第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その65


 若い脚が大地を蹴って、悪意の無い殺意のままに真っ直ぐ突撃して来る。脚の速さはアシュレイの方が上だろう。身軽さもあるし、持って生まれた才能の差と、シンプルなことに体重差もあるからな。


 重たいモノは動きが遅くなるもんだ。


 そういった肉体構造やら物理学的な事実やらにより、アシュレイ・アンジューは神速を帯びたまま斬りつけて来やがった。なんというかな……やはり、認めてしまおう。楽しい時間ではある。


 思い出す。


 初めてコイツを見た時は、姉貴の腹のなかにいたわけだ。守ると誓った対象の一人、守れなかったセシルと同じ年の冬に生まれた、我が甥っ子殿だよ。


 憎しみのない刃というモノは、どこか読みにくいもんだな。ヒトの表情やら呼吸というモノに、敵意は宿る。その敵意を読むことでも、攻撃のタイミングを理解することは不可能なわけじゃない。


 だが、アシュレイ・アンジューにはオレに明確な殺意こそはあれど、憎悪の感情は無いようだった。


 純粋なものさ。


 ただオレに勝つ気でいるだけだ。オレをぶっ殺して、状況を解決に導き、欲しいモノを手にすることに集中している。


 願いのために、ただ進む。


 そういった戦士たちの体は軽いもんだ。何も背負ってはいないからこそ、その身は死地へと無為に飛び込むことが出来るし、戸惑うこともなければ躊躇もない。純粋な攻撃のためだけに、心も体も、そして命さえも捧げることが許される。


 悪心なき厄介な殺意のまま、まるで一種の殉教者であるかのうように、捨て身の境地に戦士は達した。アシュレイ・アンジューは駆け抜けて、剛打を放つ。その単純な動作に、全くのよどみはなく、それゆえに速く、強くもある斬撃であった。


 ガギキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンッッッ!!!


 交わる竜太刀同士の鋼が響き、オレの体に弾けてしまいそうな衝撃が加わる……ッ。その純粋なる一撃は、かなりの威力だったよ。『剛の太刀』のような重さで生み出した威力ではなく、脚の加速と動体の柔軟性、そして腕の振りの速さで組んだ威力だった。


 竜太刀そのものの重量を信じたワケだな。速くて重さをも伴うこの一刀に対して、オレは両手持ちを選び、受け止めていたよ。片手持ちでは、速さで間に合っても、力に呑まれて可能性もあったからな。


 この大上段からの斬撃には、止めた後に威力がもう一伸びする。経験は偉大でな。背骨の曲げ方と、わずかに浮かぶような踏み込み方で予想がついていたよ。受け止められたら、オレの腕力に『乗る』気でいたのさ。


 跳び上がり、体重をさらにかけるんだよ。腕を伸ばすために、まだ背中の丸さを残していやがった。腕力で押し倒すかのように、広背筋の力で締め上げて固定した両腕を押し込み、体重と筋力の全てを浴びせてきながら、オレを押し潰そうとする!!


 ……予想していたし、読まれていることぐらい承知だった。だが、自信は消え去らなかったのさ。だからこそ挑んだ。そして、その力量は確かなものではある。


 血を感じるな。


 竜騎士の血だ。


 竜に乗るための筋力が、コイツの四肢にも宿っていた。他の連中ならば、とっくの昔に打ち払い、返す刀を浴びせているはずだった。だが、アシュレイ・アンジューは強い。腕力が想定よりも強い。


 戦いながら気づいたらしい。稀に見るセンスの持ち主だろう。自分の筋力をより強く生み出す動き―――オレから盗み、そいつを実践している。上腕と肩甲骨のあいだで生まれる角度を意識した。


 今までは勘でやっていただけだろうが、今はその力の組み上げ方を知ったんだよ。オレがその動きをすることで、片腕であっても竜太刀に重量を与えていたことから、悟ったらしい。


 あの若く不躾な口が語ったように、一秒一秒、アシュレイ・アンジューは強くなっていたのさ。片腕で止めにかかれば、呑まれていたな、この重さの前に。


「うう、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 歌と共に力をも出して行く!!鋼からの圧が強まり、一瞬圧倒されそうにすらなるが、刃をすべらせて交差する点を操るんだよ。アーレスの竜太刀の重心を、ヤツの竜太刀の重心へと近づけていく。


 こうすれば……単純に腕力と質量の勝負がやれるんだよ。刹那の時間を使った、この誘導。押し込もうとする刃の揺れに『差し込む』ような技巧だ―――同門対決でなければ、再現することの難しい技巧だろうがね。


