第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その66


 そうだ、あいつをな。


 『岸壁城』の奥にいた、あの死ぬほどムカつくガキ2号のことを。収容所にいた北天騎士たちを生け贄したのも、セルゲイ・バシオンをアンデッドにして操ったのも、何よりも罪深いことに、オレのゼファーを呪いで洗脳しやがったのも―――あの呪術師のガキだ。


「……おい。あのガキ、どこにいやがるんだ!?」


「えへへ。もちろん、ヒ・ミ・ツさ……っ」


 失血のせいで青くなっている顔面から、愛嬌たっぷりの言葉を吐く。血を吐きながらでもあるが、強がりを見せる―――オレは、イヤな予感がしてならなかった。


 探さなくては……そんな衝動に駆られたのだが、ヤツの方から姿を現していたよ。


「あ、あ、アシュレイを、いじめるなああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 港の方から、そんな叫び声が聞こえて来ていたのさ。勇気ではなく、友情か……あるいは愛情かもしれない理由を使い、その叫びは作られている。


「……クーデリカってば、バカな子だ。奇襲ってのは、バレずに行うべきだって、いつも母上に教え込まれているのにね……ホント、ドジっ子……あははは!ああ、お腹、痛いや、斬られちゃってるし……笑わせないで欲しいよ」


「……あのガキに、何をやらせるつもりだ」


「クーデリカだよ、叔父上。『クーデリカ・アーメイティ』……『カール・メアー』で最高の呪術師一族、アーメイティの娘さ」


「また、『カール・メアー』か!!」


「知り合いがいるの?」


「……異端審問官の女を押し倒して首を絞めたことがある」


「あはは。叔父上って、地獄に落ちちゃうね……っ」


「かまわん。魔王には相応しい末路だ。だが、この世にオレなりの楽園を打ち立ててから死ぬことに決めているんだよ」


「……面白いや。オレも……同じコト、考えてるよ……っ。自分の理想の国が、欲しいもんだよねえ……っ」


「団長。あの呪術師の排除に向かうべきであります」


「……そうだな、何をされるか分かったもんじゃ―――っ!?」


 とっくの昔に呪術は始まっていた。浜辺と港に転がる、オレたちが殺したはずの帝国兵どもが、ゆっくりと起き上がってくる。ゾンビ兵として、呪術で操っていやがるようだな。あのクーデリカ・アーメイティとやらが……。


 呪術というのは感知しにくいからな。せっかく作り上げようとしていた、オレたちの有利が揺らいでしまいそうだ。合流間近だったはずの、リエルやミアとカーリーたちは、ゾンビ兵に囲まれてしまう。


 オレにもキュレネイにも、ゾンビ兵が突撃を仕掛けてきた。


 死んだばかりのせいで、新鮮なせいなのだろうか。帝国人のヤツら、ゾンビになったのにやたらと速く走って来やがる。だが、その攻撃は粗い。確実に躱せるし、即座に反撃を叩き込めるが、その数の多さだけは厄介ではある。


 そして、しつこい。


 竜太刀で首を落としても、まだ動きながら、オレを捕まえようとしてくるからな。胴体を真っ二つに斬り裂き、そのまま動けないようにしてしまうぐらいの解決法しか無かった。だが。ヒトの胴体を両断するような斬撃を放つには、どうしたって力を使う。


 そして、時間も使うものだ。


「……アシュレイ、立ちなさい」


「うん。母上……っ」


 ゾンビ兵との混戦に紛れて、姉貴がアシュレイを救助に向かっていた。肩を貸してやりながら、ゆっくりと起き上がる……そして、姉貴は息子の胴体の傷に『炎』を使い、火傷を使い無理やりな止血を敢行する。


「……ぐう。この血止めの方法って。聞いたコトあったけど、コレ……とんでもなく痛いや……っ」


「……逃げるのか!!」


「戦略的撤退だ。こちらの戦力がやられ過ぎているからな。立て直し、再起を図る。それが、帝国という超大国には許されているのだ、愚弟」


 悪くはない考えだったな。帝国の戦力ならば、それもまた十分な脅威を持つ戦術ではあるよ。オレたちと違って、後ろにまだとんでもない数の猟兵可能年齢の男どもが控えているのだからな。


 長期戦。


 ファリス帝国がオレたちとの戦いで取るべき最良の戦略は、そういう行為だった。だからこそ、オレは逃すわけにはいかない。


 脅威を少しでも排除してやるのだ。マーリア・アンジューとアシュレイ・アンジュー、どちらも『自由同盟』の大きな脅威と成り得る存在だあった。殺すべきである……ヤツらが徹底してくれるのならば、ゼファーを救い出すことが容易になるかもしれないが……。


 ……後の災いを、討てる時に討たずして、どうする!!


