第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その71


 白い竜がゆっくりとその身を起こす。ミアがさみしそうな顔をしていた。


「ルルー、行っちゃうの?」


『…………まぬけなくろいやつを、ころさぬようにあいてしてやっていたら、あちこち、かまれてしまったからな……』


『……るるーしろあ、いじわる……っ』


 しかし、それ以上は言い返すこともない。ゼファーは反省しているのだ、呪われて敵に操られてしまったことを。そして、恩も感じてはいる。自分が助かったのは、ルルーシロアの協力があったからこそなのだと理解していた。


 ふくれっ面でいじける仔竜を『マージェ』は抱きしめてやる。無言のままでな。ゼファーにはそれが癒やしになるさ。


「ケガを治すのなら、私たちと一緒でもいいじゃない?いいお薬もたくさんあるよ!」


『……いいや。わたしは、おまえたちとはてきだからな』


「敵じゃないよ?」


『……まぬけなくろいやつと、けっちゃくをつけなければならない。そうするまでは、わたしは、おまえたちのなかまではない』


「……そんな」


「ミア。ルルーシロアは誇り高い。ちゃんとした決着をゼファーと望んでいるんだ。それまでは、オレたちと共に歩むことは、ルルーシロアの誇りを傷つける」


「……そうなんだね。うん……ルルー、私、ルルーといつか『家族』になりたいから、今はルルーのことを信じて、海に戻す!」


『……どうして、すこし、うえからめせんなのだ……?』


「それぐらいじゃないと、そのうちコンビを組むんだしね!」


『……だれが、おまえと……』


「強くなれるよ」


『……っ!』


 殺し文句だな。野生の竜にとって、その言葉は心の奥底の深い場所にまで届くのさ、欲求を掻きむしられるはずだ。


「竜は竜騎士と組むことで、強くなれるんだもの。ゼファーにはもうお兄ちゃんがいるけれど……ルルーには、まだ竜騎士がいない。だから、私がルルーの竜騎士になってあげるからね!」


『……つよく、なれるのか?』


「そうだよ!ね、お兄ちゃん、そうだよね!」


「ああ。ルルーシロアの性質は、オレよりもミアに向く。小柄で、『風』を使いこなすミアの方が、オレよりもお前を強くするさ」


「だって!」


 ドヤ顔をしながら、ミアはルルーシロアの顔に抱きついていた。ルルーシロアは面倒くさがり、ゆっくりと首を上下に揺さぶるが、ミアは離れない。


「約束するまで、離さないー」


『……なにをだ、みあよ……』


「また、会いに来てくれるって。傷が治ったら、また私たちのところに来る。そう約束して、ルルー」


『……もとより、あのまぬけとけっちゃくをつけるひつようがある。わたしは、やがてもどるさ』


「やったー!ルルーと約束した!これで、親友だー!!」


 親友宣言しながら、ミアはルルーシロアの頭から離れてやっていたよ。ルルーシロアは、はあ、とため息を吐く。


 そして、マヌケと再び呼ばれてしまい、その単語が再び心に突き刺さって落ち込んでいるゼファーへと視線を向ける。


『……おい、まねけよ』


『……ぜふぁーだもん』


『……ちっ。どいつもこいつも…………おい、ぜふぁーよ』


『なに、るるーしろあ……』


 ふてくされた子供の声と態度をつかい、うちの仔は白い竜の問いに応える。チラリと首を横に向けて、横目であの仔を見ていたよ。色々あったから、素直になれない。ルルーシロアも子供だから、からかうことが好きみたいだしな。


 ルルーシロアは、すこしだけマジメな顔になっている。竜の表情を読むには、瞳の開き具合を見るべきだ。慣れてくれば、犬やヒトと同じく、大きな感情がそこに表現されていることに気がつける。


