


「ああ。それに、オレたちの負担の軽減にもなる」


「そうだね、お兄ちゃん、ケガしてるし」


「どうするかは分かるな?」


「うん」


 そりゃそうだった。もうやっているからな。馬より速く走っているゼファーの背骨が大きく揺れたりしないように、その上下に合わせてオレとミアは体を前後させている。ゼファーの頭が沈んだときは後ろに、上がった時は前に体重をかけるんだ。


 オレたち竜騎士は重りではない。竜の動きをサポートするための存在なのさ。ゼファーは、こうすることで傷口へのダメージを減らしながら走ることができるわけだ。


「……へー。竜騎士って、竜のこと、よく知っているのね?伝統的な知識なんだ?」


「それだけじゃない。オレのオリジナルも多い。500年の伝統のなかには、ガルフ・コルテスが……ああ、オレたちの先代の団長が作ったような医療の技巧も知識もなかったからな」


 ……そもそも、オレは不完全な知識しか持たない竜騎士だ。叙任されたのも戦の最終盤で、正規の竜騎士としてのキャリアは無い。


 竜を操る呪いなど……オレは聞かされていなかったが、姉貴は知っていたしな。知識に差はある……だが、姉貴はガルフと出会っちゃいない。


「オリジナルのテクニックも入っているのね」


「そうだ。新しく作る。不完全な伝統に、猟兵の血を組み込み、交ぜて、より強くする。カーリー、お前の技巧も組み込むんだぜ」


「え?」


「呪術に対しての知識も増えた。ガルーナの竜は、呪いの対策に秀でていたワケじゃないが……昨夜の戦いで、ゼファーもオレも学んだ。呪いへの弱さ、そして、お前が教えてくれた戦い方もな。そうやって、強くするんだよ」


「……わらわの……『呪法大虎』一門の知識も、赤毛に吸われるんだ」


「イヤか?」


「いいえ。ゼファーのためになるなら、持っていっていいわよ、『螺旋寺』の力も」


「ククク!モテモテだな、ゼファーよ」


『……えへへ』


 そうだ。姉貴よ……姉貴はオレの知らない竜騎士の知識を知っているのかもしれないが、オレとゼファーには新しい知識があるんだよ。エルフの秘薬を用い、ケットシーの動きで傷口を守り、フーレンからの知識で強くなったりする。


 ドワーフが鍛えた黒ミスリルの鎧をまとい、ハーフ・エルフの作ったアイテムでより強くなり、死んだ白獅子のくれた経験に頼り、海賊船に海と潮風の極意を習うのさ……。


 オレたちの旅と、オレたちがそれぞれの力と知識を注ぐことで、オレは自分に受け継がれなかったストラウス家の知識をも、補完している自信があるぜ。あらゆる力を寄せ集めて、オレたちは強くなる……。


 姉貴よ。


 オレのガルーナ王国は、そういう力で取り戻してやるぞ。人間族だけではなく、あらゆる種族の融け合う、新たな竜騎士の技巧を用いることでな―――。




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