第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その63


『GAAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHッッッ!!!』


『GAAAHHHHHHHHHHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHッッッ!!!』


 海中で戦う2匹の竜、ゼファーとルルーシロアの歌を合図にして、ストラウスの剣鬼の血を持つ者たちは走っていた。我々の一族らしい。竜の歌が響き合う場所で、雌雄を決しようというのだからな!!


 獲物として狙いを定めていたのは、細剣を持つマーリア・アンジューだったが……あのクソ生意気な動物は、オレよりも身軽に走り、視界のなかに踊り出る。微笑みながら竜太刀を振り回し、オレに一撃を入れようとする―――避けきれないな。


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!


 竜太刀同士が再び衝突し、力と力を拮抗させていく。『剛の太刀』か、ジークハルト・ギーオルガの戦いを見て、より理解することが出来る。ヤツから伝えられたな。いい威力だよ。


 競り合う鋼の向こう側に、微笑む剣士が見えていた。いや、口元こそ微笑んでいるが、その瞳には挑発的なまでの怒りが見える……無視されたと感じているのか?オレがコイツよりも母親を重要な存在と認識していることに腹を立てているのかもな。


「……叔父上、母上よりも先に、オレでしょ?」


「……若造に用事は無いんだがな」


「ただのガキ扱いしていいの?……オレが強いってコト、知っているでしょ」


「……まあ、な」


 別に無視しているワケじゃないさ。だから二対二を選んでいる。タッグ・バトルだ。オレだけでは、お前たち相手に振り回す剣に迷いが生まれるかもしれないからな。


 キュレネイ・ザトーがオレの影から出て、『戦鎌』を振り抜こうとする―――だが、これもまた当然のことではある。姉貴が狼のような速さで走り、その細剣の刺突でキュレネイの首を狙う。


「……っ」


 『戦鎌』を離して身軽さを得たキュレネイは、姉貴の三連続の突きを回避する。避けきれなかった髪の毛の一部が、鋼に斬り裂かれていた。


「乙女の髪を、切ったでありますな」


「……私の息子を斬り殺そうとした罰よ」


 姉貴はそう言い放ちながら、細剣を持たない左の腕を振り、『風』の刃でキュレネイを攻撃する。キュレネイは見事なステップワークでそれを躱し、即座に攻撃態勢へと入って行く。


 姉貴のことは、キュレネイに任せておくことになりそうだ。


「よそ見してたら、終わっちゃうよ」


 アシュレイ・アンジューの声は友人に使うもののように馴れ馴れしかった。ヤツは急に力を抜いて、オレをいなそうとする。脱力の技巧というのも、一対一ではそれなりに有効な技巧だ。とくにオレのような攻めることに意義を持つスタイルにはな。


 前のめりに重心が崩れ、アシュレイがオレの左側に身を入れて来る。そして左の脚を跳ね上げるようにして、叔父上サマの顔面に蹴りを叩き込んで来やがったよ。


 左の指でその蹴りを受ける。掴もうとしたんだが、その脚はムチのようにしなり、オレの掌握から跳ぶように離れていく。舌打ちしながら竜太刀を横薙ぎに振り抜いたが、甥っ子野郎は後方に体を跳ねさせながら、オレの攻撃を回避しやがるな。


 身軽なヤツだ。


 体術だけなら、オレと互角の技巧はあるかもしれない。まあ、素手でやれば体格と筋力で勝るオレには勝てるハズもないんだがな。


「……悪くない動きだぞ」


「そう?あの蹴り、止められたの初めてだよ。ブーツの先に重りも仕込んでいるんだ。あの蹴り方でも、頭に当てれば昏倒させられるように」


 性格の悪い装備だな。しかし、傭兵らしいと言えばそうではある。何でも使う。それが真の傭兵だ。ついついヒトは腕が持つ鋼に意識を注ぎがちになり、脚による攻撃なんて忘れがちなものだが、そこを突いてくるあたり、いいセンスをしているな。


 躊躇ったり狙いすぎれば、構えに出て来る。軽薄な動きではあるが、アレをいきなり出せる度胸と演技力……このガキは、若いくせに色々と修羅場を潜らされて来たようだ。傭兵として戦場に混じり、戦いに必要な駆け引きを血肉に覚えさせている。


 厄介なクソガキだということさ、我が甥っ子、アシュレイ・アンジューはな!!


 叔父上として、力の差を見せつけてやるとしよう!!