 白い竜の口が開き、黒い竜に問いかけていたよ。


『…………ひととつるむことで、おまえは、なにをえたのだ……?』


『……たくさん。『かぞく』をえたよ』


『ひとを、『かぞく』とよぶのか』


『うん!だって、『かぞく』だから!』


 絶対の自信を込めて、ゼファーはそう主張するのだ。何だか、『ドージェ』と『マージェ』は泣きそうなぐらい感動してる。


 黒い竜は白い竜への返答を続けた。


『つよくもなれたしね、たたかいの『いみ』もまなべたの』


『つよさのいみ?……えさをとり、てきをはいじょし、つよさをしょうめいするためだが……あとは、ごらくだろう』


 ……生態系の頂点らしいお言葉だったな。オレたち人類との戦いも含めて、食事、示威行動、自己満足、そして……娯楽のために戦っているのが竜だった。素直なものだし、傲慢さを感じる。そこに惚れるよ、竜ってサイコーの動物だよな。空にあふれるぐらいいて欲しい……。


 ゼファーはニヤリとしている。友だちが自分の質問に対してマヌケな答えを口走ってしまった時の子供のように、ちょっと意地悪な笑顔になってね。


『そーだけどね。じつは、それいがいにも、あるんだよ』


『なにがあるという……』


『……じぶんいがいのために、ちからをつかうと……『かぞく』をまもれることもあるんだ』


『……そうか。『むれ』のために、おまえたちは……とべもせぬみで、そらにおどるのだからな』


『……うん。それに……だれかのためにたたかうとねー……だれかを、『えがお』にすることもできるんだ』


『くくく。えがおか……』


『そうなの。ひとのせかいは、ふくざつだから。なかなか、みんな、わらえない。でもね……ぼくたちがちからをだせば……わらえるひともふえるんだ!……それは、とてもかちのあることなんだよ、るるーしろあ』


『……かおのうごきのためだけに、たたかうか……それも、ひとごときのな……』


『うん。そのかちをしれた。ぼくは、『どーじぇ』と『まーじぇ』とであえて、そのことに、どれだけおおきないみがあるのか、わかったんだよ』


「……ゼファー、お前は本当にいい子だな。『マージェ』は誇らしいぞ」


 『マージェ』はゼファーの顔を両腕を使ってなで回していき、ほほをピッタリと鼻先につけていた。やわらかくて、いいにおいがするからだろう。ゼファーは嬉しそうに目を細めていたよ。


 ルルーシロアはその甘ったるい光景に、少し胸焼けでも覚えたような顔をする。皮肉屋なのさ、オレと似ているかもな。


『……そうか……どうにも、おまえは……ひとに、えいきょうをうけすぎているようにみえるな……』


『でも、ぼくは、それがほこらしいよ。みんなにあえないままだったら、わからなかったことだもの……いっしょにいきることの、いみ。いっしょいることの、かち。それがね、ぼくはわかるようになったことが、ほこらしい』


『…………ふん。まあ、わたしのしったことではないがな……ではな、ひとどもよ。そして、ぜふぁー……せいぜい、うでをみがいておけ。わたしがふたたびくるひに、きょうふのなみだをながしながらな』


『うん。まってる!……つぎは、かつからね!!』


 ゼファーの言葉を背中に受けながら、ルルーシロアは明るくなり始めている北海へと向かう。ゼファーとの戦いで、その全身に傷を負ってはいるが……深手はない。この故郷の海で休めば、すぐにそれらの傷は癒えるだろう―――。


「ルルー!!またねー!!きずがなおらないときは、すぐにやって来てね!!私、あなたのために、傷に薬をたくさん塗ってあげることだって、出来るんだからー!!」


 海に潜る白い竜に、我が妹ミア・マルー・ストラウスはそう歌う。気高きルルーシロアは、その甘さに頼ることはないだろうが……それでも、ミアのことを嫌うことはないだろう。


 この場にいる誰よりも、ミアが自分のことを心配してくれていることぐらい、竜ほど賢ければ理解しているのさ。


 しかし、振り返ることもしないまま、ルルーシロアは海へと帰還していく。灰色の北海へと深く潜って、疲れ果てたその身を癒やすのだろう。そのうち、エサとなるクジラでも見つけたら、襲いかかって貪るんだよ。


「……朝になって来ているでありますな」


「そうだな。長い戦いも……一段落つくだろう。『岸壁城』に向かうとしよう。皆も心配しているだろうしな」



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