第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その61


『ぎゃきゅううううううううううううううッッッ!!?』


 ゼファーが初めての痛みに、悲鳴を上げる。翼を動かすための神経と血管が集積するその部位に、槍など突き立てられたなら、そうなるに決まっている……ッ。


「ぜ、ゼファーああああああああああああああああああああああッッッ!!?」


 悲痛な声で、リエルが叫ぶ。オレの心は、千切れそうだ。仔竜と『マージェ』の悲痛な声を聞かされているのだ、『ドージェ』として、これほどの痛みは無いぞ。


 ゼファーは左の翼が動かなくなったせいで、空を打つことが出来ずに、そのまま冷たい北海へと落下していく。巨大な水柱が上がったが、それでも竜槍は抜けないだろう。そうならないように、返しがデザインされている。


 そして、抜けたとしても、数時間は翼が痺れたまま動かすことはままならないのだ。歯ぎしりをする。最後の最後で、姉貴にまたやられた。


『そるじぇ・すとらうす。くろいりゅうが、とべなくなったぞ……?……これで、おまえたちのさくせんは、おわりか……』


「そうだ。終わっている、失敗だ!!だからこそ、次のことをするぞ!!」


『そうきたかッ!!いいぞ、なにをするのだ!?』


「……リエルのプランで行く。ゼファーが動けないのなら、この場にいる帝国兵どもを全員皆殺しにして、この場を確保するぞ!!」


「異存はない……ッ。私のゼファーを傷つけたヤツらも……っ。私の故郷を焼き払った帝国人どもも……ッ!!私の矢で、射殺してやるぞッッッ!!!」


 聖なる怒りのままに、『マージェ』であり、森のエルフの放った復讐の弓姫が、ルルーシロアの背に立ち上がるようにして、矢を放つ!!


 狙ったのは、当然ながら竜槍を投げつけた人物―――オレの姉貴だよ。沈みかけの商船の側面に上っていた姉貴は、細剣を振り回してリエルの矢を叩き落としていた。


「なにい!?」


「……スゴい剣さばきでありますな」


「私の、魔力まで込めた全力の矢を……っ!!」


「リエル、他のヤツから仕留めよう!!あのオバサン、遠距離からの射撃じゃ通用しないもん。他の兵士から仕留めて、孤立させるよ!!」


「イエス。連携されたら、アンジュー母子の戦闘能力が効率化する。あの2人は、猟兵並みと考えるべき強敵であります……まずは、他の戦力から排除しましょう」


 ミアとキュレネイのおかげで、リエルはうなずく。矢は強い武器ではあるが、あらゆる武器がそうであるように万能ではない。今、優先すべきは2人の言ってくれた通り、この戦場を掌握することだった。


 3人の射撃が敵兵どもを上空から狙う。海中に落ちたヤツも、弓を放とうとするヤツも、仲間を救助しようとしているヤツも、関係ない。片っ端から、攻撃を与えて仕留めて行く!!


 ……いいペースではあったが、『最大の敵』が動き出していた。姉貴が『風』を操る。『風』の防壁を呼び、こちら側の射撃の精度を低くしていくのだ。


「……兵士たち!!攻撃を控えろ!!足を止めて上空を狙っていれば、いい的になってしまうぞ!!……ヤツらは我々の戦力を削りに来ている!!狙い通りにさせるな!!竜の迎撃は、竜に任せておけばいい!!」


 そうだ。


 『最大の敵』、竜と竜騎士を知り尽くす姉貴の指揮もそうなのだが……本当の意味で厄介なのは、未だに呪われたままのゼファーである。


『……ほう。うみのそこから、わたしをねらっているぞ!!』


『GAAHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 ゼファーの歌が、『火球』の連射が、上空にいるルルーシロアを目掛けて放たれてくる。5連続の小さな『火球』。威力は低いモノの、一発の『火球』に比べて、命中しやすいというわけだ。


『……くっ!!』


 純白の翼が踊り、3つの軌道を完璧に回避し、オレの放った『風』が4つ目の軌道をずらしたが、5つ目の『火球』がルルーシロアの右の翼に命中する。先端だったが、翼を大きく痛めてしまっている。


