第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その64


 若い獣は体力が無尽蔵であるかのようだ。というか、後先考えていない。


 だが、それも攻撃を行う者としては悪くない性質だった。人懐っこく笑った直後に、攻めに転じて来る。まだ指が痺れているはずだがな、さっきの突きには並みの剣ならばへし折られるほどの力を注いでいた。


 しかし、それでも襲いかかって来やがる。


 計算もしているだろうさ、攻め疲れているのは長く多く戦い続けているオレの方だと。そして……その計算を上回るほどに、戦いを渇望してもいるのだ。若いからな、『大好物』を前にすれば、ストラウスの血が踊る衝動に耐えられない。


 竜太刀やゼファーやガルーナの王位だとか、色々なものを欲しがりやがるクソガキではあるものの、剣士としては素直なヤツだ、この若者はな……伸びるだろうな。だからこそ、ジークハルト・ギーオルガも『剛の太刀』の踏み込み方を教えた。


 じゃれつくような殺意を宿した鋭い斬撃が、次から次に飛んで来る。痺れた指などお構いなしだ。


 オレの頭、腕、脚と自在なやわらかさで、あらゆる部位を狙っているな。そうすることで読ませないようにしているわけだ。今その瞬間に届く『弱点』に対して刃を走らせ、こちらの対応を強いる戦術か。


 傲慢だが、それをその若さでやれるだけの天賦の才というものを、アシュレイ・アンジューは生まれ持っていやがるし、姉貴にも鍛えられたのだろう。


 竜太刀の扱い方を徹底的に仕込まれた。だからこそ、縦横無尽の動きを獲得したわけだ。オレほどの体格はないからこその、身軽さを伸ばして作り上げた強さでもある。合理的で賢い姉貴らしい教育方針ってものさ。


 ……殺すのが、惜しくなる。


 しかし、その才能がオレの『家族』に降りかかることだけは、どうしても避けたくなっていたよ。


 殺意を増した瞬間、アシュレイは反応しやがった。踏み込みを躊躇したな、悪くない判断だ。相手の動きに慣れて来ているのは、オレも同じだ。オレにはこのクソガキほどの剣才はないが、10才ほど長生きしているんでな、経験値ってのが豊富なわけだ。


 踏み込んで来なかったのは正解だった。


 近づいていたら、オレの竜太刀に斬られていたさ。攻撃に狂った動きは、速くて複雑さを交ぜてもいるが、どうしたって疲れを深める。鈍りつつあった攻めを、力尽くでぶっ壊して、そのまま斬り殺してやろうとしていたんだが―――。


「―――危なかったね」


 そうつぶやきながら、自分を律するためにだろう、若い獣は後退して間合いを取る。構えを選び直して、体をゆっくりと動かしていく。


「……よく読んだ。オレがお前の年だとすれば、片目の一つでも失いながら避けていただろう」


「……オレ、イケメンだし、そういうのはヤダな」


「箔がつくぞ、片目になってから得たモノは多くある。戦いを、感性や才能だけに頼らずに行う。無くして得るモノは大きい」


「そうかもしれないけど、痛いのは嫌いだ。両目そろっていた方が、たくさんの楽しいことを見られるだろうから」


「そうだな」


 長話しているヒマではないが、呼吸を整えさせてもらいたい。疲労の程度はオレの方が大きくてな。疲れていることを読まれるのを承知で、背筋を伸ばしたよ。肺一杯に潮風の融けた空気を吸い込んだでいく。


 胸郭を上に、横隔膜を下に、呼吸法を意識しながら酸素を体に取り入れていくのさ。堂々と休んでいる……アシュレイの野郎も攻め込んでは来ない。動き過ぎているのはお互いサマだった。


 この叔父上サマと打ち合いをしているんだ。体への負担は蓄積しているんだよ。そして今は死の淵に立たされる実感を得て、方針を立て直すべきだとも考えている。賢さがあるな、そうだ、そのまま同じ攻めをしたところで……もう長く打ち合えはしない。


 読んでいる。


 どういう思想と哲学と、本能的な衝動で、その攻撃を組み立てているか―――あちこち戦場を巡って来たようだが、経験値で叔父上を上回ることは難しいぞ、アシュレイ・アンジューよ。


 ヤツは考えて、オレは休憩している……視界の隅では、キュレネイと姉貴の戦いが苛烈な者となっていた。


 スピード勝負を挑んできたマーリア・アンジューに対して、『戦鎌』を捨てたキュレネイは、ナイフを抜いて応戦している。右にナイフを持ち、逆手に握りしめて防御の型を選んでいた。


 姉貴の細剣術は緻密にして速い。暴れる騎士がいたとして、その鎧の隙間さえも的確に貫くほどの精確さを持っているが……キュレネイには『読み』が利かないという有利がある。表に出す感情が少ないのと、動きの癖を徹底的に排すること、そして初動の鋭さ。