 オレは甥っ子に突撃していく、まずはコイツから仕留めておかなければな。


 自由にすれば、背後から容赦なく攻撃して来るさ。それぐらいの性格の悪さを持っている。傭兵の戦い方を識るのであれば、そういう攻撃に、間違いなく長けてもいるだろうからな。


 斬撃を連続させて、鋼の嵐で攻め立てる!!……正攻法さ。力と力の勝負に引き込む。叔父上サマの有利な状況に持ち込むわけだ。


 竜太刀を操りながら、アシュレイ・アンジューは必死に攻撃を受け止めていく。笑っていやがるな。圧倒されていやがるのによ―――気持ちは分かる。伸び盛りってのは、そんなものだ。


 確信しているんだよ。一打ずつ受け止めることに成功する度に、自分が一瞬前よりも強い存在になったと実感している。格上の放つ強さに負けなかった。その事実が、自分の成長の糧に直結すると、アシュレイ・アンジューのヤツは考え……そして、それは事実だ。


 動きが洗練されていくのが分かる。


 防御の動き、守り一辺倒の動きではあるのだが、徐々にその動きが軽快になりつつあるな。体がストラウスの剣術を吸い込んでいるようだ。オレの攻めから、技巧を盗んでいるんだよ。天才と呼ばれる領域には、コイツもいるのさ。


 センスだけなら、オレよりも遙かにいいモノを持っている。さすがは姉貴が生んだ動物だ。剣術の才もあれば、賢さもある。オレの猛攻の裏側にある意味にも気がついているようだ、だから攻めさせてもいる。


 必要以上にバックステップしながら、腕だけでなく胴体と足運びまで交ぜることで斬撃を受け止めるダメージを分散していやがるのさ。そう、オレの攻め疲れを狙っている。お互いの体力がどれぐらい残っているのかも知っている。


 こっちは連戦だったが、アシュレイ・アンジューはおそらくモドリー砦を攻めた時だけさ。長距離の移動に、数多の戦いの疲れ。それに、十代の回復力……そんなコトを計算に入れている。


 ……これだけ攻める理由は、長期戦に不安があるからだ。体力的な余裕は無い。そこをアシュレイ・アンジューは冷静に判断し、つけ込んできている。戦士としての判断力も良いといことだ。


 ストラウスの技巧を学びながら、こちらの体力を奪って行く。いい戦い方をしていやがるな。


 そして、守るだけじゃない。そろそろ攻めに転じる気だよ。動きを翳らせているからな、故意にもしているし、実際に体力が続きそうになくなっているからだ。その動きを理解して、アシュレイはやはり反応した。


 罠だとは考えているはず、あえて誘い込もうとしていると理解はしているようだが、その危険性を承知の上で当然のように飛び込んでくる。竜太刀の横薙ぎ払いが走り、アーレスの竜太刀がその攻撃を受けた。


 ……クソ生意気な甥っ子は、攻撃に反転したようだ。斬撃を連携させる―――ストラウスの嵐。四連続の剣舞が、突撃を止めて呼吸を乱しているオレに向けて放たれる、竜太刀を踊らせて、緋色の髪の剣鬼の攻めを受け止めるが……ヤツは生意気なことをした。


 五発目、六発目、七発目と斬撃を連続させやがったよ……ッ!!伝統の四連続剣舞に、独自のアレンジを連ねて来やがった。もちろん、この攻撃の完成度は高くない。500年もかけて研鑽した技巧に比べれば、後ろの三発の斬撃は重心も揺れて、威力も低い。


 だが、それでも疲れ気味のオレからすれば、それらを受け切るのでやっとだった。もしも体力が完璧ならば、こんな攻撃は打ち崩してやっていたのだがな……アシュレイは鋼を交わすうちに悟っていたらしい。こちらの疲弊をな。


 しかし、それでもストラウスの嵐の七連続はヤツの体力とて消耗させる、その攻撃に活路を見出すつもりだったのかもしれないが、それらは全て完璧に防がれてはいた。オレの反撃を警戒しながら、アシュレイ・アンジューは間合いを作るために後方に跳んだ。


 その隙を突くようにして、襲いかかったよ。


 『北天騎士団』の『剛の太刀』……疲れた身体であろうとも、全身を使い無理やり加速させる突進で速度を生み出しながら、竜太刀の突きを放つ。威力とリーチで勝っているのは、この叔父上サマだ。


 刺突は届くが、鋼で防がれた。防がなければ、あの生意気に微笑む頭に突き刺せたはずなんだがな。その一打に乗るようにして、再び後退して間合いを作り直しやがったよ。四月の風のように、身軽で良く跳ねやがるな―――ヤツは笑う。


「……さすが、叔父上!」


 心の底から喜んでいやがる。強敵を讃えて、戦いを楽しんでしまう。こういうのは、血筋というもんだろうよ。ムカつくことに、コイツは確かにオレの甥っ子なのさ。



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