 コイツらを生かしておけば、またゼファーを奪われるかもしれない!!……頭に血が上っているのは、承知しているが―――それでも、オレはゾンビを斬り裂きながら命じていた。


「キュレネイ!!道を確保しろッ!!」


「イエス、ゾンビどもを、排除するであります」


 キュレネイが『戦鎌』を振り回し、やたらとタフなゾンビどもの囲いに穴を開けてくれる。オレはその穴から囲いを抜け出し、クーデリカ・アーメイティのもとへと向かう姉貴と甥っ子に追いついた。


「姉貴!!」


「……母上……叔父上が来たよ」


「……クーデリカのところまで、急ぎなさい」


「……でも…………うん。分かった。死なないでよ」


「ええ。可能なら、そうするわ」


「……祈ってる」


 アシュレイ・アンジューが斬られた腹を押さえたまま、港へと向かい走る。


「アシュレイ!!」


 呪術師クーデリカ・アーメイティの方から、アシュレイ・アンジューのもとに走って来る。ずいぶんと、あの呪術師のガキと親交を深めているらしい。クーデリカは、アシュレイの腕を取り、そのまま港の倉庫に向かって歩いていく。


 ……ヤツらを追いかけていると、姉貴の細剣がオレの視線を遮っていた。


「……させないぞ、愚弟。息子と、クーデリカは私が守る」


「……姉貴と甥っ子は、殺す。あのガキは、まだ子供だから殺すことはしないから、その点だけは安心しろよ」


「不十分な答えだわ」


「……だろうな。だけど、甘い裁定はしないぞ。もうオレたちは同じ一族じゃない。姉貴は帝国の貴族に嫁ぎ、帝国人になった。そして。今のオレは、『自由同盟』の傭兵なんだよ」


 あの鋭い青い瞳が、より細くなる。値踏みするようにオレを睨みつけながら、姉貴の唇が開いていた。


「……迷いが消えたな」


「おかげさまでな。ゼファーを奪われて、目が覚めたよ。戦場で躊躇などしていれば、守れる『家族』も守れなくなる……9年前に、学んだはずだった」


「……9年前か」


「ああ。オレは、自分の『家族』に忠実であることを決めた。ストラウス家の屈辱を晴らすし、オレがこの9年間で手に入れた、新しい『家族』のことも守ってみせる。姉貴がアンジュー家に尽くすように、オレも自分の『家族』に尽くす」


「……そうだ。それこそが、我々に流れる血がもつ意義であろう。迷いを捨て去ったというのならば、来るがいい、ソルジェ・ストラウス」


 姉貴は細剣を振り、胸元でそれを縦に構えていた。決闘の儀礼の一つさ。命がけで、姉貴は息子を逃すための時間を作ろうとしている。


 分かっている。


 そうだとしても。


 オレは、オレの『家族』のために、姉貴のことを殺すべきだった。アーレスの竜太刀を踊らせて、姉貴と同じような決闘の誓いを作り上げた。


「……行くぜ、マーリア・アンジュー。同じ母から生まれ、今では祖国の敵となった我が姉よ……我が剣で、眠れ」


「……ガルーナ最後の竜騎士、ソルジェ・ストラウス。滅びた故国の魂たちが待つ夜空へと、昇るがいい……」


 わずかな時間の沈黙が生まれた。


 それは十数秒の沈黙であり、そのあいだ互いを睨みつけ合ったままだった。そして、我々、姉弟は同時にこの静寂を破壊する。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 オレとマーリア・アンジューは同時にストラウスの雄叫びを放ちながら、魂から熱を放射し、捨て去るのだ。情の通わぬ冷たい血を宿した、剣の獣と化けるために―――。




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