 そういうモノを駆使して作り上げる『無拍子の攻撃』……姉貴の猛攻に晒されて、防戦一方になりながらも……姉貴の頬に薄らとだが傷をつけていた。キュレネイはいきなり攻撃してくるからな。予測不可能の反撃に、姉貴は手傷を負わされてはいる―――。


 ―――だからこそ、細剣術は暴れ回る。反撃が読めないのなら、反撃する余地すらも潰してしまえばいいだけだ……姉貴はそんな答えに至ったようだな。


 そいつは一つの理想的な答えではある。オレと竜太刀ではどうにも難しい選択ではあるがな、キュレネイに速さで勝てる人物だけが、その『無拍子の攻撃』潰しが行える。察知出来ない反撃のタイミングならば、常に圧倒してしまえばいい。


 ……ムチャクチャな答えではあるが、一対一という条件下でなら、その行動も十分に意味があるわけだ……キュレネイも、姉貴の操る細剣に手傷お負わされている。重傷はないが、ナイフのリーチであの神速の突きを防ぎ続けることは難しい。


「……強いだろ、母上」


 誇らしげな笑顔でアシュレイ・アンジューは訊いてくる。


「……ああ」


 素直な言葉が口からこぼれていた。不覚なことだと自責の念も湧くが、敵を精確に評価することも戦士としては正しい行いではある。


「小さな頃から、たくさんの剣士や武術家に教えてもらって来たけどさ。オレの武術の根幹は、何だかんだ言っても、母上から教えてもらったガルーナ刀法……ストラウスの剣鬼の技だ」


「……だろうな。まだ、彼女には勝てていないな」


「……痛いところを突いてくる。まあ、しばらく本気で戦うことをしちゃいないからね。今やると分からないさ。オレも、成長している……とくに、今夜は強くなっているよ」


「オレから剣術を盗んでいるか」


「母上の体格では、竜太刀を自在には操れないからね。そういう意味では、本物のストラウスの剣を、オレは知らなかったんだ。今までね。でも、今は違う」


「ふん。オレの剣とて、まだ未熟な技巧ではあるが……お前のよりはマシだろう」


「うん。でも、しのげて、耐えて、攻め込むことで、覚えることも出来たよ。長年の疑問が幾つか解決していく感覚だ。オレ、かなり強くなってる」


「……そうだろうが、勝てると思うか?」


「…………ほんのちょっとだけ、勝てると考えている」


「悪くない見積もりだ。実際、その通りになる。ゼロとは言わないが、その勝率など大したものではない」


「ああ。叔父上は強い。ハナシに聞いていたよりも、ずっと強かったよ。でも、だからこそ挑む価値があるって分かる。叔父上に勝てたら、オレ、ガルーナ王にも絶対になれるよね!……それ以上にも、なれるような気がする。竜が、2匹にもなるから」


「竜を呪いで操っている内は、真の竜騎士にはなれない。姉貴には知識があるようだし、実際のところオレと比較にならないぐらい賢いさ。だが、姉貴は知らない。空を飛ぶということの意味を、知っていない」


「……母上にも、知らないコトがあるんだねえ」


「誰にだってある。お前は……空に何を感じた」


「…………オレは、楽しかったね。呪いで無理やりに奪ってしまったけど……それでも、悪くない。キッカケはサイアクだったとしても、後から仲良くなれることだってあるんじゃないかとね。オレ、あの竜に優しくしてやるつもりだ」


「……その言い分なら、生き残る気でいやがるわけだな。オレを殺して、ゼファーもルルーシロアも奪う気か」


「もちろんさ。最初から負ける気で、自分より強いヤツに挑むなんて……バカげているでしょ?」


 戦場で死んで歌になりなさい―――お袋の言葉は、孫にまで受け継がれているようだ。死に近づいているというのに、コイツは怯えちゃいない。楽しんでいる。それが戦いのコツだとも理解しているな。


 恐怖を感じないでいるために、戦士は戦場で笑う。感情さえも武装することが可能だ。行動を伴い、心理を変える。そういう習性がヒトにはあると、ガルフは予想していたし、多分、正しいだろう。強く在るために、表情を使うことだってあるんだよ。


 戦いのための笑顔に武装した、我が甥っ子は、竜太刀を構えた。突撃して来る気で満ちているようだよ。必殺の強打に、全てを捧げる。長く戦うことは出来ないと、コイツは理解してもいやがるからな……リエルとミアとカーリーは、足止めの敵を殲滅しつつある。


 この戦場で勝利を得るためには、オレを殺して姉貴と共にキュレネイを二人がかりで殺し……リエルを殺す―――そのシナリオしかないと理解している。だからこそ、やらせないさ。


 竜太刀を斜めに構えて、待ち受ける姿勢を作る。あちらに攻めさせてやる、叔父上としてしてやれる最初で最後のプレゼントだ。


「来やがれ」


「……うん。行くよ、叔父上!!」



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