 実践することが出来たなら、即座にせめぎ合いの意味が変わる。勘のいい甥っ子殿は気づいたようだったが、全ては手遅れだ。腕力と体格の勝負に、すでに戦いは変化させられている。


 そのどちらにも勝るオレに、負ける理由はどこにもなかった。


 竜太刀を押し込み、アシュレイ・アンジューの体を宙へと弾き上げる。敗北の貌でさえも悪意はなく、ただ口惜しそうに牙を噛むばかりだ。まるで、竜のように無邪気なものさ。そんな感想を抱き―――心に、大きかった姉貴の腹を思い浮かべながら……。


 強い嫌悪を押し殺しながらも、猟兵として目の前にいる脅威に斬撃を叩き込む。


 銀色の一閃が煌めき、両手の指にヒトを斬る感触を手に入れていた。薄い霊鉄と丈夫な魔獣の革の合成鎧を断ち斬り、その奥にあるアシュレイ・アンジューの体を壊す……。


「ぐ、は……っ」


 初めて斬られたのだろうよ、あれほどの才能であれば、その身を斬られることなど、そうあり得ることはない。斬られる恐怖を学びながら、あいつの体は遠くへと飛んでいた。


「……やるな」


 感心してやることにしたよ。アシュレイの野郎は、斬撃に胴体を深く斬られることを防ぎやがった。


 斬撃の軌道に対して、無理やりに竜太刀の柄を差し込んできた。その柄を斬らせることで、一瞬の減速と一瞬の時間稼ぎをして、身を捻りながら竜太刀を押して後方へと逃げ延びた。


 これもまた同門対決ならではだろう。お互いの動きを把握しているからこそ起きえた、奇跡のような防御だった。とても楽しいが……叔父上孝行とは呼べぬ動きでもある。どうせなら、あの一刀により斬り殺させてくれたなら、気持ちがずいぶんと楽だったろうに。


 致命傷こそ逃れたが、浅い傷ではない。縫合が必至の傷を負わせながら……生き延びやがったな。


 ろくに戦えもしないお前を、斬り殺させることになるとは、叔父上を……苦しませてくれるじゃないか、アシュレイ・アンジューよ。それでも、オレは躊躇わん。コイツを戦士として買っている。いい剣士だ。


 そして。


 その野心も知っている。ゼファーと竜太刀を求め、ガルーナの王位をも狙うクソガキだ。生かしておけば、後の憂いとしかならん男だった。


 戦場に立った。


 オレに挑んだ。


 この結末を覚悟していたな、アシュレイ・アンジュー……そして、ソルジェ・ストラウスよ。


 オレは地面に墜落した甥っ子に近づいていく。


 姉貴が気づき、オレを邪魔しようと走ろうとしたが―――キュレネイがナイフを投げて姉貴の動きの邪魔をした。背中から心臓を貫くための投擲、その一撃を姉貴の細剣が叩き落としてしまう。


 しかし、バランスが崩されて……姉貴はキュレネイ・ザトーの接近を許していた。


「終わりであります」


「……ッ!!」


 姉貴の細剣がキュレネイの首を狙うよりも早く、『無拍子の攻撃』が発動していたよ。キュレネイの鉄拳が姉貴の腹に突き刺さる。姉貴の体を、その打撃は深く痛めつけた。よろけながら、姉貴は後退し……片膝を突いてうずくまる。


「…………読めない……攻撃……ッ」


「イエス。私に心はありません。ゆえに……読まれることも無いのであります」


「……バケモノばっかり……飼いならした者ね……愚弟……ッ」


 キュレネイに感情が無いというのは間違いだと、オレは知っているが、今はこの残酷な作業に叔父上は集中していた。胴体を斬られて、ゆっくりと血をあふれさせる少年に、オレは近寄り、竜太刀を振り上げる。


 殺してやるつもりだ。


 せめて、苦しみが長く続くことのないように、ただの一撃で―――。


「―――叔父上……っ。この決闘でさ……死ぬのも一興じゃあるんだけど……っ。ゴメンね……オレも母上も、まだ、死ねなくてさ……っ」


 ニヤリと笑う。激痛と屈辱に苦しみながらも、我が甥っ子の貌が……そのとき、オレは気がついていた。一人、忘れていた。この場にいるであろう、強力な戦力のことを、オレは一族との戦いに気を取られるあまりに、忘れてしまっていた。




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