第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その62


 竜太刀と長剣が交差し、剣戟の音と火花の雨を散らす!!


「くうッ!!……ば、『蛮族連合』の傭兵めえええッッッ!!!」


「……帝国人がああああああッッッ!!!」


 腕力勝負で野蛮人に勝てると思うなよ?……力尽くでそいつを押し込んで浜を踏み込みながら、左の篭手から竜爪を生やし、そいつの腹を抉る。四つの爪が内臓まで到達し、腹の奥の大動脈をもかっさばく。


「がはあっ!!」


 死を悟り、戦意を喪失した敵兵を乱暴に浜に投げ捨てて、次の獲物へと向かう。突撃を続行する。敵兵が3人で組み、こちらへと向かって来ている。その連中に狙いをつけて襲いかかるのさ!!


「三対一で、勝てると思うのか!?」


「来い、野蛮人が!!」


「オレたちが殺し―――――」


 ―――ざぐしゅ!!……命が壊れる音を立てながら、敵兵の側頭部にリエルの矢が突き刺さっていた。右端の敵が死んだ。緩まる包囲に対して、走り込み、その右端へと回り込むようにヤツらを抜き去った。視線がオレとリエルを警戒して追いかけて来るが……。


 オレの背中に隠れていた、キュレネイ・ザトーに気がついてはいなかったようだな。『戦鎌』が振り抜かれて、兵士の生首が紅い飛沫で空を汚しながら飛んでいき……旋回する『戦鎌』を3人目の兵士が槍で受け止める。


 なかなかの腕前だが、我々を相手に二対一では二秒だって生き残れやしないさ!!


 ザギュシャアアアアッ!!


 竜太刀の刃が、敵兵の胴体を斬り裂いた!!脇腹から背骨に到達するまでの深みで、帝国人の体を破壊する。致命傷だ。即死はしないが、二度と脚も動かないし、腕もろくに力が入らないまま死ぬだけだ。


 本来ならば、慈悲を持って即死させてやるところだが、今は他にも殺さなければならない敵がいるからな。そいつのことを無慈悲に捨て置き、新たな敵へと向かって走る!!


 海辺の近くでは、ミアとカーリーが走っていた。小柄さを活かすのさ。『風』をまとい、気配と体重を掻き消して、2人は走りにくいはずの浜辺を高速で機動する。


 2人は交差するよるに走り、敵を幻惑している。待ち構える敵兵たちは、彼女らのステップワークについてはいけない。


「……が、ガキが!!」


「戦場に出てくるんじゃないねえ!!」


「ガキだけど、オッサンより、強いよーん!!」


「ええ。須弥山の名の下に、我が双刀の錆びになりなさい!!」


 影のように沈む、シアン・ヴァティの技巧を二人して同時に使う。だが、交差しているな。敵の正面で十字に交差しながら走り抜け、ミアとカーリーは敵兵の背後を奪っていた。そのまま二人して敵に跳びかかる。


 ピュア・ミスリルクローが敵兵のノドを引き裂いて。


 須弥山の双刀が敵の首筋から体内深くに到達する……『虎』が使う必殺の跳びかかりだ。


 跳躍力と腕力と、鍛え上げられた技巧が生み出す、あの芸術的な攻撃だった。即死の攻撃を浴びた敵兵が、血を吹きながら『ベイゼンハウド』の浜辺に沈む。


 ミアもカーリーも喜びもしない。雑魚を殺したことになど、戦士として誇る価値など無いことを知っているからだ。今は、敵を減らすべき瞬間だ。とにかく急いで、オレたちは敵へと襲いかかる。


 正面をオレとキュレネイが、交替しながら突撃し―――リエルの矢と、ミアとカーリーのコンビが左右をカバーしてくれるという構図だよ。敵を貫きながら、挟んで潰す。数で劣ろうとも、強さで勝るのならば、少数でも敵を包囲殲滅することが可能だ。


「こ、こいつらっ!!……とてつもなく、強いッ!!」


「我々でも、こうまで歯が立たないと言うのか……っ!!」


 敵兵に怯みが生じている。姉貴はまだ、こっちに来ちゃいないからな。不安なワケだ。そもそも、姉貴の意志が繁栄されているのならば、コイツらをオレたちに突撃させはしなかっただろう。


 マーリア・アンジューとアシュレイ・アンジューを、雑兵どもがサポートする。その形を作るのが、あっちからすれば理想のハズだった。だが、それをやれていない。マーリア・アンジューと離れ過ぎていて、命令が聞こえなかったのさ。


 オレたちは浜辺にいた連中を始末し終える。


 そのとき、海が爆発していた。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンッッッ!!!