「ルルー!!だいじょうぶ!?」


『……だれにものをいっているのだ。これぐらいは、だいじょうぶだ……しかし……』


「地上に降りるぞ!!ルルーシロアの翼は、負傷した!!ゼファーの『火球』もだが、矢も同時に射られるとマズい!!」


『……まあ、そういうことだ…………だが、まけているわけではない。うまくはとべないが、あれよりも、うまくはおよげるぞ』


「水中戦でありますな」


「ルルー、ゼファーを抑えてくれるの?私たちが、あの目つきの悪いクソババアどもを仕留めるまで、ゼファーを抑えていてくれる?」


『……ああ。わたしは、そもそも、あいつとたたかうことがもくてきだからな。わたしじしんが、よりつよくなるための、えさとして』


「……ありがとうな。ルルーシロア。私のゼファーのことを、よろしく頼む。私の大切な子なのだ。私は、ゼファーの『マージェ』なんだ……頼む」


『どうして、ひとでありながら、あいつの『まーじぇ』なのか……よくわからない。よくわからないが、そるじぇ・すとらうす』


「なんだ?」


『……その『まーじぇ』のためにたたかえば、わたしは『けだかさ』をよりりかいすることができるのか?』


「ああ。『マージェ』のために戦うヤツは、最高に気高いもんだ」


『…………そうか。まあ、なんだっていい。わたしは、あいつとたたかうだけだ!!』


 ルルーシロアは痛めた翼で旋回しながら、ゆっくりと海岸へと着地する。オレたちはその背から飛び降りた。ルルーシロアはその白い巨体をやわらかく動かすと、冷たい北海のなかへと直進していった。水しぶきを上げることさえなく、彼女は海のなかへ潜っていく。


「ゼファーは、ルルーシロアに任せておくぞ。ルルーシロアがいれば、姉貴も放置はしない。竜には竜で、それが姉貴の……いや、マーリア・アンジューの戦術だ」


「じゃあ、わらわたちは、地上の敵を掃討すればいいだけね!!」


 須弥山の双刀を抜きながら、カーリー・ヴァシュヌは好戦的な貌になる。最前線に向かう気だな。VIPなクライアントの孫娘を、最前線に投入するなんてのは、常識的ではないが……敵地で、戦力を分散させることは愚かしくもあるからな……。


 それに、ゼファーの呪いを解くための力を持っているのは、『十八世呪法大虎』候補である、カーリーだけという現実もある。


「頼りにしているぜ、カーリー」


「ええ!!帝国人は、わらわの敵でもある!!……人間族だけの世界なんて、創らせやしないわ!!わらわは、色んなヒトと生きることが、とっても素敵なコトだって、何だか分かって来てるのよ!!」


「うん!!行こう、カーリーちゃん!!義姉妹愛のコンビネーションで、敵を片っ端から斬り裂いてやるんだ!!」


 『ピュア・ミスリルクロー』と愛用のダガーの二刀流になりながら、ミアはニヤリと笑うのさ。義妹に向かってな。


「義姉妹?……ま、まあ、別にいいわ!!行くわよ、ミア!!……バカども、こっちに近づいて来ている!!」


 帝国兵どもが浜を蹴りながら、こちらに接近して来ている。数で押してくるつもりらしいが……オレたちは個々の質で勝っているぞ!!


「ソルジェ、キュレネイ!!突撃しろ!!私が、お前たちのサポートをする!!」


「イエス!!団長、行くであります!!」


「ああ!!『パンジャール猟兵団』ッ!!突撃するぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 竜太刀を振り上げ、浜を蹴りつけてオレはキュレネイを引き連れるようにして敵の群れへと突撃していく!!


 リエルの矢が援護射撃をする。リエルは、浜から遠ざかるようにして、敵の注意を引きつけてもいる。射殺すだけが仕事じゃない、『囮』として動いているのさ。心理的な要素として、敵に『囲まれる』という行為は戦士を恐怖のどん底に叩き落とすことになる。


 側面や背後からの攻撃に、ヒトはどうしたって脆くなるからな。最強の弓使いであるリエルが敵の側面を取ろうとする行為そのものが、敵からすれば、絶大なプレッシャーになるのさ。


 それゆえに、リエルに向かう敵も出て来るわけだがな……そういうヤツを、『ドージェ』が許すわけがないよな!!


 加速し、走り、そいつらに追いつき、オレは竜太刀の斬撃を叩き込む!!……敵兵の血潮が爆ぜていき、それを浴びつつ……闘志を咆吼として歌いながら、次の獲物に斬りかかる!!



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