 海中でゼファーとルルーシロアが『火球』をぶつけ合ったようだな。巨大な水柱と、焦げた海水の雨を浴びる。


「ククク!!……あいつら元気だな!!」


「イエス。互角の魔力……というよりも、ルルーシロアが、あえて力を抑えているようでもありますな」


「ああ、ルルーシロアの方が、魔力に余裕はあるはずだからな」


 戦い詰めで体力も消耗しているだろうからな、ゼファーは。本気で攻撃していれば、十中八九、ルルーシロアの『火球』の方が威力を持っているはずだった。そもそも、海中では、ルルーシロアの経験値に圧倒的な部があるんだよ……。


 しかし。


 何だか、嬉しくなるな。


 竜の誇り高さを知れてな……弱っている相手を倒すことを、望んでいるワケじゃないということさ……つまらんからな、そんなことでは。


「ゼファーは、ルルーシロアに任せていても大丈夫そうだな」


「イエス。まあ、浜辺にゼファーを誘導してくれたなら、カーリーが呪術を破ってくれるかもしれないでありますが……」


「そこまでしてやるつもりは無いのかもしれない。だが、十分さ。ゼファーをこの戦闘からパージしてくれている。あとは……アイツらを仕留めれば、問題はない」


「……イエス。この戦い、私は、常に団長の影にいるであります」


「……分かった。オレがヘタレた時は、お前に頼るコトにするぞ、オレのキュレネイ・ザトーよ」


「イエス。私は、あなたのための『残酷』ですから」


 ……いい言葉だ。猟兵らしくてな。


 ニヤリと笑い、オレとキュレネイは港に向かって走って行く。港には、怯える敵兵たちが数名と……怯えるという概念を持ち合わせずに生まれてしまった戦鬼が2人ほどいやがったよ。


 これ以上、戦力を削られるより先に、オレたちと戦った方がマシだとマーリア・アンジューは考えたようだな。


 いるぜ。細剣を構えたマーリア・アンジューと、竜太刀を抜き放っているアシュレイ・アンジューが。


「左右の敵は小戦力だ。矢と数で対応すればいい!!中央は、私とアシュレイに任せなさい!!」


「了解です、レディー・マーリア!!」


「左右は、我々が止めます!!」


 ……階級の上下までは知らないが、竜騎士と戦うためには、竜騎士を知る者がベストだということで見解の一致を見たのかもな。こっちには困ったことだが、確かにそれがヤツらからすればベストではあるだろうよ。


「……姉貴……いや、マーリア・アンジュー。ついに年貢の納め時だ」


「貴族は年貢など納めないのよ、愚弟」


「そうか。亜人種を迫害して食うメシは美味いか」


「……お前は感情的過ぎる。見えているのか、世界の流れが?……人間族は増えていき、亜人種は滅びの道を辿っているんだぞ」


「だから、どうした?」


「……滅びる者に手を差し出して、何が得られるというのだ」


「新たな道を創ればいい。あらゆる種族が共存する世界をな。かつて、ベリウス陛下はそれを実現していたぞ」


「そうね。でも、それはどうなったのかしらね?……滅びたわ。もうガルーナという国さえ、この世界から消え去ってしまっている」


「消えていない。オレがいる。オレが取り戻して、復興させる。帝国を滅ぼしてな」


「非現実的ね」


「好きに言えばいい。たしかに、この9年間は、負けっぱなしだったが、流れが変わりつつある」


「……この奇跡みたいな連勝が、いつまで続くと思っているの?……お前が頼りにしているのは、帝国と長年の親交を築いていたハイランド王国軍だ。ファリス帝国という覇権国家と長年に渡り対立すれば、戦力も経済もゆっくりと枯れ果てていくのが道理だ―――」


「―――ああ。だからこそ、圧倒的な勢いで、破壊してやらないとならんな。どこもかしこも、あちこちオレが穴だらけにして、風通しを良くしてやるよ」


「……愚弟ッ」


「姉貴よ、戦い方が無いとは思わないぞ。オレには、ゼファーがいる。竜騎士の力と『自由同盟』の戦力があれば……帝国を終わらせることは可能だ」


「……愚かな夢に取り憑かれたわね。まあ、いい。ここで斬ればいいだけのことだ。死になさい、愚弟」


「こっちのセリフだ。ゼファーを誘拐された時点で……もう手加減なんてしないさ。さあて、殺し合おうぜ、マーリア・アンジュー」



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